教徒たる意味
視界の端によろよろと立ち上がる部下を捉えながらも僕は動くことが出来なかった。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
自分が自分でなくなる感覚。それは死に限りなく近いものがある。
「ステータス」
ついに僕は縋るようにそう唱えていた。
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種族:ハイゴブリン
位階 : 班長
状態:進化可能
Lv :25/25
HP : 26/176
MP :23/158
攻撃力:57
防御力:54
魔法力:41
素早さ:47
魔素量:D
特性スキル:[成長率向上][邪神の加護:Lv4]
[仲間を呼ぶ][指示:Lv2]
耐性スキル:[毒耐性Lv1]
通常スキル:[罠作成:Lv2][槍術:Lv1][剣術:Lv2]
称号スキル:[邪神の教徒][同族殺し][狡猾][ゴブリンチーフ]
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邪神の教徒か。ふざけるな。
いつも軽視していた『称号』が潰されそうなぐらいに重い。大幅にレベルアップした時特有の全能感は絶望と恐怖に塗り潰されていた。
体を操られた。乗っ取られた。支配されていた。
「ダメだ」
無意識にそう呟く。
「ダメだ。ダメだ。ダメだ……ゥェ」
胃から迫り上げてきたものは容易く崩壊した。
嘔吐している僕を部下たちが驚きの目で見つめている。
その驚愕が一瞬だけ宇宙的恐怖よりも現実的な計算に目を向けさせた。
「帰るぞ」
絞り出すような僕の声に部下たちはおどおどしながら従う。
警戒の必要性は身にしみているが、どうしても集中できなかった。
邪神、邪神か。なるほど。
僕は頭を掻きむしりたくなった。舐めていた。なにも出来ない存在だと考えていた。
もしくは僕はなにもされない存在だと勘違いしていた。
僕も、僕以外の全ても、邪神自身も、奴らにとっては玩具に過ぎない。
邪神の行為はトレントより許しがたい蛮行だ。侮辱だ。侵略だ。
僕の自由を侵す者は誰であろうと殺す、と本気で考えていたが、どうやらただの虚勢だったようだ。
怖かった。トレントなどより、族長などより遥かに畏ろしい。完全に僕の心は折れている。
なにもせず、自分を操る存在にどう対抗すればいいのだ。
立ち止まって深呼吸をする。
「っふー、ふー、ふー」
口に出してみた自分が馬鹿らしくて笑いがこみ上げてきた。
あーあ、僕は人生の真理を一つ見逃していたようだ。
逆立ちしたって出来ないことからは逃げるに限る。
出来ないならやめてしまえばいい。出来るまでやれ、なんて強者の傲慢な考えに過ぎない。逃げることを否定する人間はその人を滅ぼしたいだけなのだ。
やめだ、あーあ、くだらない。
クトゥルフ神話でもそうだ。主人公がいくら頑張ったところで邪神を倒すことはできない。まして僕は善人でも勇者でもない。ただのゴブリンに過ぎない。
なら僕が考えるべきことはどうやって自分の利益を最大かするかだ。
邪神よ。僕はあなたが僕の物を奪うというのなら、それは許可できない。しかし、事実を受け入れよう。その上で、
「あんたを利用してやる。クソ野郎が」
口汚く罵ってから部下を急かす。
「なにをしている?早くしろ時間は有限だ」
一秒も無駄にできない。生存は戦争だ。
僕の結論を何かが深淵で嗤っている気がした。
少なくとも僕の耳にはケタケタケタケタと狂笑する声が聞こえた。
☆
どうしようかな。
ボロボロの部下を見て僕は心中で呟く。
家に帰り着いて早々、困ったことになった。部下たちは族長に出来るだけ死なせるな、と言われた以上残念ながら見捨てるわけにはいかない。
族長の出来るだけは、上司が言う『出来れば明日までにお願い』と同じだ。立場を背景とした非言語的圧力。
断れない。少なくとも今の僕には無理だ。非生命体ならメンテナンスをすればいいが、残念ながらゴブリンはメンテナンス不可能だ。
いや待てよ。もしかしたら、もしかして回復魔法とかあるんじゃないか?あるよな?ないと不自然だよな?
どう不自然かは説明が難しい。なんとなくとしか答えようがない。ゲーム脳と罵りたければ罵ればいい。他に参考となる事例がないのだ。どうしようもない。
ま、それは後でいい。それより、
「ステータス」
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種族:ハイゴブリン
位階 : 班長
状態:進化可能
Lv :25/25
HP : 26/176
MP :23/158
攻撃力:57
防御力:54
魔法力:41
素早さ:47
魔素量:D
特性スキル:[成長率向上][邪神の加護:Lv4]
[仲間を呼ぶ]
耐性スキル:[毒耐性Lv1]
通常スキル:[罠作成:Lv2][槍術:Lv1][剣術:Lv2][指揮Lv2]
称号スキル:[邪神の教徒][同族殺し][狡猾][ゴブリンチーフ]
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進化先を表示してくれ。
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[ホブゴブリン]
魔王ダンダリアンの著書『ゴブリン概論』においてコストパフォーマンスに優れた兵士として紹介されてた種族。これ以上強化する費用は効果に勝る。ある程度の力はあるが将来性に欠ける。
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[ゴブリンソードマン]
剣術を身につけてたゴブリンが至る種族。戦闘能力のない者では敵わない。しかしゴブリンの域を出ない。その剣技は拙い。
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[ゴブリンリーダー]
指揮能力に優れた個体が至る種族。個体としての能力は低いが他のゴブリンを率いると厄介。知能レベルが上昇するが所詮ゴブリン。愚か。
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[ゴブリンシャーマン]
最下級の魔術を扱うゴブリン。近年では魔王たちの間で暖炉の火を起こす奴隷としか思われていない。弱い。
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毎度の辛口ありがとうございます。どれも選びたくなくなってきたんですけど。やめません?そう言うやる気を削ぐ説明。
もうそれは諦めて、問題はなにを選ぶべきかだ。
……やっぱりどれも選びたくないんですけど。将来性に欠ける。拙い。愚か。そしてシンプルに弱いときた。え?どれを選べと?
消去法で確実に消去する選択肢ばかりなんですけど。
いや本当にどうしろと?
まずホブゴブリン。多分これが通常の進化先なのかな。コストパフォーマンスに優れる人的資源は嫌いじゃないが、自分がなるのは却下。誰だよ、魔王ダンダリアンて。
次にゴブリンソードマン。これは完全にただディスられているだけです。なんか敬語になっちゃったよ。却下。
ゴブリンリーダーか。悪くない。指示を聞く部下が優秀でないことを除けば完璧だ。愚かという文言は無視しておこう。保留で。
ゴブリンシャーマン。これもただディスられているだけだな。なんだよ火をつける奴隷って。舐めるのも大概にしろよ。が、魔法が使えるようになるのは嬉しい。もしかしたら回復魔法を習得するかもしれないしな。
と、言うわけでゴブリンリーダーかゴブリンシャーマンかの二択だな。
うん。どっちも嫌だ。
でもまあ、正直ゴブリンリーダーの知能が上がると言うメリットはそもそも知能が高いこの僕にとっては大した利益にはならない。ま、知能が高いと言ってもゴブリン基準でだけど。それにシャーマンになれば魔法が使えるのだ。最低級だけど、無茶苦茶軽んじられてるけど!
よし、決めた。シャーマンになろう。
皆さんはどれを選びますか?
次は木曜日に




