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外道ゴブリンは邪神の下で  作者: 飛坂航
邪神の祝福または呪い
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臆病な

 このまま待合室を借りることになった僕はゴロリと寝っ転がる。


「どうすればいいと思う?」


 洞窟の天井で蠢く虫を眺めながら誰にともなく問いかけた。


「コボルトどもと一緒に北のゴブリンを叩くんだろ?」


「まあな」


 結局ゴボルトの長は渋々ながら僕の手を取った。


 これから末永く仲良く、とはいかないだろうが、共通の敵を叩くまでは協力できるだろう。


「コボルトは我々の分まで食い物を出してくれますかね?」


 空きっ腹をさすりながらの部下の言葉に僕はため息をついた。


「人間から奪った保存食があるだろう」


 お前は欠食児童か。それで僕は母親か。そうするとコボルトは差し詰め……教師か?


 どこの学校だよ。


 馬鹿な考えを浮かべていた僕に気付かずゴブリンが怪しげな笑みを浮かべる。


「俺は食べ物じゃなくて武器を取ったので……ヘヘッ」


 ヘヘッ、じゃねえわ。チンピラ感が半端ないぞ。


 全員の顔を見渡すと確かに行きたそうにしている奴も何人かいる。


 食糧的な格差は不和の根源だ。南アフリカを見ろ。強力な新興国なのに、治安は最低だ。


 コボルトの饗応を期待するのは無理があるしな。


 選択肢はない、か。


 とはいえ、コボルトに一言掛けてから行くべきだろう。


 気の利かないコボルトはここに誰も残していないので、こっちから探しに行く他あるまい。


 その時にたまたま迷って洞窟のあちこちを見聞しても、それは仕方ないことだ。


 ニヤリ、と計画を立てた僕は笑う。


「副官、お前はここに残れ。私はラダカーンを探しに行く」


「副官って俺のことかよ……そんなことより族長一人で大丈夫か?」


 ゴブリンリーダーの心配ももっともだ。しかし、出来るだけ見つかることは避けなければならない。


 数が多いほど見つかりやすいのは不変の公理である。


「私一人の方が見つかりにくいだろ」


「でも、一人ぐらい連れて行った方がいいと思うぞ」


 確かにそうんだけどね。ああ、斥候が裏切ったのは痛かった。静かに歩くと言うのがどれだけ得難い技能なことか。


「静かに歩ける奴がいるか?」


「いないだろうな。……じゃあ、せめてあいつだけでも連れて行ってくれ」


 僕の苦悩を思いやったゴブリンリーダーがせめてと子狼を指差した。


「あいつ?役に立つか?」

 

 正直ただの愛玩動物としての意味合いが強い。ま、いいんですけどね。


「鼻は効くだろ」


「それは、まあ多分な。よしわかった。あいつを連れて行く。それでいいな?」


「俺はそれを勧めるね」


 肩を竦めるゴブリンリーダーに僕は軽く頷いた。


 全く、素直じゃない奴め。


「留守は頼んだ」


「任せとけ」


 ゴブリンリーダーの声を背にして僕は隅で丸まっている子狼に近づく。


「よし、チビ。ラダカーンの所まで案内してくれよ」


 通じないだろう言葉をかけながら、抱き上げようと腕を伸ばすが、


「あ、おい!」


 ピクリといきなり跳ね起きた子狼は千切れんばかりに尻尾を振りながら走り出した。


「おわっ」


 捕まえようと伸ばされた部下の腕を軽やかに躱しながら部屋の外へと飛び出す。


「待て!」


 遅れて飛び出した僕は、すぐ外で待ち構えていた子狼を踏むまいと、思わずタタラを踏んだ。


「危ないだろ」


 僕の力ない抗議がわかっているのかいないのか、子狼は瞳を輝かせながら尻尾を振っていた。

 

 たぶん、わかっていないんだろう。


「ほら、行くぞ」


 僕が促せば素直に子狼は歩き出した。


 流石に野生動物なだけあって静かな歩みだ。癖になってるんだ、音殺して歩くの。

 

 パタパタと振るわれる尻尾が鎧の隙間から足を撫で少々くすぐったいことを除けば最良の選択と言えるだろう。そうだと思いたい。


 垂れてくる水滴だの、這っている虫だのに目を瞑れば、洞窟は中々居心地がいい。


 何より入り口が少なければ防御が楽だろう。


 そんなことを考えながら、僕は子狼に着いて大通りへと進んでいた。


 本当に進んでるよな?


 人っ子、いや犬っ子一人会ってないんだけど。


 狼って道に迷うの?迷わないよね。


 しかも気のせいじゃないのならどんどん下に向かっている気がするんだけど。


 ただまあ、狼が迷うはずがないと自分を納得させ、僕は歩き続ける。


 さらに歩き、明らかに洞窟の雰囲気が変わったことをゴブリンの知覚が感じ取った。


 いや、これはまずい。


 脚を止めた僕に子狼は小首を傾げた。やめろ、可愛い。


「ここ、どこだ?」


 僕が地面を指差すと、子狼は近づいてきて僕の手を舐め始めた。


 違う。ご飯じゃない。


「やばい」


 呆けていた。


 狼が道に迷うとは思っていなかった。


「どうしよう」


 このまま部下が探しに来るのを待つか?


 深く進み過ぎた。それは難しいだろう。


「できればお前が自分から帰ってくれると助かるんだけどな」


 帰巣本能でもなんでもいいからとにかく正しい道を進んで欲しい。


 僕の淡い願望も虚しく、子狼はさらに奥へと脚を向けていた。


 いっそのこと、僕一人で帰ってやろうか。


 苛立った頭にそんな投げやりな思考が浮かぶが即座に否定される。


 そんなことをすれば待っているのは餓死だけだ。不注意のせいで死にました、では死んでも死にきれん。


「ハァァ」


 深く重いため息をつきながら最後の道標に従って僕は歩き出した。


「ん?」


 ふいに生じた風の囁きのような違和感に従って僕は足を止める。


 なにか、何かの声が聞こえたような気がした。


 ——気のせいか?


 いや、違う。子狼も耳をピンと立てて音に集中しているようだった。

 

 何かに追われるように僕は迷わず歩き出した。


 行けば全てを忘れられる。そう直感していた。


 危険だとわかっているのに心のどこか仄暗い情熱とともに行けと叫ぶ。


 美しく描かれた絵画を黒く塗り潰すような醜い興奮。自分が自分でなくなる感覚に僕の理性は徐々に引っ込んでいく。


 ダメだ。ダメだ。ダメなのに……なんと、素晴らしいんだろう。責任も希望も感情も全てを捨てて獣のように生きることのなんと素晴らしいことか。


 だいたい。しがらみというのが多すぎるのだ。僕はもう疲れた。


「キャンキャン!」


 諌めるように叫ぶ子狼に、僕の理性は一瞬力を取り戻し、本能と共に僕の足を止めさせた。


 この期に及んで逃げようとしていたのか。


 自分の怖気の走る考えを直視させられた僕はよろよろと壁に寄りかかり、そのまま尻からズルズルと座り込んだ。


 近寄ってきた子狼が心配そうに僕の顔を覗き込む。


 その柔らかな毛に僕は顔を埋めた。


 大丈夫。大丈夫。僕はまだ自分を嫌えている。まだ、僕は僕でいられている。


 その時、ピチャピチャという音とともに、子狼の舌が耳に入ってきた。


 思わず子狼の体から顔を離すと、大きな瞳の中に唖然としているゴブリンの顔が見えた。


 みるみる、ゴブリンの目が潤んでいく。


 僕は黙って子狼の毛に顔を再び埋めた。


 生暖かい舌が僕の耳をベチョベチョにしていたがもう気にならなかった。

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