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VRoadway!!  作者: 藤川ジョン
プロローグ
2/26

002-葛城省吾/目覚めた夜に

葛城(かつらぎ)省吾(しょうご)


「うわあああああ! 落ちるううう!」


 情けない声が響くと、俺の顔面が床に叩きつけられた。くそ痛い。

 最悪の目覚めだ。どうやら、うたた寝をしてしまったらしい。その途中で、椅子のキャスターが転がり、椅子から落ちた俺は、床におはようのキスをしてしまったようだ。頭をなんとか持ち上げ振り返ると、椅子が部屋の端まで移動していた。


 既に時刻は、午前1時を少し過ぎていた。

 学校から家に帰ってきたのが午後8時頃。スーツのまま、随分寝てしまった。


 泣く泣く、椅子を引きずってデスク前に戻す。自然と、デスク上のノートPCに目が行く。


「あぁ。だから、あんな夢を見たのか」


 他に誰もいない部屋で俺は呟く。

 ディスプレイでは、同じ動画がリピート再生されていた。


「はい、という事で自己紹介を――」


 それは、少女が自己紹介をしている動画だった。ただ、彼女は生身の人間ではない。バーチャル世界の存在である。ただの動画に過ぎないと分かっていても、いざ彼女を――藤多(ふじた)柚衣(ゆい)を目の前にすると、俺の鼻息は荒くなり、耳たぶが熱くなる。


 待て待て、これはあくまで仮想現実。現実じゃない。気を乱す必要なんてない。


「一旦、風呂入るか……」


 一度PCをスリープさせ、俺はリビングを出て、シャワーを浴びに向かう。汗を流し、寝間着に身を包む。濡れた髪をタオルで拭きながら、リビング併設のキッチンへ入った。カップラーメンしか入っていない棚から、適当なものを選び、電気ポットの湯をカップラーメンにそそぐ。


「3分間待ってやる」


 なんて冗談をかましながら、PC前へカップラーメンを持っていく。真っ暗なディスプレイには、眼鏡をかけた男。髪もしばらく切っていないし、目に覇気もない。我ながら冴えない見た目だ。加えて、唇の端も間抜けに切れている。今年で24歳になるというのに、貫禄という物が一切ない。その顔をかき消すように、PCの電源を入れた。すぐに、俺の疲弊した顔は、少女の笑顔に切り替わった。


「み、皆ぁーシェアスマ―……?」


 良い。やはり彼女は、人を惹きつける素質を十分に持っている。

 一つに、見た目の良さだ。スタイルは勿論の事、愛くるしい顔は老若男女、誰からも好まれるだろうし、トレードマークの金髪アホ毛は彼女の元気を体現している。更に言えば、泣きぼくろや肩出しルックは、少し大人な魅力も内包しているのだ。


 人気が、出ないはずがない。


 ポテンシャルはある。これは、絶対的な確信だ。

 俺は動画の再生回数に目をやる。


 87回。


 お世辞にも、人気があるとは言いにくい。しかもその内、40回近くは俺が稼いだ。投稿から2日でこれは、正直かなり寂しい。


 俺に再生数を稼ぐ以外、何が出来るだろう?


 おそらく今の彼女には、見た目以外の魅力が必要なのだろう。魅力的な見てくれなんて、最早この時代においては当たり前のステータスである。

 その中でアホ毛1つ分でも抜きん出るには、彼女の持つ魅力をもっと引き出す必要がある。


 この動画にも、彼女なりに足掻いた形跡はある。例えば大喜利をしてみたり、オリジナル挨拶「シェアスマ」から自己紹介を始めてみたりといった具合だ。ただ、何かコレジャナイ感が漂う。取ってつけたような、チグハグな印象を受けるのだ。少ない再生回数と、コメントもいいねも付いていない事実が、更にそれを物語っていた。


「な、なので! 皆さんも私のファンに、なってくれると嬉しいです……」


 動画もエンディングに差し掛かり、別れの挨拶に入る。

 (むな)しい。これでは、せっかくの笑顔も届くべき人に届かない。

 届いたとしても、今の君のその姿は、一人の疲れた大人を笑顔にするどころか、途方に暮れさせるばかりだ。


「ま、またのご視聴、よろしくお願いします!」


 彼女は言う。だから、俺はまた動画をリピートする。

 手元のメモ帳に、改善点などを書き溜めてみたものの、俺はこれをどうしようと言うのだろう。別に、やらなくてもいい。出来るかどうかも分からない。


「藤多柚衣です!」


 彼女は飽きることなく、(つたな)い自己紹介を繰り返す。


 でも、彼女、藤多柚衣を俺は――

 決心した俺は、マウスを操作し、素早くキーボードを叩く。


 しかしその時、俺は衝撃の事実に気付いてしまう。


「しまっ……」



 マウス横のラーメンは、もうすっかり伸びきっていた。

省吾は高校の教師です。

藤多柚衣の動画の先に彼が何を見ているのか、続きにご期待ください。

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