017-すどーP/共同戦線
すどーP
藤多柚衣との邂逅から1週間が過ぎた。既に予選終了まで2週間しかない。なのに、未だ私のやることは山積みだ。
まず、あの自己紹介動画は撮り直しだ。藤多柚衣、唯一無二のコンテンツがあれでは、寄り付くファンも寄りつかない。これが最優先事項だ。
その為に、動画の構成見直し、セリフと演出の指導、撮影、編集、動画アップの工程を経ねばならない。
動画アップ後から、反響があるまでのタイムラグも考え、動画アップは今から遅くとも1週間後。それまでにあの素人を、第一線で戦えるアイドルにまで仕上げられるだろうか。
迷いはあったが、迷っていられる時間はもう私に残されていなかった。
この1週間は毎晩ラーメンでエンジンを掛け、ほとんど徹夜で動画の構成見直しに勤しんだ。しかし、結局終わらず、学校にいる間もあれこれ考えることになった。そうして、なんとか今日の放課後に完成した。これで一応、動画を撮り始める事は出来る。
とはいえ、この準備も、藤多柚衣が私の誘いに乗らなかった時点で、水の泡となる。約束したのは、今夜22時にVポンテ広場、彼女は来てくれるだろうか。
無我夢中で準備を進めてきたが、肝心なところで不安になってしまう。
そして、現在。私は不安と共に、UNIVRS内のVポンテ広場に来ていた。
Vポンテ広場では、あちらこちらで音楽がやかましく鳴っていた。というのも、ここはUNIVRSにおけるダンスの聖地なのである。壁という壁が鏡になっており、ダンスをするにも不便がないよう、だだっ広いエリア内にオブジェクトは何もない。
私が着いたときには既に、数十組のダンスグループがそれぞれの曲に合わせて、ダンスの練習を行っていた。鏡のある練習場という環境は、ダンス以外にも需要があるようで、大道芸や漫才、演劇の稽古をしているグループもあった。
ともなれば、アイドルのコーチングにも持って来いという訳である。
ただ、藤多柚衣がまだ来ない。私は焦る。
メニュー画面から時刻を確認すると、22時から既に数分経っていた。
私に出来るだけの事はやった。あとは、彼女が私の誘いに乗ってくれさえすればいい。だが、全てを決めるのは藤多柚衣本人、こればかりは私にできる事も限られる。
所詮、無名の私の力なんてここまでだったのだ。結局、何も出来ない。
諦めかけたその時、ピコン! とアナウンス音が鳴った。
視界の端に【フレンドの藤多柚衣さんがログインしました】と、ポップアップが表示された。すぐに背後から声が聞こえた。
「あのーすどーPさん、ですよね?」
振り返ると、恐る恐る私に近づく藤多柚衣がいた。今日は、これまでのステージ衣装とうって変わり、高校の体操服のような上下赤ジャージという服装だ。
来て、くれた。私はホッと、短く息を吐く。
「ああ、そうだ。この姿で会うのは初めてだったか」
そう言って、私は藤多柚衣に向き合う。
「なんだか、プロデューサーって感じですね」
「ふん。まあ、プロデューサーだからな」
今日、私はプロデューサーとしてこの場に臨んだ。だから、恰好もプロデューサーらしく、スーツにサングラスを身に着けた男の姿だ。ナルとんに扮していた先日は、しゃがんで目線を合わせてもらっていたが、今日は身長差も逆転、見上げられる形になっている。
「では早速、返事を聞かせてもらおうか」
もう居ても立ってもいられなくて、私は先日の回答を急かす。
藤多柚衣は首肯すると、神妙な面持ちで口を開いた。
「はい。ユイ、実はすごく迷いました。自分の事だから、他人に頼るのはどうなのかなって。でも、ユイだけの力には限界があって。ここで、予選敗退しちゃったら、それこそ本末転倒で。それならもう、なりふり構ってられないじゃないですか。だからユイは、あなたを信じてみることにしました」
「という事は、つまり――」
「はい、これからよろしくお願いします!」
藤多柚衣は微笑むと、ペコリと頭を下げた。
私は、「やったぞー!」と声に出そうになるのを押し殺し、「ふん」と鼻で笑って見せた。
そんな私を、顔を上げた藤多柚衣は不思議そうに見ていた。
なんだか照れくさくなって、私は話題を変える。
「それより、なんだその恰好は……?」
「身体を動かすときは、この格好が一番その気になるんです」
「何のためのアイドル衣装なんだ、普段から着て、もっと見られ方を勉強しろ」
「あーなるほど」
早速私は、眉間に指を当てて溜息を吐いた。先が思いやられる。
藤多柚衣がステージ衣装に着替えたところで、私はVRoadwayの話題を切り出した。
「さて、とりあえず、当面の目標は分かっているな?」
「予選の突破ですよね? そのために、1000人のファンを集めないといけない」
「そうだ。そこで、自己紹介動画を再アップしようと思う。勿論、私プロデュースでな」
私がそう言うと、藤多柚衣は「了解しました」と、小さく敬礼して見せる。
では、と私はメニューのアイテム欄からホワイトボードを選び、藤多柚衣の前に出す。
このホワイトボード、書くことは勿論、動画やプレゼンテーションファイルなどを好きな場所に投影する事も可能で、バーチャル空間での打ち合わせには必需品となっている。
「まず、動画の構成と演出を考え直してみた」
ホワイトボードを操作し、昨夜徹夜で作ったスライド資料を表示する。
映ったのは藤多柚衣のイメージカラーであるオレンジを基調としたデザインの背景。ステージ上というのを意識して、真っ赤なショーカーテンなども据えた。これだけでも随分と臨場感が増しただろう。
「わあ、すごいです!」
藤多柚衣は目を輝かせて、ぴょんぴょんと跳ねる。
「少し落ち着け。だが、ここにお前が立てば、もっとすごくなる。その為には、これが必要だ」
次のスライドを送ると、【藤多柚衣のコンセプト】と書かれた下に鍵括弧。何かが入るであろうそこは、まだ空白だ。