表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRoadway!!  作者: 藤川ジョン
第一章
6/26

006-榛原瑞希/スタートダッシュ

榛原(はいばら)瑞希(みずき)


 葛城(かつらぎ)が教室から出ていった後も、私は席から教室の扉をにらんでいた。多分、調査書が書けていないのは私だけだろう。つまり葛城は、私に向けてあのメッセージを書いたのだ。なんだか、情けをかけられたような気がして、嫌な感じだ。あんなつまらなそうに教師をしている人間に。


「瑞希遅いっ!」


 すると私の視界は突如、暗闇に閉ざされた。


「え、ちょ……」


 何者かにヘッドロックされるような形、後頭部には柔らかい感触。この私に、こんな事が出来る怖い物知らずは、彼女しかいない。


「もー、茜でしょ」


「おおー早いっ! 流石は瑞希っ!」


 声とともに、頭部の拘束が解かれた。振り返ると、いたずらな笑みを浮かべる少女が、私を見下ろしていた。


「あんたねぇ……ちょっとは加減しなさいよ」


 頭がキリキリ痛む。とても女子高生の力とは思えない。


「私なりの愛だよっ」


 そう言って、力こぶを作って見せつけてくる彼女は生駒(いこま)(あかね)。彼女は、私の数少ない友人の1人である。茜とはお互いに背が高い、という共通点から気が合い、今やすっかり仲良しである。

 私をも凌駕する長身はスポーツに活かされ、陸上七種競技の県選抜やらにも選ばれたらしい。彼女は速さに命を懸けていて、速さに長い髪は不要と、髪をベリーショートにしている。そして小麦色に焼けた肌は、その鍛錬(たんれん)の証である。高身長に加え、顔も小さく、大きな猫目で愛嬌(あいきょう)もある。見た目にさえ気を遣えば、芸能界も目指せるルックスだろうに。彼女はただ脇目も振らず、己の速さだけを追い求めている。


「で、どうしたのよ。部活は?」


「ふふーん、土日が大会だったから、今日はオフなんだなっ」


「なるほどね」


 そう言って私は机の上に視線を戻す。


「まだ真っ白じゃんっ!」


 すると、頭上から茜が覗き込んで声をあげた。


「勝手に見るなぁ」


 茜から隠すように、私は机に覆い被さる。

 茜は私の前に回ると、しゃがんで人差し指をぴんと立てる。説教のつもりだろうか。


「遅いっ! アタシなんて1番だったんだからっ」


「いや、茜は何でも速さに命かけ過ぎだって……」


 この子の中で、速い事は絶対の正義だ。4月1日に生まれた茜は、幼少期から、学年で1番育ちが早い存在として扱われたらしいし、本人もそうある事を目指したようだ。速さを愛し、速さに愛されたのである。食事も、バナナとエナジードリンクで瞬時に済ませる。あの跳ねるような口調には、声がすぐどこかへ飛んで行ってしまいそうな響きさえあった。


「いや、速い事は何にも勝るからっ」


 これである。茜の場合、このスピード信仰への熱心さもさる事ながら、事実それを実行できているのがすごい。有言実行というか、言う前には既に走り出している。


「その即断即決力を分けて欲しいよ」


「分けたげよっか?」


 そう提案すると、茜は自分の顔を引き千切らん勢いで頬をつねる。アンパンマンか、お前は。


「やっぱいいよ。調査書が血で染まりそう……」


「あ、そう? まぁ、冗談はさておき、相談くらいならアタシが乗ってやるぜ?」


「ありがと」


 私は情けなく笑う。だが、私の進路は私の問題だ。ただ、こうやっていつでも味方でいてくれる人の存在は、すごく心強い。


「そういえば、クラス最速の茜さんは、なんて書いたの?」


「待ていっ。世界! 世界最速だからね、茜さんはっ!」


 茜に早口でたしなめられた。この気持ち良いくらいの自信過剰っぷりが、私はけっこう好きだ。


「はいはい。で、世界最速の茜さんは、なんて書いたのよ?」


「もちろん、オリンピック選手っ」


「いや、小学生の夢じゃないんだから」


「要はそういう事なのっ! アタシ、もう推薦で行く大学が決まってるからねっ」


「え、早っ」


「ふふーん、最高最速の褒め言葉をありがとうっ」


 茜は、そう言って胸をバーンと張る。この子は悩む暇もなく、もっと先へと進むのだろう。なのに私は、何を迷ってるのだ。


 アイツの呪縛は、こうも私を苦しめるのか。私は抗えないのか。私は、何故こうも……


「おーい、瑞希は何で悩んでんのっ?」


 はらはらと茜の手のひらが、私の眼前で振られる。


「あ、えーと、何というか、そもそも進学するか迷ってる」


「ふーん、良いじゃんっ!」


「いや、何で良いのよ……」


 自分で言っておきながら何だが、すんなりと肯定されてしまうのは何か違う。他のみんなは進学する。うちの高校ならそれが当たり前なんだ。その当たり前から外れる事は異常。良い訳が――


「もうこの時期から、ちゃーんと夢があるってことでしょ? 早い事は良い事だよっ」


「夢……か、あるのかな私に」


 改めて、調査書に向かい合う。ただの三つの空欄が、悪魔の契約書みたいに思える。書けば、望んだ世界への扉が開くというのに、その代償を恐れてペンは進まない。


 私の中の悪魔が「お前には無理だ」と囁くのだ。


「あるんじゃない? こんなに悩むくらいにはさっ。ちなみに、その夢って何なの?」


「えと、芸能関係……かな?」


 自信なさげに答えてしまう。そんな風に逃げる自分を、私は心底嫌悪している。


「分かったっ! ズバリ、アイドルでしょっ! アイドルだよねっ!」


 その時、茜のスイッチが入ってしまった。


「瑞希なら、絶対良いアイドルになれるっ! その面倒くさくてワガママな性格と、無愛想ささえ無ければ、高い身長とミスコンでダントツ優勝を決めるルックス、加えて歌わせても、踊らせてもピカイチっ! アタシ、前から瑞希は最強のアイドルになれると思ってたんだよっ。事務所はやっぱ、カグヤちゃんのいる所かなっ!」


 早口でまくし立てる茜。彼女のドルオタスイッチを入れてしまった。だから、わざと濁したのに。

 茜はスマートフォンを高速で操作し、画面を見せてくる。


「ほら、この事務所っ! あーカグヤちゃん、めっちゃかわいいっ!」


 それを見た私は思わず、目をひそめた。


 画面には今人気絶頂のアイドル、帯解(おびとけ)カグヤが写っている。彼女は胸の前に手でハートマ ークを作り、まさにアイドルといったポーズをしていた。画面越しにも彼女の輝きが漏れ出さんばかりである。これが、本物のアイドルの力か。


 アイドル。


 人々の憧れを一身に受け、自身の魅力そのものを職業とする者。

 輝かしい反面、己の魅力のみで戦うその世界。そこで生き残るのは、至難の業である。


 私はその事を、痛いほど知っていた。


「私は、アイドルになんてなれないよ」


 呟くように言う。


「そんな事ないってばっ」


「なれないの!」


 今度は、声を上げてしまった。

 思わず口を押さえるが、もう遅い。茜はバツが悪そうに、私を見つめていた。


「ご、ごめんねっ。瑞希、アタシつい……」


「いや、私こそごめん」


 私が謝り返すと、茜は優しく笑う。


「ま、その紙書くのは今度で良いんでしょ? スイーツ天国でも行って、パァッーと忘れようぜっ!」


 茜は「お姉さんが(おご)ってやるよ」なんて言いながら、調査書を取って、私の鞄に入れてしまった。


 茜が言うように、あのダメ担任は締切を伸ばした。何も今日、悩む必要もないだろう。


 そうだ。私はまだ、じっくり考えられる。少し気持ちが晴れた。私は跳ねるように立ち上がる。



「ありがとね、茜。でも私、ラーメンが食べたい」


「うげー、こいつマジでワガママだわー」

茜はアイドルオタクなスポーツ少女です。

これからも要所で瑞希を励ましてくれる予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ