第15話 即位の前日 1
新皇帝の即位に際して、太陽系連邦よりその祝賀の席に異例の人物が臨むことになった。
外見は十六歳の少女にして、その肩書きは太陽系連邦遺伝子管理銀行総裁、エリザベート・シュレディンガーである。
少女は、太陽系連邦の服装史によるところの、Aラインの肩のあらわなドレスにストールを羽織り、宮殿につながる軌道エレベータより降り立った。背後に引き連れた警護の武官はどちらも長身で、灰色に近い金髪が目立つ。
出迎えに出たのは、帝国議会議長ファランツ女公爵である。
その日の正午、先に到着していた諸国の要人も一同に揃い、アレルノ宮において午餐会が開かれた。
この場では、明日即位するリオン皇太子、その翌日に婚礼が執り行われるシェラ王女の列席はない。参列者の外交的な場として設定された会合である。
列席しているのは、皇后となるシェラ・エスファナの介添えとして参列するラーフェドラス王妃ロイエンライラ、他政府を代表する数人が。太陽系連邦よりエリザベートをはじめ、実質的に連邦のアストレーデ圏と国境を接する領域の最高責任者である国境方面特別高等行政官が参列し、実質、ラーフェドラス家と修道会に対して敵対関係にあるファーマムール王国は駐在大使のみの列席に留まり、他にラジサンドラ王国よりはミスチア王太后の義姉王女の嫁ぎ先である筆頭古家カランドル公爵夫妻、そしてノーダヴィダ大公妃シリン・ガラティア。
実質、その午餐会より三日にわたる新皇帝の即位式がはじまる。
その錚々たる顔ぶれの席に、一人だけ居心地悪げに座る少年がいる。
聖アムルテパン修道騎士団騎士団長として列席したガルディア・ジャザイルはまだどことなく頼りなげな視線を周囲に泳がせた。
周囲の席には、総本山を代表して列席する副教主や帝国教会の錚々たる上級大司教位の者たちが揃っていたが、とても十五才の少年のほうから話しかけられるような相手ではない。少年も、話しかけられて礼を失しない程度の返事はできるが、まったく場に馴れていないため話が続かない。
緊張するテーブルでの午餐が終わり、庭園での懇談となった。庭園の隅で、炭酸飲料を片手にほっとしていると、一人の上流貴族が少年に声をかけてきた。
「ギルだね。ごきげんよう」
亡くなった父と同年代のその貴族の顔に、少年は覚えがあった。
「マルファル公爵殿下ですね。はじめまして」
「やだな、はじめましてじゃないよ。僕はね、小さい時きみと遊んだことがあるんだよ。リーリアに抱っこされて、よく僕の家に来たじゃないか。
ここは帝国だよ。グラーノ叔父さんぐらいでいいよ」
少年は、あまり一般の貴族と関わったことがない。
だが、その気さくな様子に、少年はこの場所でようやく居所を見つけた気分になった。
「なんというか、少しなつかしい。ラヴィが十五才の頃の姿によく似ているから。
でも、きみはお父さんとちがって、すごく優しい目をしているね。ラヴィは、いつも見えない敵と戦っているような、そんな目をしていたけど。
弔問にも伺えなくて、ごめんね。本当は、きみのそばでラヴィの事を悼みたかった。一緒に見送ってやりたかったけど、僕は入国できないから」
「どうか気になさらないでください。事情はよく承知しております」
「ところで帝国大学には入学するの?」
現在、帝国大学総長の座にあるグラーノは訊いた。
「まだ決まっていませんが、帝国教会の学院のほうの教師と相談次第では、お世話になるかと存じます」
「そう。その時は、早めに教えてね。僕もきみの役に立ちたいんだ。
それから、近いうちに、うちに遊びに来てくれよ。きみとゆっくり話がしたいし」
とりあえず、少年は、その会合の間グラーノの側にいた。