第22話 神意たる玉座 5
突然、絵画の間に残った侍女の悲鳴が響く。
シドはドアを開けて飛び込んだ。
国王カーレルが仰向けで横たわり、片腕を上へと差し上げている。
「はは……うえ」
王太后の手首を掴み、その目を覆う。その人に、いま自分が行ったことを見せる訳にはいかなかった。
そしてとっさの判断で、部屋の侍女の一人に懐から出したナイフを投げる。
眉間に一撃を受けた侍女がゆっくりと斃れる。
「なにがございました」
隣室から、一同が駆けつけた。
ソルダス伯爵が、国王を抱き抱える。
「陛下、気をお確かに」
眼を押さえた国王の手の指の間からは、ナイフの柄が突き出ている。
「ギル……ギル……きみに……」
カーレルが無意識に漏らした言葉を、シドははっきりと聞いた。
「シド、離せ!!」
正気に戻ったミスチアがその腕を振りほどこうとする。
「わらわは、今、何をした、今、何を……」
シドが一瞬、カーレルの言葉に気をとられた隙に、ミスチアはその腕を振りほどいていた。
「カーレル、カーレル、わらわが、カーレルを……」
ミスチアそうつぶやきながら、その場にへたり込んだ。
「リン=ガーレンディラ、もう大丈夫でございます。刺客の侍女はお止め致しました。
陛下と王太后陛下は、侍女として送り込まれた刺客によって害されようとしていたのです」
シドは、王太后の口を手で覆い、そう言い聞かせた。
「誰か、誰か。一大事である」
突然の事態に唖然としていた室内で、侍従がひとり声を上げた。
カーレルは、医務室に運ばれたが、ナイフの切っ先は眼窩より入り脳を深々と刺し抜いていた。あらゆる応急手当が取られたが、古家に課せられた自然戒律により、無理な延命措置を取ることができない。
ラーフェドラス国王の上に、ゆるやかに死が訪れようとしていた。
ミスチアは寝室で震えていた。
「わらわは、どうすればよい、わらわは大変な事をした」
ベッドで膝を抱えて座る。
「王太后様、どうぞ落ち着かれてください」
シドは、その身体を抱きしめる。
「どうしてこんな事になる。
わらわとあの子は敵味方になってしまったのに、それでもあの子は……」
抱きしめたミスチアの顔を見つめ、シドは云った。
「起きてしまったことは取り返せないのです。
もし、リン=ガーレンディラの身の上に、神々が慈悲をくださいますなら、陛下は助かるかもしれません。
そして、そうでなければ、我々は突き進むしかないのです。
王と王妃が居ない以上、この国は、リン=ガーレンディラのご指示を必要とするのですから。
リン=ガーレンディラには、まだ皇太子ガーレン・グレル様をお守りするお役目もございましょう。
落ち着かれてください」
シドは、侍女に命じて安定剤を持ってこさせると、ミスチアの口に入れて飲ませた。
「大丈夫です。私がお守りします、リン=ガーレンディラ。あなた様は、何もなさっておりません。全ては侍女がやった事でございます」
無為に落ちてゆく感覚に囚われていたシドの心に、暗い火が灯った。
さらに暗い闇に落ちてゆくための、一時の輝きだとしても、それは蠱惑的に青年の心を焚きつける。
大きく時代を動かすさいころが、今、そこにあるのだから。