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外道ゴブリンは邪神の下で  作者: 飛坂航
狂っていく歯車
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冗談

「楽しそうだな」


 シベリアの吹雪のように凍える寒さを持つ声に振り返れば、態度の悪い女弓使いた。


「また君か……」


 広場の端から歩み寄ってくる彼女を見れば、緩んでいた心が警戒によって引き締まる。


「なんのようだ?」


「族長の命令だ」


 女弓使いは眉一つ動かさずそう言い放つ。


 そのあまりに堂々とした態度と美しい声に僕はつい聞き入ってしまった。


 あーあ、これで顔がゴブリンじゃなければな。


「伝えるぞ」


「どうぞご勝手に」


 投げやりに言い捨てた僕に女弓使いは眉一つ動かず続けた。


「では」


 そう言って目を閉じた彼女は深く息を吸ってもう一度口を開いた。


「…反逆の疑いにより汝に死を宣告する」


 は?なんだと?


 その言葉が僕の脳に行き渡る前に女弓使いは剣を抜き、押されるように反射で僕も剣を抜く。


 数はあちらの方が上、その上向こうには族長の権威がある。ここで僕が弱い態度を見せれば部下はあちらに流れる。


 一瞬でそう判断した僕が一歩近づくと、


蔦の足枷(アイビィバインド)


 僕の足元の蔦が信じられない速度で成長し僕の足を拘束する。


 その魔術の種類、そして杖を向けられていることから、僕に枷をつけた人物を知ることは容易だった。


「貴様ぁ、裏切ったのか!」


 自分から怒りの声が出ていることに気付いて僕は心の中で小さく動揺した。


 信頼していない相手が裏切ること。それすなわちただの戦闘の勃発に過ぎない予定調和だと言うのに。


「落ち着け!」


 僕の耳元でそう叫んだのはゴブリンリーダーだった。


 ほぼ同時に森神官が女弓使いに叫ぶ。


「ふざけた冗談はやめていただきたい。趣味が悪い」


 見れば彼女に着いてきていたゴブリンは戸惑いながらもそれぞれ斧やスコップを握りしめていた。


 そう。戸惑いながら。


 段々と自体が掴めてきた僕は沸騰しそうになる頭を押さえて女弓使い目を向けた。


「つまり、貴様は族長の言葉を騙り質の悪い冗談で私に脅しをかけたと?」


「簡単に言えばそうだな」


 軽く肩を竦める女弓使いの舐めた態度に再び僕は殺意を高める。


 その殺意を内側に押しとどめ冷静な表情を保ちながら集団の一匹に問いかけた。


「それでお前たちは何をしに来たんだ?」


「えっいや、その族長に貴方の作業を手伝えと」


 戸惑った表情をしている彼らは少なくともこの茶番に無関係だろう。


「わかった。スコップを置いてまずは君たちには木の切り出しを手伝ってもらおう。教えてやってくれ」


 最後の言葉だけをゴブリンリーダーに向けて言った。


「だいじょう……」


「問題ない。早くしてくれ」


 大丈夫かなどと答えの見え透いたことを聞いてくるゴブリンリーダーの心配そうな顔を視界から外し、作業場を眺めている弓使いを睨み据える。


 大丈夫かだって?ダメに決まっているだろ。


 僕と森神官と女弓使いが構成する気まずい沈黙を誤魔化すかのように森神官が小さく呪文を唱えた。


解放(リリース)


 僕の足枷が元の蔦に戻った。


 なるほど、確かに冷静に考えてみれば女弓使いが姿を見せた時点でこちらに殺意を持っている可能性は低い。


 彼女は遠距離攻撃に秀でているのだ。わざわざ面と向かって殺し合うより知覚外の領域から狙撃したほうがいい。


「悪かったな」


 僕は森神官に謝ることにした。


「いえ、私のやり方も悪かったので……」


 穏やかな顔で首を振る森神官もどこか複雑そうだ。


 それきり気まずい沈黙がその場を覆う。


「……まあ座るか」


 僕が独り言以上会話未満の言葉を発すると二人は黙って切り株に腰掛ける。


 沈黙の中、冷たい風の吐息だけが草を揺らしていた。


「悪いな」


 女弓使いがポツリと発した言葉に僕は鼻に皺を寄せて不快感を露わにする。


 謝るくらいなら最初からこんなつまらないことをするなよ。


「いや、ほんの小さな意趣返しのつもりだったんだ」


 目を閉じて聞けば確かに少し弱々しいその声は罪悪感を持っているようにも思える。


「意趣返し?」


 森神官が静かに問い返した。


「ああ……そのつまらないことだ、前にその男にカモられかけて、ね」


 歯切れ悪く放たれたその言葉に思わず苛立ちのまま目を開けた。理不尽だとわかっていながらも声と差のある顔立ちにさらに油を注がれる。


「人聞きの悪いことを言うな!」


 このくそ女、事欠いて僕に責任を負わせようとしやがった。


 僕が、そんな馬鹿げたことをすると本気で思っているのだろうか。


 この女がわざわざそんな手を使って奪うほどなにか価値あるものを持っているとでも?


「あるだろう!幼年部屋でのこと、覚えていなのか⁈」


「だからなんの——」


 ことだ、そう続けようとした僕の脳裏にある記憶が浮かんだ。


 荒屋。カモる。メス。美声。


 ……どうしよう。心当たりがある。


「やったのかよ……」


 森神官の言葉とは思えない疲労感に満ちた呟きに僕はダラダラと冷や汗を流す。


「その、なんだ?ほら……申し訳ありません」


 二人から注がれる冷たい目線に耐え切れず僕は謝罪の言葉を口に出していた。


 ちくせう。なんなんだよ。過去の過ち暴かれまくりじゃねぇか。


「まあ、もう気にしてないから……騙した相手を憶えていないのに腹は立ったけれど、仕返しは済んだし」


 僕と森神官はお互いに顔を見合わせてからどちらともなく逸らした。


 いや気まずいって。


「この類いの男はどうでもいい相手から裏切られても心を乱さない。信頼されているな」


 慰めるような女弓使いの口ぶり馴れ合いの空気を感じて苛立つ僕に、女弓使いは向き直った。


「族長の使いとしてきた私に手傷を負わせたら、お前はまずい立場に追い込まれたろう。いい部下を持ったな」


 はっと胸をつかれた僕は思わず森神官に視線をやった。


 気まずげに森神官は視線を逸らすが、その気まずさは先ほどまでのモノとは少し違った。


「それで何のようかな?」


 仕切り直すように問いかけた僕に女弓使いは面倒くさそうに答えた。


「聞いていただろう。貴方の仕事を手伝いに来た」


「いつかの仕返しも兼ねてか」


「そうなるね」


「嘘だな」


 僕の言葉に女弓使いは一瞬表情を強張らせた。


 すぐに持ち直したものの、僕の目は誤魔化さない。


「どういうこと?」


「お前は部下を持っていない。つまり族長の直属として動くことを期待されている。そんな女が土木作業に送られるはずがない」


 ゴブリンは良くも悪くも男系社会だ。


 たった一匹会議に参加していたメスがどうも不審に映った。


 だからあの後部下に彼女のことを調べるように命じ、自分でも調べたのだ。その結果は族長の部隊の弓使いだということ。


 側近中の側近のつく職にメスが付くはずもないと思っていたのだが……彼女の実力と族長の見る目の評価をものだ。


 だからこそ、彼女は歴戦の古参兵だと勝手に思い込んでしまった。


 ともかく、戦場のエリートと呼べる人材が応援要員のまとめ役にされるはずがないのだ。


 黙っている彼女に僕は更に言葉を突きつけた。


「監視か?族長の命令で?」


「……」


「いや、それはおかしいな」


 僕が族長なら監視には職人を使う。専門的知識が多い方が情報の精度も高まるだろうから。


 族長ほどの賢者ならば確実にそうする。実際、職人たちはその命令を受けているかもしれない。


 つまり族長ではない。


 では族長以外で戦闘要員に権限が及び、かつこの間の戦いの後で権威を失っていないものといえば……


「ウルズとか言ったか」


 ピクリと女弓使いの左眉が動いた。


 ゴブリンの顔を注視するのは苦行だが、これだけリターンがあれば報われるというもの。


 自然な動作で杖を握った森神官を手で制した。


「別に構わないさ。私たちは何一つ後ろ暗いことをしていない」


 痛くもない腹を探られるのは気持ちの良いものではないが、と笑ってみせると女弓使いはさらに表情を固くする。


 本当だ。『栄光ある孤立』がモットーかつスタンダードである僕には残念ながらまだ敵は多い。


 この間の戦いで数を減らすことにも成功してが筆頭格であるウルズは逆に発言力を伸ばした。


 陥れようとする者は多いかもしれないが、無駄である。僕のキャリアはまだ真っ白なのだから。


「これから世話になるだろう。よろしく」


 差し出した僕の手を握る女弓使いの顔はなぜか苦り切っていた。

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