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VRoadway!!  作者: 藤川ジョン
第一章
21/26

021-葛城省吾/時の止まった部屋

葛城(かつらぎ)省吾(しょうご)


 UNIVRS(ユニバース)からログアウトして、俺はすぐ行動にでた。

 あの部屋へと向かう。もう一か月ほど足が遠退いていただろうか。リビングを出てすぐ右手の一室。扉には、プレートが1枚掛けられていた。【ユイのへや!】と、カラフルに彩色された木製の文字ピースが並んでいる。


 ここで、藤多(ふじた)柚衣(ゆい)は生まれた。きっと、この中でなら藤多柚衣に込められた想いが、夢が見つかるはずだ。


 本音を言えば、この扉を開けるのは気が引ける。だが、これもユイのためだ。


 俺は意を決し、ドアノブに手を掛けた。

 扉が開くと、洗剤のいい香りが鼻に入ってきた。壁のスイッチを手探りで見つけ出し、点灯させる。


 ここだけ時間が止まっているのかと思われるくらい、彼女の部屋は一か月前と何も変わっていなかった。ベッドの上には、うちの高校の制服が乱雑に放られていた。


 左手にある学習机を確認して、俺は慎重に近づく。

 部屋へ勝手に入った罪悪感からか、秘密を探る事への高揚感からか、俺の鼓動は早くなっていった。

 

 ユイの机の上にはいくつかのフォトスタンドが並び、その周囲を乱雑に置かれた雑誌が囲んでいる。フォトスタンドには、友人だけではなく、俺や両親の写真もあった。


「ごめんな、ユイ。今度謝るよ」


 机に手を合わせてそう言うと、俺は机の引き出しに手を伸ばす。

 鍵などはかかってなかったようで、引き出しはすぅーと開いた。まず目に入ったのは、何枚も重ねられた学校の課題と思しきプリント。


「おいおい、あいつは大丈夫なのか」


 謝罪と合わせて、教師としての小言も聞かせてやらなければならないようだ。

 プリントの山を掘り返していると、古びた一冊のノートが出てきた。

 表紙には、【極秘事項!】とかわいらしい丸文字で書かれている。


「確かこれだ」


 このノートの存在は知っていた。いつか、俺がユイの部屋に入った時、慌てて彼女が隠したのは、こんなノートだったはずだ。

 勿論、努めて人の秘密を覗くような趣味もないので、このノートを開くのは初めてである。


 ノートを手に取り、数ページ送ってみる。


【苗字はふじた? 由来はナイショ!】


 見ると、聞き馴染みのある苗字について、メモが書かれていた。色とりどりのボールペンが使われていて、俺からするとナンセンスだなあと感じるが、楽しんで書かれた事は想像に難くない。


【名前はゆいでいいかなぁ、漢字は変えたいよね】


 自分と同じ名前を付けてしまう辺り、若干のイタさはあるけれど、一方で彼女らしい。きっと、俺がツッコミをいれても、「私がやるんだから、名前はユイに決まってるじゃん!」なんて言い切ってしまう事だろう。


【藤多柚衣! 姓名診断もばっちり!】


 俺なら、きっと占いなんて気にも留めないだろう。だが、ユイなら気にする。毎朝、聞いてもないのに、俺の運勢を教えてくれたほどだ。


【藤多柚衣は、みんなを笑顔にするアイドル。一人じゃ駄目なの。みんななの。バーチャル世界なら、きっとみんなに届けられるの。だから――】


 そこで、その文章はページの端を迎えていた。


 顔が熱くなる。


 なぜこれまで気づかなかったのか、けれども今ならユイの願いがわかる。

 

 そうか、だからあの言葉だったのだ。まだ俺には想像もできないし、為しえないことかもしれない。でもきっと、現実世界では出来ないことが、バーチャル世界でなら可能になる。簡単な事だった。答えはそぐそこにあった。


 俺は、ページを(めく)る。



【シェアスマ】



 その文字はノートの真ん中に、やさしい文字で書かれていた。


 俺はふと、昔の事を思い出す。ユイはよく「みんなに笑顔を分けたげるの!」と、笑いながら自分のほっぺをつねっては、誰彼構わず笑顔を振りまいていた。

 好きだった幼児向けアニメの真似だったのだろうが、今思うと微笑ましい。


 俺は確かめるように、その言葉を声に出す。


「みんなを笑顔にする。それがシェアスマ」

 それこそが、藤多柚衣に込められた想い。彼女がVRoadway(ブロードウェイ)に参加する理由。

 ここまで知ってしまったのなら、ユイが藤多柚衣に込めた夢を、俺が引き継がなければならないだろう。


「お前の願い、俺が絶対に叶えてやるからな」


 俺は、写真の一枚の中で笑う、彼女に誓った。


 お前の笑顔で、俺はみんなを笑顔にすると。

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