020-葛城省吾/決意の夜に
葛城省吾
藤多柚衣は元々、妹のバーチャルアバターだった。だから、俺に藤多柚衣の自分らしさなんて、分かるはずもない。
それでも、俺は藤多柚衣にVRoadwayの予選を突破させてやりたい。その思いだけは、あの日から変わらない。
妹の唯は、生まれつき体が弱く、中学に入るまでは病院での生活を強いられるくらいだった。それでも性格は明るく、同じように入院している子供たちをよく笑わせていた。
思えば、昔から人を楽しませることは好きだったのかもしれない。
中学生になる頃には、体の調子も幾分かましになって、自宅で過ごせるようになった。それに、学校にも行けるようになった。
おそらく唯は、これからはみんなと同じよう元気に活動できると思っていたはずだ。しかし、実際は制限が多かったのだと思う。中学時代の唯は、それまでよりも暗くなっていってしまった。
その頃、俺も大学が忙しい頃だったから、あまり唯に構ってやれなかった。それが、今でも心残りだったりする。
そんな時、第1回VRoadwayが開催されたのだ。
唯はVRoadwayで繰り広げられるエンターテインメントの世界に没頭した。それまでよりも、笑顔でいることが多くなった。
優勝記念ライブには、どうしても生で見たいという唯たっての願いもあり、直接ライブ会場へ見に行った。体の弱い唯を一人で行かせる訳にもいかないので、あの場には俺も付き添った。
しかし、高い倍率のため、チケットを取るのが大変で、抽選は漏れてしまった。唯がすごく落ち込んでいたのをよく覚えている。
ではどうやってライブに行ったのかというと、たまたま舞がどうしても行けなくなったからと、チケットを二枚譲ってくれたのである。舞には感謝してもしきれない。
そして、目の前で見たそのライブは、エンターテインメントの最高峰の名にふさわしい最高のステージだった。唯にとって、あのライブが転機だったのだと思う。
唯は、憑りつかれたように、VRoadway優勝記念ライブの動画を繰り返し見ていた。「お兄ちゃん、すっごい素敵だよね! ほら、見て見て!」なんて興奮して、俺に動画を何度も見せてきた。
すっかり元気を取り戻した唯の姿に、俺や両親は安堵したのを覚えている。この頃から唯は、バーチャルアバターで何かをしたいと思っていたのだろう。
2年前、俺の就職が決まり、引っ越すという話が出ると、唯も俺の勤務先近くの高校を受けると言い出した。多分、唯は、心配性な両親から離れたかったんじゃないかと思う。当然、両親は反対したが、俺と一緒に暮らすという条件で、なんとか許可が下りた。
そして、唯はバーチャルアバターでエンターテイナーになるべく準備を始めた。はじめは気付かなかったが、一緒に暮らしていれば、その内だんだんと分かってくるものだ。
きっと、第2回VRoadwayの告知が、既に出ていたのだろう。それまでとは明らかに違う熱量で、唯は準備を進めているようだった。
そうして、出来上がったのが藤多柚衣なのだ。既に、自己紹介動画のための構成を考えたり、素材を集めたりもしていたらしい。
しかし、運命は唯の頑張りを許さなかった。
唯はあの日を迎える。
俺が仕事から帰ると、唯がリビングで倒れていた。藤多柚衣としての練習をしていたらしく、動画の流れなどが書いた紙が側に落ちていた。
俺は頭が真っ白になった。
すぐに救急車を呼び、唯は近くの病院に搬送された。一命は取り留めたが、あともう少し遅れていれば、命の危険もあったという。
しかし、それから唯は長い眠りにつく。
医者の話では、手術をしなければ、回復は難しいとの事だった。
手術は奇しくも、VRoadway予選終了の次の日だった。当然、藤多柚衣は参加すら出来ずに、VRoadway優勝の夢が絶たれる事になる。
唯がVRoadwayに挑戦しようとしていたことは、俺しか知らない。つまり、藤多柚衣がこのままなかったことにされるか、予選を通過し、先の本線に進めるかは、俺の手に委ねられた訳だ。
幸い、藤多柚衣というアカウントについて、撮るべき動画については、落ちていたメモにある程度書かれていた。既に俺が取れる選択肢は限られていた。
これまで頑張ってきた唯の気持ちを俺は知っている。手術が成功して、目を覚ましたときに「予選落ちです」では、あまりにもやり切れないだろう。
だから俺は、唯が回復して戻るまで、藤多柚衣として活動する事を決めたのだ。
しかし、目の前の予選を突破することで頭がいっぱいだった。藤多柚衣が何故VRoadwayを目指すのか? 彼女の自分らしさとは何か? という事はおざなりになっていたのだ。
唯は、藤多柚衣にどんな願いを託したのだろう。