第14話 新皇帝
アールシャド帝国の宮廷は広大で、それだけで一つの小都市のような規模である。
だが、他国のように大時代じみた装飾は最小限に抑えられ、どちらかというと機能的な、太陽系連邦風のものとなっている。
それでも、即位と立皇后式の近づいた宮廷は古式にのっとった調度で前時代的な雰囲気で飾られている。
それはカーテンや絨毯や、ソファーの背にかけられる布などがそうだが、そういった物が変わるだけで、宮廷の雰囲気はがらりと変貌する。
リオン皇太子は、私邸をすでに皇帝苑に移していた。
インペリアルガーデンと呼ばれる壮麗な庭の中央に建つ館は、背後を渡り廊下で宮殿とつながりながらも、こじんまりと独立している。規模としては寝室が四室と居間が三室、他に書斎が二つ。使用人の控えの間などもあるが、ごく一般的な上流市民の市街の住宅と変わりがない。人の配置を極端に抑えた、くつろぎのための家である。
「いかがです、この邸宅にはお慣れになりましたか」
二階のテラスで、庭を眺めながら暇をもてあますリオン皇太子にブルジェキラ夫人は、女官服姿でテラスの入り口より声をかけた。
「うん。僕にはここが逃げ場としてはちょうどいいよ」
「それはようございました。
女公爵閣下が、陛下にはラノン皇后がお住まいになっていたこちらの邸宅の方が落ち着かれるのではと、こちらを皇帝苑として整備させました。
前陛下はアレルノ宮のほうをお住まいとなさっておいででしたので、いささか手狭なこともございましょうが、それはその時に考えましょう」
「それで、なぜ親衛隊長の公爵夫人が女官長のように私邸に来てまでそのような真似をしているんだい」
「シェラ・リン=レーゼタークのお輿入れに伴い、女官長はシェラ姫様をお迎えするご用意で多忙でございますゆえ、前陛下の女官として側に侍っておりました私が陛下のご相談役としておそばにお仕えしてほしいとの、女官長の依頼がございまして」
深々と頭を下げる彼女は、十代の頃、前皇帝の情けを受け、一時は妾姫として身分を賜った身である。皇帝に身も心も献身する気持ちを表すべく、妾姫の座を辞し、帝国親衛隊に入った変わり種で、アストレーデ教圏にその名を轟かせる果敢な提督としての顔も持つ。
たとえ、その出世が前皇帝の寵愛ゆえの異例の早さとはいえ、親衛隊が国軍ではなく、あくまで古家である皇帝家の私設軍隊である限りは決して不正でもなんでもない。
「何かお飲み物でもお持ちしましょうか」
ブルジェキラ夫人は云った。
「冷たいものを。ジンジャーエールでいいよ」
手持ち無沙汰を慰める立体パズルをいじりながら、リオンはドライバーの感触が欲しかった。図面を書いて、建造中の艦艇の装置を自分で調整して。
こんなに暇なのはイライラする。
エリア・ルイスの事が恋しかった。
帝国工廠、リオン皇太子が、技師としてこの前まで働いていた傍らに彼女はいた。
ローランド社の三女にして、宇宙船技師。エリアとともにリオンがあった。
リオンにアストレーデ聖典が開示され、皇太子となり、妾妃として入宮する事を拒んだエリア・ルイスとは、そのまま別れることになってしまった。お互いに嫌いではないのに。
夢も仕事も共有し、身も心も一つだと信じた相手と別れるのは苦しい。今でも思いは引きずっているし、当然、エリア・ルイスだって、割り切れない思いでいるのだろう。
どうして、自分は皇帝にならなければならない、と心の中で叫ぶ。権力とか、国家とか、そんなものを欲しい者はいくらでもいるだろうに。どうして艦艇技師としての自分が皇帝にならなければならないのだろう。しかも、たった十三歳の子供と結婚しろという。
仕事に対しての才能が無いのなら、もう少し喜んで皇帝になっただろうに、自分にはあふれ出る仕事への意欲を抑えることができない。
「殿下、お持ち致しました」
ブルジェキラ夫人は、テーブルにコップを置く。
「ねえ、公爵夫人。僕、十三歳の女の子と共通の話題をどうやって探せばいいと思う?」
「連邦の三百年統治の件でも、話題になさったらいかがですか。教育係の話では、過去の各国の歴史と政治学に造詣が深く、また、政治的なご判断力にも優れ、大人と対等の弁舌をお持ちだとか。
まことに、帝国の皇后陛下にお迎えするに相応しい、聡明な御方でございましょう。
あるいは、現在の帝国軍の兵器配備状況などでも、喜んで聞いてくださいますよ」
「それ、十三歳の女の子の話題じゃないよ」
リオンはまた考え込んだ。実は、リオン自身は政治的な話があまり得意ではない。
即位式は段々と迫ってくる。逃げ出したい心境は変わらない。子供っぽい自分のこういったところも、実は嫌いになっている。
皇帝としての心の準備は、まだ無い。