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外道ゴブリンは邪神の下で  作者: 飛坂航
黒の森戦記
31/66

再びの風切り音

「本当に大丈夫ですか?」


「それより、被害は?」


「9人の死亡と重体が5人、残る全員軽傷です」


 6人が軽傷か。ならば、


「お前の魔力の半数が尽きるまで重体の者を治療しろ。それまで休息とする」


「はっ」


 森神官は頷いてテキパキと治療を始めた。


「おい」


 声を掛けられたゴブリンリーダーが億劫そうに振り向いた。


 よかった。いつ腰が抜けていることをバレるかとヒヤヒヤしていた。


 あー、戦いたくないな。どうせ僕は邪神の手の上だし。なにが邪神は力を失っているだ。


 僕が何億人集まっても字句通り手も足も出ないぞ。


 ……•それは僕が弱すぎるだけか。いや違うよな。族長だって勝てない。


 族長は僕が100人くらい集まれば圧殺できると思うけど邪神はカウントできない。理解できない。まさに人智を超える存在だ。


 どこかの勇者が倒してくれないものか。それだとその後邪神の加護を持つ僕も倒されそうなので、相討ちの方が望ましいかな。


 でも、邪神って結構たくさんいたよな。

 

 はぁ、誰かなんとかしてくれないものか。


 無責任にため息をつく僕にゴブリンリーダーが話しかけてきた。


「あのよ、これからどうするんだ?」


「治療が終わったら動ける者全員で族長の所へ行く」


「わかった」


 僕も僕だけどこいつも随分な外道だ。重体のゴブリンを置いていくことに疑問すら抱いていない。


 それがゴブリンだと言われたらそれまでだが、中々冷たいものだ。


 いや待てよ、まだやるべきことがあったな。


「いや、私は鬼の持ち物を回収しにいく。お前も来るか?」


「俺も行かせてくれ!」


 ゴブリンリーダーの目がわかりやすく欲望に輝く。


 しめしめ、と僕は内心で古風に呟いた。荷物持ちが欲しいと思っていたんだ。自分から志願してくるとはな。


 僕は立ち上がって鬼の死体へと歩き出す。


 モンスターをハントするゲームなら確実にいい素材になりそうだ。


 この捻れた長い角、どうしようか。


「デカっ」

 

 驚くほど大きい。手で握っても包み込むことができない。生憎と魔力的な物を感じることはできないし、邪神の加護の力も感じないが、これはいい素材になりそうだ。


 僕は剣を取り出してうっすらと例の力を込める。なまくらになってしまった剣単体ではこの角を取れそうにないからな。


 

 慣れたせいか薄らと付与しただけでも硬質な鬼の肉が簡単に切れた。慣れって素晴らしい。


 鬼の雑嚢をいじっていたゴブリンリーダーに引かれているのは気のせいに違いない。


 気のせいだ。気のせいなのだ。


 角を取るのは側からみればただの蛮行であることに、僕は気付いてしまった。


「なにか良さそうな物は見つかったか?」


「干し肉くらいしかないが•••••何をしているんだ?」 


「角を取っている」


「あ•••••そう」


 僕の断固とした返答に追及する勇気を失ったゴブリンリーダーはそれっきり口を閉ざした。


 気まずい。 


 待て、僕。別に関係を深める必要は……あるか。仲のいい奴と仲の良くない奴、咄嗟に助けるなら仲の良いやつを選ぶよな。

 

 ま、いっか。助けが必要な状況に陥らなければいいだけだ。


 気を取り直した僕は鬼が雑嚢に入れていたナイフをとりだした。


 鬼に取ってはナイフでも僕にとっては短剣として使える。散々酷使したせいで何も切れなくなったなまくらの代わりになってくれるだろう。


 あとめぼしい物は、これだけか。


「この金棒持てるか?」


「むりだな」


 同じことに思い至ったゴブリンリーダーの問いに僕は不可能と答えるしかなかった。


「じゃあどうするんだ?」


 持つことができれば強力な武器となる。その威力は喰らいかけた僕が保証しよう。


 が、持てないなら意味はない。


「放っておこう」


「もったいなくないか」


「どうせ使えないだろう」


「ま、そうだけどよ」


 未練がましく金棒を眺めるゴブリンリーダーを残して僕は野戦病院さながらの建物に戻る。


「終わりました」


 しばしの後に、少々顔に疲れを出した森神官がそう言った。


「何人戦える?」


「8人です」


「お前を含めずにか」


「はい、私を含めれば9人が戦える計算になります」


「部隊ごとに行動する。部隊長が死亡した部隊の要員は私の指揮下に入れ」


 疲労のせいか全員が無言で指示に従った。


 僕の部下は、2人欠けたか。心の中で短く黙祷を捧げた。


 付き合いのあるゴブリンが死ぬのは初めてだ。それでも、僕は何も感じなかった。


 悲しくもないし、動揺もしなかった。ただ、少し、ほんの少し、自分が失ってしまった何かへの寂寥感があった。


 僕は、怪物になってしまった。


 例のごとく部隊の中央に陣取った僕は号令を下し、部隊を進発させた。


 風に運ばれて聞こえてくる悲鳴や怒号が段々とそのボルテージを上げる。



———————————

 種族:ゴブリン呪術師(シャーマン)

 位階 :ゴブリン 班長

 状態:通常

 Lv :6/40

 HP  : 146/184

 MP :57/177

 攻撃力:52

 防御力:51

 魔法力:54

 素早さ:47

 魔素量:D


 特性スキル:[成長率向上][邪神の加護:Lv5][仲間を呼ぶ][指示:Lv2]


 耐性スキル:[毒耐性Lv1]


 通常スキル:[罠作成:Lv2][槍術:Lv1][剣術:Lv2][無属性魔術Lv1][呪術Lv1]


 称号スキル:[邪神の教徒][同族殺し][狡猾][ゴブリンチーフ]


 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 残りMP57か。魔法の矢を二発打ったら打ち止めか。中々きついな。


 •••••邪神の加護レベルアップしてるし。なるほど、Lv5になったからお話しがあったのか。部長に呼び出された時より怖かった。


「ギギャっ」


 広場からよろよろと逃げ出してくるゴブリンと目が合った。頭に赤い布を巻いている。


 敵だ。


 瞬時にそう断じた僕は滑らかな手つきで剣を引き抜き、そのまま肩にかけての袈裟斬り。


 そのままの勢いで続く敵兵の脇腹から心臓に突き上げた所で、敵兵の肩越しに僕は蹂躙の意味を知った。

 

 族長が斧を振れば僕が敵わないようなゴブリンがボーリングのピンのように数匹単位で吹き飛ばされる。


 僕は族長の戦闘能力の評価を数段高くする。例のゴリラゴブリンがもぐら叩きよろしく大剣を叩きつけているがそれでも族長の足元にも及ばない。


 族長の動きには確かな技術があった。機能的で美しく、洗練されている。


 どうやら強力な敵はあらかた片付けられてしまったようで、この集落のゴブリンのゴブリンは後片付けとでも言うべき掃討戦(雑魚狩り)にシフトしている。


 それでも数で見ればこちらが劣るが、体制が整えば逆転する程度の差だ。


 つまり、稼ぎ時。僕も乗っかっておくべきだろう。じゃないと隠れてたとか言われそうだし。


「おおおおぉぉ!」

 

 大袈裟に掛け声を出しながら突撃した。


 振り返った一匹が自体を認識する前に心臓を突く。そのままの勢いで、


魔法の矢(マジックアロー)


 きたねえ花火を咲かせ、回転を維持して上段回し蹴り。


 悪くない。いや、素晴らしい。本当にレベルアップとはいいものだ。思った通りに体が動く全能感と自分への陶酔をもたらしてくれる。


 それがいけなかったのだろう。僕は側から微かに聞こえてきた足音に反射的に目を向け、地面を転がる。


 つい先程まで僕の頭があった場所を炎の矢が貫いていた。


 見れば建物の影から新手のゴブリンが6匹ほど湧いている。


「っあ、やばっ」


 その言葉が空気に溶けていくよりも相手がナイフを振る方が早い。


 慌てて首を捻るが、頬に灼熱のような痛みが走る。


 痛い、痛いが、痛くない。


 伸ばされたナイフを持つ右腕を左手で掴み、そのまま喉に剣を突き刺した。


 ゴブリンを地面に引き倒す反動で立ち上がる。


 最前の二匹のうち気弱そうな方を狙う、と見せかけて昏い力を付与した剣では好戦的な表情のゴブリンをバラバラにし、怯えた隙をついて腹を切り裂く。


 行けるな。僕はそう確信する。


 それなりにできるようだが僕より弱い。


 ———僕は忘れていた。

 

 一匹のゴブリンなど、勝てて当たり前だということを。そしてゴブリンだってそれをわかっていることを。


 気弱そうなゴブリンの影から短剣を持ったゴブリンが飛び出してきた。


 一直線に心臓を狙った突きを剣を叩きつけることで体の中心からずらした。

 

 腕に走る痛みが僕の怒りと恐怖を掻き立てる。


 霞む視界の中でなんとかさらに続く敵兵が一匹見えた。


魔法の矢(マジックアロー)!」


 これで魔法は打ち止めだ。


 グサリ、そんな音が聞こえた。


「ああぁぁああ」


 左腕を刺された。僕が湧いてきた敵兵に気取られているうちに広場で生き残っていた敵兵にやられた。


 執念で右腕を動かし敵兵の首を切り飛ばす。


 部下は、咄嗟に周囲を見渡すが部下たちと僕の間には敵兵が多数いた。


 まずい。飛び出しすぎた。


 僕に注目している敵兵は少ないがそれでも僕を殺すのには十分な数だ。まったく、モテる男はつらいよ。


 内心で軽口を叩きつつ、辛口で鋭利な短剣(現実)に目を向ける。

 

 使い手のゴブリンの首を掴み放たれた斬撃を防いだ。手頃なサイズで助かった。


 そのままお手軽お得な盾をボールよろしく蹴り飛ばして敵兵にプレゼントした僕の視界の端に魔術師が杖を構えるのが見えた。


 かわす——体勢が悪い不可能。こちらの遠距離攻撃はなし、いや。


混乱(コンフュージョン)!」


 間一髪で間に合った魔法のおかげか、はたまた偶然の産物か、奇声を上げた魔術師が地面に火球を放った。


 どうやら範囲攻撃だったらしく地面に当たった火球は派手な音を立てながら魔術師もろとも爆発する。下手にかわそうと思わなくて良かった。


 そう、よかった。それはよかった。良くないことは一点、注目を集めてしまったこと。


 先ほどの範囲攻撃の魔法の爆音のせいだろう。


 まったく、立つ鳥跡を濁さずという偉大なことわざを知らないのかね。最後まで迷惑をかけるとは、とワイドショーのコメンテーター風に呆れてみてもいいのだが、時間がないしギャラも出ないのでそれは後にしておこう。


 加速する思考の中で考えが言語化前に処理していく。


 戦う?やりたくないし無理だ。


 逃げるしかない。が、それも困難。唯一の道は敵兵が来た道だが、まだ一匹立ち塞がっている。一匹の対処にコンマ数秒しかかけられない。


 詰んでる。将棋なら投了して、参りましたと頭を下げたい所だが、少々相手に問題がある。


 仕方がない。土下座だ。異世界で、しかもゴブリン相手に土下座が通じるか分からないが、この場で殺されることは防げるかも知れない。


 覚悟を決めた僕が膝を折ろうとしたまさにその瞬間、パァン、弦が放された時特有の音が耳に響き、直後、立ち塞がっていた敵兵が倒れた。


 それにより僕の完璧な土下座理論に一点の矛盾が生じ、結露を出す前に、僕は走り出した。


 文字通りの死ぬ気で走る。


 家々の間を駆け抜け、柵を飛び越え、ひたすら駆ける。


 広場の周辺を一周回って今度こそ族長の側に飛び出した頃には僕の息はとっくに切れていた。


 後方に下がっていた族長は影から飛び出した僕にチラリと視線を向けるとまた興味なさげに視線を逸らし、近づいてきた敵兵に斧を振るう。


 これは僕も参加すべきだろうか。


 悩みながら前に出た僕に族長が声をかけた。


「下がっていろ。足手まといだ」


 お優しい言葉に一も二もなく従い、僕は族長の後ろを守る任務につくことにした。

 

 もはや戦いは今度こそ掃討戦に移行していた。背後をとった僕や部下の活躍により(多分)浮き足立った敵兵はゴリラゴブリンや族長の衝撃力を受け止め切れずにいた。


 そうなったしまえば、ほら。


 一匹のゴブリンが脇道に駆け出した。一匹逃げればもう止められない。中央にいたゴブリンが逃げるなと叫んでいるが、すぐに矢によって黙らされた。


 逃走はさらに加速し、ものの数分で広場に生きている敵兵はいなくなった。


 広場の反対から森神官が駆け寄ってくる。


「部隊長殿、大丈夫ですか⁈今すぐ治療します」


 返事をする気力がなかった僕は黙ってされるがままになっていた。


「治療が終わりました。おかしな部分はありますか?」


 立ち上がって軽い体操をした僕が


「左腕が上手く動かない」


 と訴えると神官は顔を曇らせた。ゴブリンに似合わぬ知性ある表情に僕が慄いていると、


「これ以上の治療は私には不可能です。私以上に上手い者もいたんですが」


 そこまで言って森神官は欧米の俳優のように肩を竦めた。


「そこで永眠していますよ」


 森神官の目線の先にいるゴブリンはなるほど確かに古参の魔法使いの一匹だ。


「なら構わない。進化まで待つとしよう」


「一定以上の怪我は進化でも治さないと聞きましたが……そうでないことを祈っています」


 邪神にか。純粋にゴブリンの信仰対象が気になった。


「祈るって何にだ?」


「私は森神官(ドルイド)なので森の魔神にですよ」


「なんだそれ」


 我ながら頭の悪い質問だと思う。しかし、森神官は答えてくれた。


「かつてこの辺りに君臨していた真龍のことです」


 ものすごく気になることをサラッと教えられた僕の疑問は、冷たい声に踏み潰される。


「命の恩人に感謝の言葉もなしか?」


 そして僕はその声に聞き覚えがあった。

••••••おかしいですね。なぜか11日をとっくに過ぎている気がします。多分気のせいなのでしょう。


次は月曜に

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読ませていただいてます。 [気になる点] 前話ではLvが5だったのに今回のLvが4と表記されてます。 [一言] 頑張ってください。
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