003-榛原瑞希/目覚めた夜に
榛原瑞希
「み、皆ぁーシェアスマ―……?」
ダメだこれ。
私は動画冒頭のその一言を聞いて、瞬時にそう感じた。
「この度、VRoadwayに向けた活動を始めさせて頂きまして、その報告をさせてもらいたく――」
ディスプレイの中では、やけに着飾った可愛らしい女の子が、自己紹介をしていた。頭には小さなシルクハット、手にはステッキを携えており、どこかマジシャン然としている。
そんな彼女が、ペコペコとサラリーマンのように頭を下げ、自己紹介をしている様子は、違和感を通り越して滑稽ですらある。せっかくの可愛らしい容姿も、そんな状態では全く見えない。動画は既に、金髪のくせ毛とシルクハットが上下する映像となっていた。
「はい、という事で自己紹介を――」
「最早、シルクハットの自己紹介に成り果ててるなあ……」
あまりの惨状に、私は思わず眉間を押さえる。見れば見るほど、恥ずかしくなってくる。
「で、では、せっかくなので、今から大喜利します!」
「脈絡がなさすぎる……」
そもそも、大喜利というチョイスが渋い! という指摘が聞こえてきそうだ。いや、ある意味、興味は引けているのか?
「はい、ではお題です!」
彼女が手元のステッキを小さく振ると、何もない空間に『お題ルーレット』と銘された円盤が現れた。その円盤には、アイドルやマジシャン、アホ毛といった、彼女にまつわる言葉が書かれている。「えいっ」の掛け声と共に、ルーレットが回転を始めた。
しかし、待っている間に、彼女がステッキをブンブン振るから文字が見えない。いいから、とりあえず落ち着け。
「持ち味はいいはずなんだけど、活かせてないよなぁ……」
いたる所で、本人のポンコツさが際立つ。ルーレットにはステッキが被っている上、その間、BGMもあおりもない静寂が支配していた。
私は今、回るルーレットが少女によって必死に隠される様子を、無音で見させられている。これでは盛り上がりもクソもなかった。地味である。
すると、唐突にルーレットが止まる。
「えっと、お題は『アイドルで謎かけを1つ!』ですか……」
ボックスの文字を読み、彼女は「むむー」とうなる。うなる。うなる。うなり続ける。
「どれだけ考えるのよ……」
少女は目を閉じながら考え続け数分、やっとひらめたように手を打った。
「えと、アイドルと掛けまして、暑い夏の日と解きます! その心はー?」
少しノってきたのか、彼女の口調は幾分か柔らかく、表情も豊かになってきていた。
「えと、どちらもファンの有無が命取りになるでしょう!」
その時、私はハッとする。やはり、ここは良い。
これでもかというドヤ顔。「こ、これはファンと、扇風機のファンが――」余計な説明。そして、言った後に照れて俯く始末。客観的に見ればやはり彼女は、『ダメだこれ』なのだろう。その証拠に、動画の再生回数も88回。しかも、その内40回近くは私のものだ。コメントやいいねも一切ない状態である。
だが、それも仕方がない。彼女にはまだ、人を惹きつける技術が――アイドルとしての技術が足りない。
「アイドル、か」
私は呟きながら、ディスプレイの光だけが照らすこの部屋を、ぐるりと見回す。
古今東西、ありとあらゆるアイドルのポスターが壁を、天井を埋め尽くしている。そして部屋の隅には、ディスプレイの彼女が着ているような華々しい衣装が投げ捨てられていた。
私はこの世界に夢を描いた。それは今でも変わらない。
もう一度、ディスプレイに視線を戻す。
同じ動画がリピートで再生されていた。さっきと同じ前振りのあと、また謎かけが始まる。
「やっぱり酷いな……」
私は眉間を指でつまみ、苦笑する。
前振りだって面白いものではない。微かな違和感というか、妙な味があるのは認められる。でも、それを含めても、今やネット上に腐るほど溢れている自己紹介動画の一つでしかない。
けれど。
「な、なので! 皆さんも私のファンに、なってくれると嬉しいです……」
感性なんて人それぞれだ。万人にはただの石ころに見えても、ある人の目にはダイヤの原石のように映るときだってある。万人が良いと認めるものでは意味がない。私が、これだと信じられるものでないと価値がない。
無駄かもしれない。他にも方法があるのかもしれない。
「ま、またのご視聴、よろしくお願いします!」
彼女がペコリと頭を下げる。まだ諦めていないんだ、と私は思う。彼女は勿論、私だってそうだ。
やはり私は、藤多柚衣に夢をかけてみたい。
「やるしか……ないよね」
私は改めて自分の道を行く覚悟を決めた。
瑞希は高校生です。
彼女の抱える悩みが物語の中でどのように解きほぐされていくのか、ご期待ください。
今回登場したVRoadwayについては後ほど説明します。