苦し紛れの賭け
「******」
族長の重々しい声にコボルトたちの顔が一斉に暗くなる。
客将として参加していた僕の表情も多分似たようなものだろう。
なにせ、何を言っているのかさっぱりわからないのだ。多分『ゴブリンの集落について話し合いを始めよう』とか言っているのだろうとは思う。
『今期ドッグフードの企業別売上とに利益率について話そう』とか言ってたら呆れるを通り越して素直に笑うね。
笑顔万歳だ。
……というかなんでコボルトがドッグフードについて話してんだよ。論理が飛躍しすぎだろ。鳥人間コンテストで優勝できるじゃない?犬人だけに。
いいな。絶妙に意味がわからないところが一番いい。今度ゴブリンリーダーに聞かせてやろう。
馬鹿なことを考えて密かにニヤついていた僕に族長が訝しげな視線を向ける。
「お客人、なにかあるのかな?」
何ってくだらないギャグしかないけど?
そう言い返すことができたらどれだけ世界は平和になるだろう。なんと素晴らしきユートピア。まあ僕はごめんだが。
「いえ、大したことではありません」
「ソレハ我輩ガ考エヨウ。友ヨマズハ聞カセテクレ」
緊急避難的のため繰り出した言葉にラダカーンが変に食いついてきた。
おいおいやめろよ。お前が食い付いて良いのは毒餌だけなんだよ。
といっても毒餌に食いつかれても困るんだが。僕が笑い死んだらコトだ。
しかし悲しいかな。くたばれイカレ野郎とランボーのごとく言ってやることは出来ない。なにせ、殺されるのはこっちになるから。
「その前に……こちらの集落の戦力を聞かせてもらっても?」
一瞬、ラダカーンと族長が目を見交わした。その雰囲気に応じて訝しげに僕を眺めていたコボルトの表情も硬くなる。
はっきりと敵とは断定しないまでもコボルトたちの中で僕は仮想敵扱いだろう。そんな仮想敵に自陣の陣容を知られて喜ぶ人間はいない。
この場合。どちらを選んでも僕に得しかないのだ。
答えなかったら僕も答えなくてすむ。答えたら僕にとっても仮想敵であるコボルトの情報を得られる。
「戦えるコボルトは100と言った所。年寄りや子供を含めれば150弱じゃな」
嘆息とともに放たれた言葉に僕は思わず呻いた。
僕が楽しい楽しいクイズ大会の結果得た情報によれば敵方は約400。その内で戦えるゴブリンは300ほど。上位種が50ほど含まれるとのこと。
ネガディブさで定評がある僕でもつい良いところ探しをしてしまうレベルの戦力差だ。
だめよっ僕っ!いつでもよかったを探さなきゃ!
今見つかる良かった点としては上位種の含有率が高くないところだろうか。
1/8なら1/3だった僕の集落と比べればマシと言えばマシだ。数値は変わらないので慰めにならないけど。ならないのかよ。
希望的観測に縋るならばゴブリンが数を多く答えた可能性がないわけでもないが……あの後拷問……クイズに参加したゴブリン全員が同じように答えたのだ。多分本当だろう。
「まずいですね」
「かなりまずいの」
単純に倍である。いっそのこと逃げるか。僕は再びその考えに囚われた。
勿論、僕は戦闘民族でも超兵器のパイロットでもないので合理的思考の上で出された結果に対して否というわけだはない。
が、残念ながら逃げるというのは合理的ではないのだ。逃げれば必ず少なくない部下が離反する。
今まで離れたのは森神官の部下だけだったがもし弱さを見せればこれからはゴブリンリーダーの部下も僕の直属の部下も逃げる。それはまずい。
「作戦が必要だ。それも有効的な作戦が」
族長のため息に似た独り言に僕は必死に頭を巡らせる。どうする?作戦立案でコボルトに期待するのは馬鹿げてる。
なら僕が考えるしかない。ここは古典的な戦法で行こう。
「私に一つ策があります。ラダカーン、これから言うことを訳してくれ」
そう一方的に伝えてから僕はナイフを抜いた。身構えたコボルトたちに族長が話を聞くように合図した。
横目でその光景を捉えながら僕は石の机に概略図を削り出す。
「大体、位置関係はこんな感じだ。まず、我々とコボルトの半数、80ほどでゴブリンの集落を襲撃する。当然、奴らは反撃するだろう」
ラダカーンが僕の言葉を訳し終えるとコボルトの戦士たちは口々に反対を叫び出した。差し詰め、「ゴブリンが!」とか「我らを売るつもりかとかだろう」わかりやすいコボルトは嫌いじゃない。
「一当たりしてから一旦兵を退く。逃げるフリをするんだ。そうすれば奴ら目の前の生肉を見つけたゴブリンだ。絶対に追ってくる」
何匹かのコボルトが低く笑った。ゴブリンの僕がゴブリンを馬鹿にしたのがお気に召したらしい。
「この洞窟のすぐ近くに来たら奴ら逃してなるものかと必死に追いかけてくるだろう。周りを気にせずに」
ここまで来たらもう説明し終えたも同然だ。僕が提案するのは典型的な釣り野伏せだ。これが悪くない。
洞窟の周囲は木々が密集していてコボルトたちを隠しやすい。逃げるふりをしていて本気で逃げてしまったという間抜けな展開は本拠地周辺なら大丈夫だろう。コボルトたちは地理に精通しているし士気も高いはずだ。
生贄の儀式を行う狂人がいるのが若干心配だが……今の段階で裏切りはすまい。今度死ぬことを祈ろう。
「そこを叩くと言うわけか」
死を願われていることを知ってか知らずか族長は思案顔で呟いた。
ラダカーンの翻訳を聞いたコボルトたちも同じような顔で隣の者と囁き合ってる。
「**********」
「フム、反対ノ者ハ?」
族長の言葉をラダカーンが訳してくれた。
翻訳の重要性を知ってしまったようだ。異文化交流を経て文明人へ一歩前進している。
反対するコボルトはいない。
「*****」
「デハ客人ノ策デイコウ」
そう言って族長は立ち上がった。続いて他のコボルトが立ち上がる。遅れて僕も立ち上がった。
全員が一斉に武器を掲げた。
反抗の渦は土煙を上げて迫っていた。
春は何故だか気が抜けます。更新速度も遅くなってしまったのもそのせいです。




