018-すどーP/あなたらしさ
すどーP
「私のコンセプト、ですか?」
要領を得ない様子で、藤多柚衣は首を傾けた。
「おいおい、前の課題忘れてないだろうな? ここにはお前の自分らしさが入るんだぞ」
「自分、らしさ……あぁ、この前の! 一応ですが、ユイなりに考えてきました」
藤多柚衣は脇を締め、胸の前で両拳をぎゅっと握る。その拳を見つめる彼女の目も力強い。どうやら、少しは自信があるらしい。
藤多柚衣の自分らしさ、それが予選突破に必要な最後のピースだ。私が彼女に感じた可能性、それが何かは私にも分からない。でもきっと、彼女の自分らしさこそが、それに当たるのだろう。
この一週間、彼女がきちんと自分に向き合えたか、それが今試される。
「ありがとう。では、改めて問わせてもらおう。藤多柚衣、お前の自分らしさは何だ?」
私が問うと、藤多柚衣は私を見上げるようにして、目線を合わせる。
「ユイの自分らしさは、ラーメンが好きな事です」
「ラーメンが好き、と。なるほど」
それは、彼女ならこれで来るだろうな、と私が思っていた内の一つだった。twitwiやラーメン博物館などでも、彼女のラーメン好きについては、私も重々承知だ。それはそれで良いだろう。
極論、自分らしさが何かはどうでもいい。その何かに、藤多柚衣がどれだけ向き合い、深められたかが重要なのである。
「ダメ、でしょうか?」
上目遣いで、藤多柚衣は不安そうな声を出して問う。
「ダメじゃない、私だってラーメンは好きだ。良いと思うぞ」
「よ、よかったー」
藤多柚衣は私の返事に安心したようだった。私としては、まだ気が抜けない場面なのだが、それも仕方ないだろう。リラックスしてもらった方が彼女の本音が聞きだしやすいし、むしろ好都合かもしれない。
「それはこっちのセリフだよ、藤多柚衣。私もラーメン好きを推していこうと思っていたんだ。良いよな、ラーメン!」
「はい、最強の食べ物だと思います!」
「ラーメンは多くの人に愛される食べ物だし、アイドルとの親和性は高いだろう。私は、この路線で戦えると思う。ちなみに、お前自身としては、なぜVRoadway優勝を目指すんだ?」
そこで私は、藤多柚衣の本質を探りに行く。
プロデューサーとして私が藤多柚衣に出来ることは少ない。彼女の魅力を見出し、それをどんな形で表現すれば、多くの人々に伝えることが出来るのか、それを考える事くらいしかできないのだ。ここだけは、徹底したい。
「VRoadway優勝を目指す理由、ですか……」
藤多柚衣はそこで考え込む。
彼女はやはり、ここですぐに答えを出せない。
「前回はVRoadwayを、『巨大な敵』と言っていたな」
返事を悩む藤多柚衣に、私は答えを促すため声をかける。
「お前は、VRoadwayを倒すために、その舞台を目指すのか?」
「多分、違うとます」
藤多柚衣は、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
私は首を傾げる。「多分」、この言葉への違和感は何だろう。
どうにも、彼女は自分の事を第三者のように見ている節がある。バーチャルアバターだからか? そこに自分の意思はなくて、どこか他人事のように藤多柚衣のことを語る。
まるで、何か別の目的の為に、仕方なく藤多柚衣を演じているようにさえ感じられた。
私はさらに、藤多柚衣から答えを引き出そうと試みる。
「なら、理由はなんだ? 優勝出来ればそれで良いのか?」
「分からない、です。ユイには分からない」
しかし、彼女がやっと絞り出した返事はそれだった。
取ってつけたような答えではなかったが、これではどうしようもない。私の勘は、外れてしまったのだろうか。
プロデューサーは魅力を見つけ出すのが仕事だ。だがそもそも、藤多柚衣に魅力は――
「ない、訳じゃないんだな?」
私は落ち込みかけた心をもう一度立て直し、藤多柚衣に問いかける。
「はい、おそらく……」
「おそらく、か」
どうして他でもない自分が挑戦しようというのに、その動機がここまで曖昧なのだろう。
最初の自己紹介動画を投稿するのだって、相応の準備と覚悟が必要だったはずだ。なのに、目の前の藤多柚衣には、それらがまるで感じられない。
自分らしさが答えられて、なぜVRoadwayへの挑戦理由が出てこない? それは、藤多柚衣の原点であるはずなのに。
となれば、真っ先に考えられる理由は1つ、ただなんとなく出場したという事。だが、彼女の受け答えからして、そういう訳でもないらしい。
「悪いが、お前に分からないなら、私にも分からない。こればかりは、お前自身で答えを見つける必要があるだろう。それまで、私はお前のプロデュースが出来ない」
「え、そんな、もう時間が――」
「だからこそだ。VRoadwayに懸ける思いもあやふやなまま、撮れる動画はない。当然、予選突破も無理だろう。1000人のファン獲得はそう甘くない。あきらめろ」
そう言い放ったあと、私は藤多柚衣に背を向け、メニュー画面を表示させる。横目で鏡を見る。そこには、どこか悲しそうな顔のすどーPがいた。全く情けない。その後ろで、藤多柚衣も思いつめたように下を向いていた。
私は、ログアウトのアイコンの上に指を置いたまま、藤多柚衣に最後の質問をした。
「お前はVRoadwayに何を懸ける? もし、その答えが見つけられたら連絡してこい。それが出来ないなら、お前に予選を突破することはできないだろう」
「ま、待ってください!」
鏡に映る藤多柚衣が私に向かってくる。引き留めようと、私の腕を掴もうとするが、この世界では、その行為に何の意味もない。
「悪いが私は厳しい。今のお前はきっと、それについてこられない。じゃあな」
その言葉を最後に、私はUNIVRSからログアウトした。