第18話 神意たる玉座 1
入宮の礼を終えた後、リオン皇太子はあらためてシェラ王女の逗留する貴賓館を訪れた。王女と私的に対面するのは、王女が到着して初めての事である。
王女の背後には、教師役のカレン・メイベルと女子修道会の典礼司祭官が付き従う。
王女は上座の席を空け、これをリオンに勧めた。
「ようこそ、リオン殿下。先ほどはありがとうございました。つつがなく入宮の式を終えましたのは、殿下と皆様の温かいご配慮と恩情のたまものでございます」
シェラは跪礼を捧げてそのように挨拶をする。
「ここは帝国だ。儀礼は略式で構わないんだよ」
リオンはシェラに手を差し伸べ、立たせようとした。
「明日、皇帝陛下とおなりあそばす方に、略式の礼など捧げられませぬ。明後日の正式な婚儀の礼まで、わたくしはまだラーフェドラス王国を背負っております。どうぞ、気のすむようにさせて下さいませ」
薄いベールの向こうの顔はまだあどけなかったが、その物腰の厳粛さは宗主国王女にふさわしい。
「リン=レーゼタークはしっかりしておいでだ」
リオンとしては、さすがに面食らう。皇帝の即位の準備を一通り終え、もちろんその間に礼儀作法なども指導されたが、どうにも自分には、威厳などいつになったら備わるものなのかと思う。
「僕は、きょうは食後のお茶のついでに、少し話がしたいだけなんだよ。
そんな態度では、僕は気楽にあなたと話すことなんて出来ないだろう」
たとえ国家というものが間に入るとはいえ、自分は年下の女の子と打ち解けた話をしようとやってきたのに、そのように堅苦しく対応されたのでは話どころではない。
「それでは、失礼致します」
王女は、リオンの座った席のはす向かいに座った。
「以前お会いした時と、少しもお変わりありませんのね」
王女の態度が、格式張ったものから一転して、やわらかなものとなった。
侍女が運んで来た茶を、ポットより手ずからカップに注ぎ、リオンの前に置いた。
「お兄様が、どうぞ宜しくと申しておりました。私からも、どうぞよろしくお願いします」
座ったまま、あらためて挨拶するシェラは年頃に相応しい笑顔である。
「僕は、このほうがいい。格式ばった儀礼は公式だけにしてくれないか」
「殿下がそう仰いますなら、そう致します」
リオンは、出されたカップに口をつける。
「この頃は、いつもお兄様にお茶を差し上げておりましたのよ。お義姉様がご公務にお出かけになるので」
「それじゃ、カーレル陛下はお茶係がいなくなって、さぞお困りだね」
「かわりに、殿下にお茶を差し上げましょう」
リオンは、その会話を楽しみはじめていた。
「カーレル陛下におかれては、政治的に今が一番難しくておいでだろう。心中をお察しする。僕なら、泣いて逃げ出してるだろうね」
「帝国は、国家としての基盤がしっかりしておりますから、殿下がお悩みになるまでもなく、国事は動きましょう。議会と宮廷のバランスが取れておいでのご様子、まことに羨ましく思います」
政治向きについて、まるで大人のように言葉を選んで語る少女のアンバランスさ。
「なるほど、十三才の娘さんでも、しっかりするわけだね」
おもわず口を突いてでたその言葉に、すこしばかり皮肉が混じってしまう。
「殿下、私は殿下に確認したい事がございます。そしてお願いも」
突然、そう切り出したシェラの顔からは、微笑みが消えていた。
「なんだい」
その真剣さに、やや物怖じする。
「殿下におかれましては、いましばらくこのシェラが、ラーフェドラス王国の国運を担うことをお許しいただけますか」
シェラは、あらためて跪礼の姿勢を取る。
「どういう事かな」
「陛下は、近いうちに賭けをなさいます。わが母上より摂政権の返上と、議会と距離を置くようにと迫るおつもりですが、もし失敗致しましたら、わが国は二つに分裂することでございましょう。その時のために、陛下は私にあるものをお託しになりました。それはラーフェドラス王国の国運を握る重要なものでございます。それを今お示しするわけにはまいりませんが、それを持っていても、よろしゅうございますか」
「まあ、持っているだけなら、いいんじゃないかな」
シェラの悲壮な態度に、リオンは後じさる。
「そして、お願いとは、その事にまつわる事態で緊急を要する場合、殿下の議会の賛同を待たず、殿下が直属に指揮権を行使なさることができる帝国親衛隊を差し向けていただきたいということでございます」
「それは、ここでは返答できないよ。僕は正式に帝位に就かないと、帝国親衛隊の指揮権は持てないんだから」
「ご即位の暁には、ということでございます」
リオンは随行してきたブルジェキラ夫人のほうを見た。
「それは、その時がまいりましたら、殿下がご判断なさいます。
現状、何も明かされぬ状況では、殿下も判断にお困りでございます。このブルジェキラが今のお話は伺いました。その際は、殿下のご判断の助けになりますよう、わたくしも務めますゆえ、どうかこの場は、それで返答とさせていただきますよう」
帝国親衛隊総司令官ブルジェキラ公爵夫人は跪礼してそう云った。
「ということだ。ごめんね、僕はどうも政治向きの応対が苦手なんだ。
リン=レーゼターク、きっと、即位後はきみの世話になることになりそうだよ。
そういうわけだから、僕のほうこそ、よろしく」
リオンは、あらためてシェラに手を差し伸べた。
【作者コメント】
放置状態の間、私、エロばっかり書いてましたw。
ようやく全てのセッティングというか、状況配置が終わりまして、書きたいところに入りました。第一幕から数えてどんだけ手間がかかっているのだろう。どうぞ、今後ともよろしくおつきあい下さい。