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青はいなり寿司を片手にミニハンバーグを頬張っている。母親が作ってくれるものでも店で買う安いものでもない味がする。それは当然なのだが、予想よりもだいぶ美味しい。自然と笑みが浮かんでくるほどには美味しい。
「気に入ってくれたようでよかったよ」
そこら辺にあった誰も座っていなかった椅子に腰を掛けながら青は食べていたが、カグラが皿を置いて話しかけてきた。
「夕飯食べたからって夢じゃないって思ったわけでも信じたわけでもないけどね」
「警戒心が強くて結構。ところで青、もう外は暗い。かなり遠くまで連れてきてしまったし、駅から家も遠いだろう。泊まっていくと良い」
すでにかなり甘えているので青の答えは決まっていた。
「構わないのなら泊まってくよ。ここで遠慮しても今さらだしね」
気を許したわけではないが、誘拐されるように連れてこられた時よりはご飯も食べたからかかなり落ち着いた様子で青は言う。
「それはよかった。棧、案内してやれ」
「はい、カグラ様」
青は棧に案内されてまた別の扉から建物の奥に入った。階段があり、その脇に続く廊下を覗くと白い洋風な廊下が続き、部屋がたくさんあるのが見える。棧は一階の部屋に住んでいるのは自分と海と幹人だと言った。
そして、階段を登り二階に着くと目の前には中庭があった。ちょうどさっきまで皆いた場所の真上だ。広間は無い代わりに広い庭があるのだと言う。日光浴なんかにちょうど良い。二階に住んでいるのは陸だけだそうだ。
まだ階段を上がる。三階に着くと、さっきの中庭が吹き抜けとなっていてガラス張りで様子が見える。三階は一階と二階とは違い、大きな部屋が階段の左右に一つずつあり、家主であるカグラとずっと留守にしているカグラの友人が住んでいるらしい。棧もあまり会ったことがないが、カグラ以外は誰も会ったことがないらしい。
青は最上階の四階に連れていかれた。まだ階段は続くが、屋上に続くらしい。かなり眺めが良いらしい。
四階は客室とカグラ以外立ち入り禁止の部屋があり、そこは何重にも施錠されている。青はいくつかある客室のうちの一部屋に案内され、部屋の案内を軽く受けた。風呂場やトイレも部屋の中にあり、旅行に来た気分だ。棧は寝るのに不便だからとパジャマを持ってきてくれるらしい。青は棧のあまりの親切さに怖くなってきた。
『なんか昔行った旅行を思い出すね』
「あ、兄貴」
青が部屋の入り口付近に立って部屋全体をボーッと見ていると、後ろから声が聞こえてきた。
『お話ししようか、青ちゃん』
「話って何? そもそもなんで兄貴がいるの」
『青ちゃんだってわかってるだろ? これは夢じゃない、現実なんだって。それに関して俺がさっき聞いたことを話すよ』
空はフワッと宙を通ってベッドのところまで行って寝転んだ。そして、青に座れと言うように手で布団を優しく叩きながら言う。青たちが食事をしている内に空はナギたちに色々聞いていたらしい。空は青の知っているいつものぼんやりとした顔を少しだけ真剣そうに整えている。
『そういえば青ちゃん俺を見てもあんまり驚かなかったよな』
「スッゴくビックリしたよ。そうじゃないと夢なんて思わないし、でも何だか不思議じゃない」
青も布団の上に寝転がって言う。靴は脱ぎ捨てて散らかしているが、そんなのお構いなしだ。空は隣に寝転がられて少し驚いたような顔をしたが、気にしないでまた言った。
今度は本当に真剣に。
『……あのね、青ちゃん』
「何? 」
『あの広間にいた人達は皆殺した側と殺された側なんだ。共通点はもう一つ、殺された側は殺した側を許して、でも殺された恨みに一つ何かを奪ってる』
深刻そうに空は言う。青はまだ理解していない様子でキョトンとしているが、暗い空の顔をじっと心配そうに見ている。もう死んで話せないはずの兄が浮かべる見れないはずの悲しそうな表情を見つめる。
「……」
『で、それは俺たちにも当てはまるんだ。青ちゃんが殺した側、俺が殺された側。…………俺はあのとき青ちゃんに殺された。でも、青ちゃんが苦しむのが嫌だから青ちゃんから記憶を奪ってそれを隠した。…………今の俺はこんな兄貴なんだ』
こんな寝転がっている場合ではない話を空はした。奥歯がガリッと鳴り、折れそうな程苦しそうな顔で青を見ながら。
青は口を開け、そこから空気すらも漏らさずにそれを聞いた。どこを見ているかもわからないピントの合わない目をうるうると動かしてどうにかして空を見ようとする。
そして、思う。
兄貴は冗談が下手だな。
また変なこと言い出したな。
きっと、悪い夢だ。
夢だ。現実だ。その言葉が思考をぐるぐると回り、青の手を震わせる。
それがわかっていて空は続けた。
『青ちゃんたちのことをあの人達は゛許された殺人者゛って呼んでるんだって』