邪神とともにあれ
「やめっ」
ゴブリンの命乞いを言い終えるゴブリンリーダーは剣を振り下ろす。
首を失った胴がよろよろと二、三歩下がり木に寄り掛かるように倒れた。
ジワジワと湧く血が森の大地に染み込む。
今日から使えるゴブリン流サイレントスキル。その一、3秒ルール。見つかったから3秒経つ前に殺せばセーフ。ちなみにそのニ以降はない。
にしても会った当初と比べて随分と手際良くなったものだと僕はいささか懐古の念に浸ってしまう。
「なんだよ」
僕の生暖かい視線に気付いたのかゴブリンリーダーが居心地悪そうに身じろぎした。
その反応にこっちが困惑するわ。あと声を抑えろ。
「なんでも。それよりこれが最後の見張りだよな」
「距離カラ考エルニ、ナ」
僕の強引な話題転換にラダカーンが乗ってきた。
僕のクイズ大会といえど完璧ではない。見張りの周期を網羅している参加者がいなかったために距離から推測する他ないのだ。その距離も曖昧ときた。ヤラセなしの本物のぶっつけ本番。
ただ残念なのはこれが収録ではなく命懸けの戦いということだろうか。頑張ってテレビに近づけるなら邪神主催のハンガーゲームだ。
……例えが上手すぎて逆に笑えない。
「族長?」
「ん、ああ気にするな考え事をしていただけだ」
「そうか?」
「ああ」
ジト見してくるゴブリンリーダーに軽く頷いて視線を外す。
もっと言うべきことがあるのだ。
「よし。見張りは排除できた。ここからは——」
「本隊の合流を待つと」
「その通り。合流するまでは我々は休息を取る。合流の手筈は——」
「我輩ガ受ケ持ツ」
「頼んだ」
今後の予定について合意を取り付けてから素早く動き出した。
これこそが本当に最後の休息。部隊に手振りで休息を取るように指示し、僕自身も座り込んで木に寄りかかる。
革の水筒から水を口に含む。飲み過ぎたら動けなくなるので少しだけだ。
寄ってきた子狼にも同じように飲ませてやり——ちょっと待て。
僕は子狼の顎を掴んでクイと持ち上げる。
迷惑そうな子狼を気にせず口元に指を当てた。
……この感じ涎じゃないな。赤いし。
「どうしたんだよその血」
聞きながら僕は子狼の口の周りを丹念に調べる。傷は……ないな。
戦っていた様子もないしまさかこいつゴブリンを食べたのか。それとも道中で狩りでもしたのか。
まあ、どっちでもいい。食生活の不安はなくもないが飼い主に牙を剥かなければ不問にしよう。
割り切った僕は先程と同じように子狼に水を飲ませる。
干し肉は今は食欲もないしいらない。
「うぅぅ」
足を伸ばしながら体を倒す。ストレッチでもしなければ緊張で体が固まりそうだ。
「なんだよそれ?」
奇妙な生き物を見る目で僕を見つめるゴブリンリーダー。ストレッチも知らんのかい。知ってたら怖いけど。
「とある東の国の体操だ」
「へぇ」
ゴブリンリーダーも僕と同じように体を倒す。
確かにゴブリンリーダーが僕を不審な目で見たのも納得だ。武装したゴブリンがストレッチするのはおかしな儀式めいている。
「何ヲシテイル?」
血流が全身を巡り始めたような気分に襲われたベストタイミングでラダカーンが戻ってきた。
体を起こして不気味な瞳に訝しげな光を宿したラダカーンを迎える。
「いや別に。本隊は?」
「スグ後ロダ」
確かに目を瞑り耳を澄ませばゴブリンのそこそこ鋭敏な聴覚が近づいてくる足音を捉えた。
じゃ最後の確認だ。
「ステータス」
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種族:ゴブリン呪術師
位階 :族長
状態:通常
Lv :18/40
HP : 208/208
MP :228/228
攻撃力:71
防御力:62
魔法力:89
素早さ:63
魔素量:D
特性スキル:[成長率向上][邪神の加護:Lv5][仲間を呼ぶ][指示:Lv2][限界突破魔術]
耐性スキル:[毒耐性Lv1]
通常スキル:[罠作成:Lv2][槍術:Lv1][剣術:Lv2][無属性魔術Lv2][呪術Lv2]
[水属性魔術Lv1]
称号スキル:[邪神の使徒][同族殺し][狡猾][ゴブリンチーフ][上位種殺し][祝福を受けし者]
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結構頑張ってレベルも上げたことはHPも200に乗ったことからもわかるだろう。
あとついでにここで新たに獲得した魔術を紹介しておこう。
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[鈍化]
消費MP(15)
対象の動きを阻害する。MPの過剰使用により効力を上昇させることができる。
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まさかのデバフ。良いけどね。強そうだし。良いんだけどさ。もっとこうね?ね?起死回生一発逆転な魔術が欲しいなぁ。
「友ヨ、本隊ガ到着シタゾ」
「わかった」
僕は立ち上がって中程にいるはずの指揮官を探して本隊の到着を眺める。
一際立派な鎧を見に纏ったコボルトを見つけた。こちらが軽く会釈すると向こうも同じように返す。
距離感を測りかねているのだろう。向こうからすれば僕は客人の長。扱いは面倒そうだ。
だがここは敢えて接近する。
「副官、ここを任せる」
「どこへ?」
部下たちにチラリと視線をやってからゴブリンリーダーが確認の言葉を投げる。
「異文化交流だ。すぐに戻る」
返答を待たずに軽い足取りで指揮官に歩み寄りコボルト語で挨拶をした。
僕のそこそこ流暢だろうコボルト語に指揮官は素直に驚きを露わにした。
『コボルト語がお上手なのですね』
『ゴブリン語とあまり変わらないですから』
日本人が英語を学ぶ難易度とドイツ人が英語を学ぶ難易度。もちろんドイツ人が学ぶ方が易しいに決まっている。
『何せ元々同じ言語ですからな』
追いついてきたラダカーンが会話に入ってきた。
と言うかその話し教えてもらっていないぞ。僕が目で詳細を問うと所々毛のないコボルト特有の毛を撫でながら口を開く。
『どちらも魔族共通語から派生したものなのだ。この魔族共通語とは邪神のお言葉を邪智王ダンダリアンが纏めたものだ』
ダンダリアン?聞いたことがある気がする。どこでだ?
小骨が引っかかったような違和感を覚えながらも僕は冗談めかして口を開き、
『それも教えて欲しいな』
『友よ。生き急いではならんぞ。まずは勝ってからだ』
確かに今のは死亡フラグっぽかったかもしれない。ゴブリンに転生してからこのかた死亡フラグしか立ってこなかったが。
『そうだな。これからの段取りを確認しよう。敵の集落についたらまず私が挑発し、出てきた敵兵と一当たりしてから撤退だ』
二人から問題ないとの答えが聞けた僕は内心の安堵を隠して当然と言う表情で頷く。
『御武運——各々に邪神の加護があらんことを』
武運を祈ろうしてやめた。ラダカーンや族長が求めるなら今は使徒に徹しよう。今はな。
投稿していないのに投稿した気でいた。申し訳ありませぬ。




