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VRoadway!!  作者: 藤川ジョン
第一章
18/26

018-すどーP/あなたらしさ

すどーP


「私のコンセプト、ですか?」


 要領を得ない様子で、藤多(ふじた)柚衣(ゆい)は首を傾けた。


「おいおい、前の課題忘れてないだろうな? ここにはお前の自分らしさが入るんだぞ」


「自分、らしさ……あぁ、この前の! 一応ですが、ユイなりに考えてきました」


 藤多柚衣は脇を締め、胸の前で両拳をぎゅっと握る。その拳を見つめる彼女の目も力強い。どうやら、少しは自信があるらしい。


 藤多柚衣の自分らしさ、それが予選突破に必要な最後のピースだ。私が彼女に感じた可能性、それが何かは私にも分からない。でもきっと、彼女の自分らしさこそが、それに当たるのだろう。


 この一週間、彼女がきちんと自分に向き合えたか、それが今試される。


「ありがとう。では、改めて問わせてもらおう。藤多柚衣、お前の自分らしさは何だ?」


 私が問うと、藤多柚衣は私を見上げるようにして、目線を合わせる。


「ユイの自分らしさは、ラーメンが好きな事です」


「ラーメンが好き、と。なるほど」


 それは、彼女ならこれで来るだろうな、と私が思っていた内の一つだった。twitwi(ツイツイ)やラーメン博物館などでも、彼女のラーメン好きについては、私も重々承知だ。それはそれで良いだろう。

 極論、自分らしさが何かはどうでもいい。その何かに、藤多柚衣がどれだけ向き合い、深められたかが重要なのである。


「ダメ、でしょうか?」


 上目遣いで、藤多柚衣は不安そうな声を出して問う。


「ダメじゃない、私だってラーメンは好きだ。良いと思うぞ」


「よ、よかったー」


 藤多柚衣は私の返事に安心したようだった。私としては、まだ気が抜けない場面なのだが、それも仕方ないだろう。リラックスしてもらった方が彼女の本音が聞きだしやすいし、むしろ好都合かもしれない。


「それはこっちのセリフだよ、藤多柚衣。私もラーメン好きを推していこうと思っていたんだ。良いよな、ラーメン!」


「はい、最強の食べ物だと思います!」


「ラーメンは多くの人に愛される食べ物だし、アイドルとの親和性は高いだろう。私は、この路線で戦えると思う。ちなみに、お前自身としては、なぜVRoadway(ブロードウェイ)優勝を目指すんだ?」


 そこで私は、藤多柚衣の本質を探りに行く。


 プロデューサーとして私が藤多柚衣に出来ることは少ない。彼女の魅力を見出し、それをどんな形で表現すれば、多くの人々に伝えることが出来るのか、それを考える事くらいしかできないのだ。ここだけは、徹底したい。


「VRoadway優勝を目指す理由、ですか……」


 藤多柚衣はそこで考え込む。

 彼女はやはり、ここですぐに答えを出せない。


「前回はVRoadwayを、『巨大な敵』と言っていたな」


 返事を悩む藤多柚衣に、私は答えを促すため声をかける。


「お前は、VRoadwayを倒すために、その舞台を目指すのか?」


「多分、違うとます」


 藤多柚衣は、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。


 私は首を傾げる。「多分」、この言葉への違和感は何だろう。

 どうにも、彼女は自分の事を第三者のように見ている節がある。バーチャルアバターだからか? そこに自分の意思はなくて、どこか他人事のように藤多柚衣のことを語る。


 まるで、何か別の目的の為に、仕方なく藤多柚衣を演じているようにさえ感じられた。


 私はさらに、藤多柚衣から答えを引き出そうと試みる。


「なら、理由はなんだ? 優勝出来ればそれで良いのか?」


「分からない、です。ユイには分からない」


 しかし、彼女がやっと絞り出した返事はそれだった。

 取ってつけたような答えではなかったが、これではどうしようもない。私の勘は、外れてしまったのだろうか。

 プロデューサーは魅力を見つけ出すのが仕事だ。だがそもそも、藤多柚衣に魅力は――


「ない、訳じゃないんだな?」


 私は落ち込みかけた心をもう一度立て直し、藤多柚衣に問いかける。


「はい、おそらく……」


「おそらく、か」


 どうして他でもない自分が挑戦しようというのに、その動機がここまで曖昧なのだろう。

 最初の自己紹介動画を投稿するのだって、相応の準備と覚悟が必要だったはずだ。なのに、目の前の藤多柚衣には、それらがまるで感じられない。


 自分らしさが答えられて、なぜVRoadwayへの挑戦理由が出てこない? それは、藤多柚衣の原点であるはずなのに。

 

 となれば、真っ先に考えられる理由は1つ、ただなんとなく出場したという事。だが、彼女の受け答えからして、そういう訳でもないらしい。


「悪いが、お前に分からないなら、私にも分からない。こればかりは、お前自身で答えを見つける必要があるだろう。それまで、私はお前のプロデュースが出来ない」


「え、そんな、もう時間が――」


「だからこそだ。VRoadwayに懸ける思いもあやふやなまま、撮れる動画はない。当然、予選突破も無理だろう。1000人のファン獲得はそう甘くない。あきらめろ」


 そう言い放ったあと、私は藤多柚衣に背を向け、メニュー画面を表示させる。横目で鏡を見る。そこには、どこか悲しそうな顔のすどーPがいた。全く情けない。その後ろで、藤多柚衣も思いつめたように下を向いていた。


私は、ログアウトのアイコンの上に指を置いたまま、藤多柚衣に最後の質問をした。


「お前はVRoadwayに何を懸ける? もし、その答えが見つけられたら連絡してこい。それが出来ないなら、お前に予選を突破することはできないだろう」


「ま、待ってください!」

 鏡に映る藤多柚衣が私に向かってくる。引き留めようと、私の腕を掴もうとするが、この世界では、その行為に何の意味もない。


「悪いが私は厳しい。今のお前はきっと、それについてこられない。じゃあな」


 その言葉を最後に、私はUNIVRS(ユニバース)からログアウトした。

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