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それぞれの思惑

「何故ですか!」


 バンと机が叩かれる音にようやく兵部卿は手元の書類から目の前の顔を真っ赤にして猛る騎士に視線を移した。


「私も知らん。宰相閣下から通達を受けただけだ」


 正直なところ、この件で一番腹を立てているのは彼自身だった。自分の頭越しに教会と王がティナレの森の件に異世界の者を()()させることに決定したのだ。


 それに付随して聖騎士からも人員を出すことになった。

  

 随分強引な手だと腹が立ったが、部下の前で王の決定に不満を漏らすわけにもいかない。


 しかしこの騎士の気持ちもわかる。名目上は彼女は同行するだけとは言えもちろんそれはお題目に過ぎない。


 自分の職務が異世界の者への試金石になるとしたら確かに業腹だろう。


「あの淫売を同行させるなど、納得できません」


「言葉がすぎるぞガウェイン卿」


 兵部卿の威嚇するような言葉にガウェインは平然と言い返した。


「事実でしょう。怪物と情を交わす女など悍しいにも程がある」


「だとしてもだ。彼女は確かに勇者召喚に応じた者なのだから」


 諭すような兵部卿の言葉に間違った相手に不満をぶつける愚を悟ったガウェインは口をつぐんだ。


 そうなのだ。いくら正論であろうと決定を下したのは兵部卿ではない。何を言われてもどうすることもできない。兵部省を束ねる彼でも宰相の意向には逆らえない。


「姦淫を禁ずる教会が魔物と盛る女を擁護しなければならないとは。つまらない冗談もあったものです」


 皮肉るガウェインに兵部卿は掛ける言葉もなかった。眼前の皮肉屋ほどではないが彼とて勇者に疑問を感じざるを得なかった。


 曰く、魔物使いには三つの手法があると言う。


 まず、魔物を薬によって操る方法。次に信頼によって従える方法。そして房中術により虜にする方法。


 後ろ二つは難易度が極めて高いが、高位の魔物すら従えることができる。これは高位の魔物にはあまり薬が効かないためだ。


 教会は勇者が二番目の方法を使い、道を踏み外した魔物すら彼女の慈愛によって改心した。彼女こそまさに聖女である。などと嘯いているが、立場上事実を知り得る二人からすれば呆れてものも言えないとはまさにこのことだ。


「何が聖女なものですか。いや?聖女ではなく性女と言うつもりか。教会にも冗談が通じるらしい……」


 怒りの再燃してきたらしい部下に咳払いをして見せてから命じた。


「とにかく、聖騎士は参加したが指揮官はお前で変わりない。面倒になるだろうがお前ならできる。励めよ」


「精々こき使ってやりますよ」


 皮肉に笑ってからガウェインは初めて表情を引き締めた。


「近々ザクセンと戦になると聞きました。閣下もどうかお気をつけて」


 目の前の口を開けば皮肉しか言わない無愛想で、それでも大切な部下に兵部卿は笑って見せた。


「まだ死ぬわけにはいかんよ」


「そうしてください。閣下が死んだらつまらない」


 そう言うとガウェインはヒラヒラと手を振って猫のように素早く見えなくなった。



—————————


 その頃とある溟い場所では


「ね、例の彼と会ったんでしょ?」


 一柱の邪神が尋ねる。


「そういえばそうね。面白い子だったよ」


「へー、どんな奴よ」


 そうね、と邪神は長い脚を蠱惑的に組み替えた。


 見ていた邪神が鼻を伸ばしていたのは自分だけの秘密にしておこう。


「必死に感情を排除して自分の心を守っているのがかわいかったわ」


「悪いな」


「本当に最低」


「ふふ、そんな褒められると困るわ」


 そう、こいつらは邪神である。邪神にとって悪い、最低、などの言葉は褒め言葉でしかない。


 人の話しが通じない人種……神種の典型である。


 厄介な奴らだ。


「そういえば、いつかの貴方みたいよ、彼」


「左様ですか?」


 一瞬、自分への言葉と思えず返答が遅れてしまった。魔導士はもはや出なくなって久しい冷や汗が出たように感じる。


「いつかの貴方も論理だ計算だって言っていたけれど結局一つの欲に忠実なだけだったじゃない」


「ええ、彼の御方のお陰でやっとわかりました」


 確かにそうだ。自分がたった一つ魔術への欲求させなければこのような場所に堕ちることなどなかった。


 とはいえここでの暮らしもそう悪くない。様々な資料が揃っているし、機嫌が良ければ邪神が魔術の神秘を語ってくれる。


「それで、彼はこの後どうなりそうなの?」


 彼と会った邪神の言に魔導士は素直に驚きを露わにした。


「これはこれは珍しい。あの者を気にかけるのですか?」


「ええまあね。あの子と最初に会った時の憎悪。悪くなかった」


「では名前でも付けてやったらどうですか。このままでは呼びにくいでしょう」


 魔導士は彼に親近感が湧いてきた。邪神に目をつけられてしまえば待つのは破滅か堕落だ。ゴブリンに姿を変えたとはいえ元は人間(どうほう)哀れみが湧く。


 もし彼が邪神に仕えるみとなれば自分だけは優しくしてやろう。


「そうね。この戦いで生き残ったら名前をやることにしましょう」


「……それはいささか厳しいのではありませんか」


 仮にも憎っくき女神から勇者などと呼ばれる存在とかつて散々苦労させられてきた聖騎士に少なくない軍勢を相手にするのはゴブリンにはあまりにも重すぎる。


「大丈夫。まともに戦えば勝てないでしょうけどまともに戦わなければいいだけの話でしょ」


「それに、お前が我々への感知魔術を防いだのだろう?」


 女神の教徒たちが地上に降臨した邪神の気配を感じ取り奇跡の力によって場所を特定しかけた。


 なんとか誤魔化したものの、黒の森であることはバレてしまったのだ。


「誤魔化しただけです。そもそも貴女様がわざわざお会いにならなければ、こんなことには……」


「あらごめんなさい。でも面白そうだったんだもの」


 全く悪びれていない邪神に頭を抱えつつ、新たなる使徒候補の幸運を邪神に祈った。

次もすぐに投稿します

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