026-榛原瑞希/夢をのせて
榛原瑞希
VRoadwayの予選通過が決定した次の日、私は放課後に葛城から呼び出しを受けていた。
おそらく、ずっと保留にしていた進路希望調査書についてだろう。
VRoadwayの成功は、私に実績と自信を与えてくれた。藤多柚衣の協力に感謝しなければならない。彼女とであれば、次の1stステージも戦える。私の夢のためにも、負けるわけにはいかない。
私の夢はアイドルプロデューサーだ。
アイドル時代に叶えられなかったものも、プロデューサーとしてなら実現できる。
この思いは変わらない。変えられてたまるものか。
問題は、その夢をあの国語教師にどうやって認めさせるかだ。
「失礼します」
職員室に入ると、コーヒーの匂いが鼻を満たした。葛城の机を見るとそこには誰もいない。
「あの、葛城先生は――」
職員室全体を見渡しながら聞くと、音楽の京終先生が職員室の奥の方を指さしていた。その先を目線で追うと、葛城が奥の応接スペースで「榛原、こっちだ」と、手を上げていた。
葛城とローテーブルを挟んで向き合う形で座る。
私は、進路希望調査書を取り出そうと、カバンを開く。
「あの、榛原……?」
すると、私がまだカバンの中に目を向けているというのに、葛城から声をかけてきた。
「はい、なんでしょう? 調査書はちゃんと持ってきましたよ」
私はカバンの中に視線を落としたまま、素っ気なく言う。
「うん、ありがとう。でも、そうじゃなくて。その調査書、出すのはもう少しあとでも良いよ」
意外な返答に、私は思わず顔を上げた。
葛城は続ける。
「その代わり、今の榛原が絶対に悔いのない進路を書いてほしいっていうか……今、榛原が思ってる進路が何かは俺には分からないけど、榛原はそこに進むべきなんじゃないかな。した後悔よりは、しなかった後悔の方が根深く残るし……」
「後悔したら意味ないですよ」
私はそう言って肩をすくめる。世の中、結果だ。後悔なんてしないに越したことはない。
しかし、葛城はかぶりを振る。
「そんなことない。した後悔は、自分で納得が出来ると思うんだ。決めたのは自分だから、俺や、他の誰のせいにもできない」
「それ、ただ先生が無責任なだけじゃないですか?」
私はそれでも冷ややかな目で葛城を見る。少し、意地の悪い事も言った。
動揺するかと、様子をうかがってみた。しかし、葛城は動揺するどころか、笑って首肯する。
「うん、そうかもしれない。でも、俺は君なら自分の道を進めると信じている。それは本心だよ」
私は素直に驚いた。
まず、葛城がこんなにも生徒と話すこと自体が珍しかった。そして何より、彼が私の夢を肯定的に思っていることは驚きとともに、とても嬉しかった。
どちらかと言えば嫌いだった人間から、急にそんなことを言われると、私も次の言葉に困ってしまう。結局、言葉は見つからず、手にしていた調査書を葛城に突きつける。
「あ、いや、もう少し考えてきてくれても」
無言で差し出された調査書に、葛城は困った顔であわあわと手を動かす。
葛城はそう言うが、もう十分考えた。絶対に悔いはない。
「大丈夫です。もう考えても変わりません」
私はそう言って笑い、調査書を葛城に手渡した。
調査書にある三つの空欄。その一番上にだけ、文字が書き込まれている。
【アイドルプロデューサー】
それは、始まったばかりの私の夢。その夢を、私は葛城に預けた。
第1章、これにて完結です! ですが物語はまだ続きます。
省吾は普通の国語教師に戻れるのか? 瑞希の夢の行方は?
第2章を楽しみにしていただけると嬉しいです。




