022-すどーP/わたしらしさ
すどーP
Vポンテ広場で藤多柚衣に別れを告げた次の日、彼女から連絡がきた。「答えが出た」と。
私はそれを待っていたはずなのに、正直なところ不安は拭えなかった。
今日も、広報活動や動画の素材集めは継続していた。こちらの準備は出来ている。それだけに、肝心の藤多柚衣がまた昨日と同じだったら、という嫌な想像が膨らんだ。
残された時間はもうない。これが、私にとっても彼女にとっても、最後のチャンスだろう。
私は藤多柚衣のプライベートエリアに招かれた。そこは、楽屋のような内装で、インテリアの所々にアホ毛の装飾がされ、こだわりが感じ取られる。
大きな姿見もあるし、ここでも十分に練習ができそうだ。まぁそれも、彼女次第だが。
「お待たせしました」
彼女は笑って私を出迎えてくれた。もう少し、思いつめた顔でもしているかと思っていた私は、少し拍子抜けしてしまう。
「ふん、案外余裕そうじゃないか」
「す、すいません。だけど、そうでもないんです。もう、本当は色々すごく不安で。でも、こんな時こそ笑わなきゃいけないって思うんです」
藤多柚衣は照れくさそうに笑う。彼女の姿に変わった様子はない。当然だ。バーチャルアバターなのだから。
だが言葉を交わせば、なぜか以前とは何かが違っているような気がする。
「お前らしくて良いんじゃないか?」
自然と、その言葉が私の口から出ていた。
それを聞いた藤多柚衣は、初め驚いたような顔をしたが、すぐに優しい笑顔をうかべる。
「はい、私もそう思います」
ここまでのやりとりで、私の中の不安はいくらか晴れ、淡い期待は確信へと変わりつつある。後は、それを確かにする言葉を彼女に口にしてもらうだけだ。
私は藤多柚衣の目をまっすぐ見つめた。すると、藤多柚衣もまっすぐに見つめ返してくれる。
私は問う。
「藤多柚衣、お前は何のためにVRoadway優勝を目指す?」
私が言い終わると、藤多柚衣は胸に両手を添え、誰かを愛おしむようにそっと目を閉じる。
「私の笑顔で、みんなを笑顔にするためです」
落ち着いた声、それでいて力強い。きっと、声に信念がこめられているのだろう。彼女の夢を叶えてやりたい、その夢を一緒に追いたいと思わされる。
これがそう、アイドルの力だ。
私は熱くこみあげてくる感情を押しとどめ、現実に向き合う。
「ふん、いい答えだ。時間がない、早速動画の準備に取り掛かるぞ!」
「はい!」
それから、私たちは撮影に取り掛かった。時間がないという心配はあったが、藤多柚衣が動き、喋り、笑うだけで、華があった。
勿論、私も演技指導は逐一したし、構成も彼女の良さが映えるよう、笑うことが多くなるようにもした。しかし、それらを抜きにしても、やはり彼女自身の魅力は以前とは比べ物にならなかった。
「シェアスマー!」
動画はその言葉で締められた。今聞くと、その造語にも違った響きがある。言わば、「シェアスマ」は彼女の目標そのものだ。彼女の自己紹介動画において、こんなにもぴったりな言葉は他にないだろう。
良い物が撮れたのだから、プロデューサーである私は、これを最高のコンテンツへと昇華させなければならない。動画の編集、自己紹介動画の広報活動のために、私はそれからの時間を昼夜問わず藤多柚衣に費やした。
「でき、た……」
完成した動画には、現役アイドル時代に学んだことも、当時より存分に活かされている。今、私がプロデューサーとして出来ること全てを注ぎきった。
予選終了まで残り一週間。あとは、それが世間に受け入れられるかどうかだ。こればかりはどんなに自信があろうとなかろうと、残酷に数字として結果が出る。
そんな私の心配をよそに、投稿した藤多柚衣の自己紹介動画は、瞬く間に再生数を伸ばし、ファン登録者数を獲得していった。SNSが発達した今、良い物はすぐに広まる。宣伝の効果も相まって、その恩恵を短時間で得られたらしい。
着々と1000人へ近づいていくファン登録者数に、私は興奮でなかなか眠れない日々を送った。
そしてついにやってきた予選終了当日の夜、藤多柚衣からメッセージが来た。要件も何もなく「今から、ラウンジで会えますか?」と、だけ書かれていた。
予選終了まで、残り時間はもう1時間ほどだ。現在のファン登録者数は、目標の1000人まであと10人程度というところだった。この調子であれば、すぐに1000人到達はできるだろう。
だが、問題は時間だ。あと1日早く動画の投稿が出来ていれば、特に問題もなく予選突破ができたと思う。しかし、このファン登録者数の伸びだと、予選終了に間に合うかどうかは、ちょうどギリギリなラインだ。
私はすぐに予選突破見守りラウンジへと向かった。
「お疲れ様です! すいません、急に呼び出してしまって」
私がラウンジに入ると、いつものステージ衣装に身を包んだ藤多柚衣がすぐにやってきた。
「いや、丁度良かった。本選に向けた敵情視察もしたかったからな」
ニヤリと笑って、私は虚勢を張って見せる。藤多柚衣が予選突破した場合、ステージでのアピールタイムもある。ここで、彼女を不安にさせる訳にはいかない。
「もう本選に進んだ気でいるんですか?」
藤多柚衣は呆れたような声を出す。
「当然だ。そういうお前こそ、ステージに呼ばれたときのセリフ、忘れてないだろうな?」
「ふふーん。ちゃーんと、覚えてますよ!」
両手を腰に当て、ふんすと鼻息を鳴らす藤多柚衣。これが空元気じゃなかったら大したものだが、私自身もそれをやったから分かる。彼女もまた、なんとか不安を表に出さないよう、努めているらしかった。
「だといいんだが。それはそうと、さすがに大盛況だな」
私はラウンジを見渡し、思わず呟く。
以前、藤多柚衣と出会ったときとは、ラウンジに入っている人の数が桁違いだった。エリア内にはアバターがあふれ返り、端の方まで埋め尽くされていた。
ステージには毎度おなじみの金色スーツのMCと、予選突破を決めたらしいバーチャルアバターが立っていた。
少し離れた所には、ミライヤミをはじめとした、トップの人気を誇る出場者もゲストとして集まっているようだ。なるほど、それでこれだけの観客が集まったのか。
熱気が前とは明らかに違う。予選最終日ともなれば、注目度も一気に上がる。あまりのアクセス数に、UNIVRSの処理が遅くなっているような気さえするほどだ。
「お前らぁ、もう時間はないZE! 推しがいるなら、隣の奴に推しちゃえYO!」
司会の男が会場に向けて、ファン登録のラストスパートを煽る。
「さぁ、ここでまた予選突破者が出たみたいだZE! ついにあの男が予選突破だYO!」
会場の盛り上がりが増していくにつれ、予選終了の時も近づいているということだ。焦りが募る。
そのせいか、予選突破を目前に呼ばれないのでは? なんて、柄にもなく弱気になってしまう。現実に、あともう少しで、というところでオーディションやコンテストに落ちたアイドルを何人も見てきた。彼女たちは、選ばれる実力こそ持っていたと思う。
しかし、それは他の誰も同じことだ。その中で選ばれるには、実力とはまた違う、スター性とでもいうべき、運命を引き寄せる力が必要だ。私には多分、それがなかった。
そして、私は藤多柚衣にそれを感じた。しかし、今の藤多柚衣のスター性が、この状況を打破するのに十分かどうかは、私もまだ見定め切れていない。今はただ、私たちの幸運を祈るばかりだ。
「あと何人だ?」
緊張を紛らわせるため、私は藤多柚衣に今の状況を確認する。何か喋っていないと、どうにかなりそうだ。
「7人です」
「残り時間は?」
「30分、くらいですね」
本当にギリギリだ。楽観的に考えれば、無理な数字じゃない。ただ、運がなければ間に合わない可能性もまだある。
最後にここで何か手を打つべきかと、私は眉間に手を当てる。
このタイミングで宣伝をすることに意味はあるのか。近場のアバターに声をかけて、直接営業をしてみるか。時間は少ない。私はどうすれば――
「きっと大丈夫ですよ。信じましょう」
その時、耳元で声が掛けられた。
ハッとして、声の方を見ると、藤多柚衣が優しく笑っていた。きっと彼女だって不安があるだろう。だというのに、こうして私を励ましてくれている。
前まで「予選突破出来るんでしょうか?」なんて言っていた人間の言葉とは思えない。でも、そんな彼女の言葉だからこそ、私は勇気づけられた。
プロデューサーである私が、担当するアイドルを、私自身の実力を、信じられなくてどうする。あとは、その時を待つだけだ。
「そうだな、信じよう」
そう答えて、私がステージに目を向けた瞬間、世界が急に停止する。
比喩ではなく、それは実際に視界が固まっているようだった。音声の方も、全く何も聞こえなくなってしまった。
「おいおい、これってまさか――」
何か嫌な予感がする。VRoadwayの予選最終日、アクセス集中、感じていた処理の遅さ、そしてこの現象、おそらくこれは――
私の予感は当たり、それはメッセージウインドウとして示された。
【アクセス集中によりVRoadwayのシステムがダウン致しました。お客様にはご不便をおかけしますが、復旧までしばらくお待ちください】
「やはり、サーバーが落ちたか」
メインメニューからラウンジへ再入室しようとしてみるも、【特設エリアVRoadwayラウンジにアクセスできません】のウィンドウが生成されるだけで、何の情報も得られない。
「くそ、予選は一体……」
そして、予選突破の行方も分からないまま、第2回VRoadwayの予選は終了した。
修羅場があって落としかけました。