008-榛原瑞希/私の夢が叶う場所
榛原瑞希
私は焦っていた。デスクに向かった私は、すぐにPCを起動させる。
VRoadwayの予選終了まで、もう時間はあまり残されていない。もしかするとこれが、アイツに私の夢を叩きつける、最後のチャンスかもしれない。必ず認めさせてやるんだ。アイツが間違っていて、私が正しかったと。
焦る気持ちはあれど、まずは、現状の把握が最優先だろう。今、何をすべきかは、それから決めるべきだ。
私は、現状を確認するため、藤多柚衣の動画が投稿されているサイトを開く。トップページには、視聴履歴として、藤多柚衣の自己紹介動画が表示されていた。動画のサムネイルの下には再生数なども表示されている。
「特に変化はなしと……」
藤多柚衣の自己紹介動画の再生数は相変わらずだ。ひょっとすると、私のアカウントにメッセージが届いているかも! なんて、期待もしていたのだが、メッセージの受信はなかった。
とにかく、藤多柚衣は尚も、ファンを獲得出来ないまま孤軍奮闘している。これは、昨夜から全く変わっていない。それも当然といえば当然で、まだ私はほとんどアクションを起こせていないのだ。
となれば、次は肝心の何をするかだが、動画サイトの方がダメなら、他方からのアプローチも必要だろう。
私は次に、twitwiという短文投稿用SNSサイトを開いた。目的達成のためには、動画だけではなく、こういうSNS上でのアピールも非常に重要だ。
「藤多、柚衣っと」
私はツイート検索欄に、彼女の名前を打ち込む。すると、藤多柚衣に関連したツイートが100件以上も画面に表示される。とはいえ、ほとんどが藤多柚衣本人の投稿なのだが。
注意深く、投稿文を見ていく。すると、画面が急に変わり、動画のプレイヤーが起動した。
「あの伝説の……エンタメバトルロワイアルが帰ってくる! 目指すはバーチャルタレントの最高峰! 第2回VRoadwy開催!」
「またこれか……」
もう飽きるほど見ている動画広告が始まった。男のバーチャルアバターが、マイク片手に声を張り上げている。彼はスパンコールだらけの煌びやかな衣服に身を包んでおり、見た目、声と共にかなり暑苦しい。
バーチャル関連の情報を漁っていると、どうにもこの手の広告が出てくるらしい。スマホやPC、至る所でVRoadwayの宣伝が目に入る。
「参加方法は簡単! まずは自分のバーチャルアバターでUNIVRSにログイン! 自己紹介動画を撮って、UNIVRS上で投稿するだけだZE!」
「なーにが簡単よ。それが簡単に出来たら苦労しないっての」
私は、広告スキップのカウントダウンを見つめながらぼやいた。
とはいえ、広告の男が言う事も全く間違いではない。世界最大のバーチャルプラットフォームUNIVRS上での大会という事もあり、大会用の自己紹介動画は既に数万件もある。確かに、参加自体は簡単かもしれない。しかし、その中のほとんどが「動画を撮ってみた」程度のもので、ここから予選を突破するのは困難を極める。
藤多柚衣もまた、VRoadway参加者の1人だが、状況はあまり良くない。
「そして、予選突破の条件は、UNIVRS内で1000人のファン登録を得ることだYO! 予選突破の人数に、制限はねえんだZE! お前のエンタメをぶつけろYO!」
最後に、男のアバターが「予選終了まで残り3週間! 参戦待ってるZE!」と締めくくり、VRoadwayの広告が終わる。次の広告が始まる前に、私は広告スキップをクリックした。
現実世界のアイドルが、1000人ものファンを得るには、膨大な時間と努力が必要だ。バーチャル世界でも、それは同じことが言える。特に、新参者がVRoadwayの本選に生き残るのはほぼ不可能だろう。
事実、藤多柚衣のファン登録者数は、未だ10人にも満たない。
ただそれは、動画を見れば、納得がいくことだ。やっぱり、まだまだ荒削りだなぁと思う。こればかりは、もう少し慣れが必要だろう。
藤多柚衣は自らをそう名乗ってはいないが、彼女のような存在は新しいジャンルのアイドルと呼ばれる。生身の人間としてはアイドル活動をしない仮想現実の存在、バーチャルアイドルなのだ。最近はVドルと呼ばれ、急激に人気を伸ばしている。
そして、私はここに賭けてみたくなった。ここでなら、私の夢は叶えられる。そう強く感じた。
4年前、あるVドルが、第1回VRoadwayの舞台で、一万人以上の参加者の中から頂点に立った。そして、大会の優勝特典として、彼女は最初にして最後の武道館ライブを行った。彼女はそのライブを最後に引退してしまうのだが、彼女がライブの最後に放った言葉は、私の心の中で消えかけていた炎を一気に燃え上がらせた。
「次は、あなたが夢を叶える番です!」
誰に向けるでもない、観客全員に放った言葉。でも、私にはそれが、名指しで激励されたように聞こえた。
あの言葉に動かされて、私は現実世界でのアイドルを辞めた。夢を叶える為に。自分だけの力で、あの景色をまた見る為に。
焼け石に水かもしれないが、twitwi上でも興味を持ってもらえそうなメッセージを発信しておく。
これで、現実世界で私にできる事はもうない。こちらでどう足掻こうと、藤多柚衣を予選突破させることは出来ないだろう。
「まぁ、こっちで考えてても仕方ないよね」
私はキーボードを叩き、UNIVRSを起動させる。そして、ヘッドセットを被った。
私はアイツから絶対に自立する。その為なら、どんな手を使ってでも。