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外道ゴブリンは邪神の下で  作者: 飛坂航
邪神の祝福または呪い
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交渉

「失礼スル、友ヨ、族長ヲ連レテキタ」


「どうぞ、入ってくれ」


 そう言って僕は席を立った。

 

 まさか、コボルトの族長がこちらに来るとは。呼びつけられると思っていたのだが。


 細い道から姿を見せたのは一匹の老いたコボルトだ。ほぼ完全に禿げ上がった毛に、黄ばんだ歯。


 ほぼ直角に背を曲げながら、悪魔の角のように捻じ曲がった杖を持っていた。


 吹けば飛ぶような老コボルトに見える。ただ、森神官の教訓がこの魔術師を警戒すべきと叫んでいた。


「まさか……まさか……これほどの寵愛を賜った者と再び見えることが叶うとは」


 身構えた僕に構わず老魔術師は独り言のように呟いた。


 ラーツのように不気味な眼を持っているわけでも、明らかに邪悪なラダカーンとも違う。


 ごく普通の老人の声に聞こえる。だと言うのに、汚泥に包まれた心地がするのはなぜだろうか。


「ああ、お客人。儂がこの集落の長じゃ。以後よしなに頼む」


「これはご丁寧に」


 不意に発せられた老魔術師の言葉に我に返った僕は慌てて自己紹介を始める。


 というかなぜ、このコボルトはゴブリン語が話せるのか。意味がわからない。


 嫌だなぁ。なんで僕がこんな奴の相手をしなきゃいけないのか。

 

 まあ、するよ。するけど。


「私はこの群れを率いる者です。残念ながら今は流浪の身ですが」


「何、すぐに変わるとも。神の寵愛を得たものは最高の玩具にされる。望むと望むまいと、な」


「寵愛?」


 さっきから聞き捨てならないパワーワードだ。嫌な予感がするのに僕は聞いてしまった。


「感じないのか、我らが神の寵愛を」


 感じないな。一ミリたりとも感じないな。そんなもの感じたくもない。


 邪神どもの寵愛なんていらねぇわ。そもそも邪神からだと言うだけでも嫌なのに、遊ばれるとなれば全力で遠慮したい。


 だが、宿主にして強者である族長にそんなことを言わない程度には弁えた僕は笑って誤魔化した。


 なにこれ。気遣いを強要されるとか人間社会かよ。


「まあ、それはともかく。お客人我が集落に何用かな?」


 僕に座るように手で促しながら族長が本題を切り出した。


 椅子にゆっくりと座ることで稼いだ時間で僕は高速で頭を回す。


 難敵だ。舌鋒を交わしても口だけで煙に巻くのは難しい。交渉は可能ではあるが、彼我の戦力差から相手の譲歩は不可能。


 これより酷い交渉なんてどこぞの海軍軍縮会議くらいのものだ。相手がアメ公でないだけこっちの方がマシと言うべきか。


「用件という用件はありませんね。そちらのラダカーン殿に誘われただけなので」


 まずは軽く相手の質問を払う。


 じゃあ帰ってくださいと言われたら帰るしかないが。


「ふむ、そうか。歳を取るとは嫌なものだ。お客人を匿われに来た厄介者かと疑ってしまう」


 意識して表情を保つ。


 そうしなければ、嫌味な笑みを浮かべて杖を抜きそうだった。


 激発しそうになる部下を目で押さえる。これなら僕が一人で出向くべきだった。


 部下が今怒りのまま武器を取れば、アメ公よろしく叩き潰しにかかるだろう。


 弄びやがって。クソ外道が。


 深呼吸をして意識を切り替える。そう僕たちは実際厄介者なのだ。そのことを考慮した上で使い潰してやる。


「ははは、族長殿はご冗談がうまい」


 だからこそ、僕はあえて感情を排した笑いで答えた。


「クックックッ、そうかの?」


「ええ、全く」


 白々しい笑みを交わしていた僕たちたち痺れを切らしたようにラダカーンが、口を開く。


「ゴ歓談モ結構ダガ族長。ソロソロ本題ニ入ルベキデハ?」


「ほう、本題ですか」


 すかさず僕はラダカーンに聞き返した。


 ……ラダカーンへの好感度がググッと上がった気がする。


 意図してか意図しないでか知らないがまずは第一段階突破だ。交渉が始められる。


「左様、我ラハココヨリ最モ近イゴブリンノ群レト争ッテイル。助力ハ多イニ越シタコトハナイ」


「なるほど……」


 通りで北に逃げる僕たちを助けたわけだ。敵が同じだと推測したのは賭けだろうが、見事に勝って見せたか。


「我々の追手も同じ輩でしょう」


 僕はにっこりとゴブリンスマイルを浮かべた。


「それはそれは……」


「オオナント!族長ドノ、コレハ天命デスゾ!」


 目を細める老魔術師に、ラダカーンが畳みかけた。


 やれ、ラダカーン。もっとだ。


 闘犬をけしかける気分で議論を眺める。


 族長がコボルト語で何か言い返せば、同じくコボルト語でラダカーンが何事か言い返す。


 どうせ、「奴はゴブリンだぞ」とかそんな話しをしているんだろう。


 で、あればあと一息だ。


 内心の冷ややかな感情を悟られないような温かい声で、


「そろそろお話は終わりましたか」


 最後に背中を一押しした。

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