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わからない。わかる。よくわからない。何故だかわかる。二つの相反した言葉が青の脳を駆け巡る。ぐるぐる、ぐるぐる、自分でもよくわからないうちに色々と考えてしまう。
『青ちゃん、俺は青ちゃんにそんな顔してほしくないから忘れてもらったんだ。今まで前にも現れないようにしていたし、今も嫌なら忘れさせる。だから教えて? 今思っていることなんでも』
優しい目で空は青を見て言う。怯えるような怒るような表情をさっきまで浮かべていたのに今はそんなものあったようにも思えない。
そっと青のことを抱き締める。触れることはできないが、優しく慰めるように空の腕で青を包む。
「……兄貴は私を恨んでるの?」
恐る恐る開いた口から力の無い声で青が尋ねる。
『まさか。俺はあれを事故だと思っているけど青ちゃんが罪悪感を持ってる。だから殺したと思って俺は殺されたことになってるだけだ。恨んでたら忘れさせたりなんかしないよ』
空は優しく言う。青の頭を撫で、その青は空の触れない胸で泣いている。久しぶりすぎる兄の対応に緊張していた糸が完全にプッツンしたのだろう。
双子の兄妹なのに何歳も離れているようだとはよく言われたものだ。二卵性双生児には見えないほどそっくりだともよく言われたが。
『……青ちゃん? 寝ちゃったか』
泣きつかれたのか遠出したからか色々ありすぎたのか、もしくは全てのせいなのか。エグエグ言っていた青の泣き声が途切れ、その顔を空が覗くと、すやすやと小さな寝息をたてた可愛らしい顔があった。
風呂どころかシャワーも浴びず、服のままパジャマを持ってきてもらうはずなのにその前に爆睡だ。空は起こすがどうするか少し考えたが、まあいいかと姿を消した。
コンコンコンと扉が鳴る。タイミング最悪の棧がパジャマを持って青を尋ねてきた。空はそれに気がつくが、棧に空は見えない。誰かを呼んでくる時間も勿体ないのでそのまま無視することにした。
返事はない。物音もしない。入浴中だったら困ると棧はその場であたふたしていた。ノックはしてしまったのでカグラに頼みに戻り、その間に青が出てきたら困る。そんな心配など要らないのだが、そんなことも知らずに棧はキョロキョロしている。
もう一度ノックをしてみる。やはり返事はない。流石にしつこいと思ったのか空が廊下に出て棧の様子に少し愉快そうに笑ってから下に降りていく。
広間まで降りたが、主役の青がいないのだ、そこにはもう誰も残ってはいない。
聞いた話によると、海は目が見えず、幹人は歩けないので四階まで来るのに時間がかかる。陸は耳が聞こえないだけだが、緑を通して伝えなければならないのでこれもまた時間がかかる。
空は急いで三階まで上がる。残るはカグラとナギだけだが、その部屋には簡単に言えば少女が二人だけでいるのだ。そんな空間に入るなんて躊躇うしかない……訳もなく、平然と扉に顔を突っ込む。
『あらぁ? どうしたの、可愛い妹ちゃんはいいの?』
先に空に気が付いたナギが楽しそうに笑って尋ねる。
『棧さんが青ちゃんの部屋の前をうろうろしてて困るんだ。カグラから何か言ってもらいたくてさ』
「棧が? ……へぇ、棧がァ」
風呂に入ろうとしていたのかサイドの結っていた髪をほどいていたカグラが言う。何かに怒っているようだ。
それ以上は何も言わずにカグラは部屋から出て階段を駆け上がる。そして、四階の廊下で棧の姿を視認すると、静かに棧に歩み寄った。
「なあ、棧。何してるんだ?」
子供らしく高い声を精一杯下げてカグラは語りかける。
「カ、カグラ様。上倉様の寝間着をお持ちしたのですが、返事がないんです」
言い訳をするように早口で棧は言う。
「どうせ寝てるだけだろ、そんなことでうろうろするな。ストーカーみたいで気味が悪い」
「申し訳ありません!」
説教をするように冷たい目で見下しながらカグラは強く棧に言う。反省した青い顔で棧が頭を下げると、カグラはパジャマを取り上げてもう休めと命じた。棧は何かあったときに対応できるようにと一階の広間横の部屋で寝ている。
『ね? 面白いでしょう』
『それは笑えるな。もっと他に無いのか?』
そんなカグラの後ろでナギと空がこそこそと話ながら笑っている。恐らく棧に関する昔話でもしていたのであろうが、そんなことは関係ない。
「呆れた。私は風呂に入る。お前らも無駄話は適当にしておけよ」
何の話をしているのか知りたくもないカグラがナギと空を見て言う。機嫌悪そうに眉間にシワを寄せて今度はゆっくり階段を降りた。
『ほらね、おばさんみたい』
『確かに』
見えなくなるカグラを見ながらナギが空に言い、空がそれに答えた。
「聞こえてんぞ! なー」
ストレスが溜まっているのかうるさい声でカグラが言った。それにまたナギと空が笑い、姿を消した。