016-葛城省吾/人類みな麺類
葛城省吾
「ショーちゃん?」
「なんだよ」
「わたし、飲みに行こって言ったよねー?」
「え、でも店は選んでいいって」
「いや、言ったよ? でもここ、ラーメン屋さんだと思うんだよ!」
「あ、ここのラーメン屋、ビールなら飲めるぞ」
「はぁ、そうですか……」
迷うことなく、俺たちは駅前のラーメン屋に来ていた。さすが、この辺りでは指折りの有名店、席数が少ないという事もあるが、既に店の外にまで10人ほどの列ができていた。俺たちはその最後尾に並ぶ。
舞の方は居酒屋かなんかに行きたかったみたいだが、それはお預けだ。明日も仕事があるし、悩みごとの相談っていったらラーメン屋だろう。
それに、とにかく今はラーメンを食べたい気分だった。
「ここんところ、店ラーメン食ってなかったからなぁ……」
店外にも漏れるスープの香りを肺でうんと味わいながら、俺は呟く。
「え、お昼いっつもラーメンだよねー?」
「バッカお前、インスタントラーメンと、店ラーメンは似て非なるものなんだよ!」
舞の間抜けな質問に、俺はクワッと食いつく。
「ラーメンはラーメンなんじゃー」
「それぞれにそれぞれの良さがあるんだよ。もはや違う食べ物と言っていいい」
「はぁ、そうですか……」
呆れた様子の舞。とはいえ、これもお互い慣れっこだろう。
ラーメンとはなかなか不思議な食べ物で、店によって千差万別の味と、誰をも幸せにする力がある。あの店が合わない、とかは聞いたことがあっても、ラーメンが嫌いという人間には会った事がない。
ラーメンは宇宙にさえ行ったし、日本を飛び越えた世界に通用する食べ物といえるだろう。
誰しも虜にする様はまさに、食べ物界のカリスマである。
「ショーちゃん、ほんとラーメン好きだよねー」
「ラーメンはみんな好きだろ」
「うん、そういう所だよ……あーそういえば、進路指導は今年が初めてなんだっけ?」
そこで舞が話題を変えてくれる。そう、今回の本題はラーメンではなく、俺の悩み相談だ。
「そうなんだよ。俺なんかが、一体進路の何を指導すればいいのかって話で」
「まぁ、教師は教師という進路しか知らないもんねー」
舞の言う通り、教師は教師の進路しか知らない。ある意味で、社会を知らない部類の人種である。結果的に選んだこの教師という職業だって、本当に正しかったのかは、正直判断しかねる。
進路はおろか、自分らしさだって曖昧なままに生きてきた。そんな俺が、どんな顔をして進路指導をすればいいのか。
「まぁでもさ、わたしたちだって、何度も進路に悩んで、とりあえずはここまで来た訳じゃない? 正解の進路は教えられなくても、どう悩めばいいかくらいは、アドバイスできるんじゃないかな。ショーちゃんなりに真摯に向かえば、きっと悪い事にはならないよ」
夜空を仰ぎながら、舞は言った。きっと、舞は教師に向いている。同僚の俺にすら、こうして、進むべき道を示してくれるのだから。
俺なりに真摯、か。教師の方だけじゃなく、VRoadwayの方も同じなのかもしれない。藤多柚衣の良さを引き出すのは俺の役目だ。俺なりのやり方で、やれる事は全部やるべきなんだろう。
「ありがとう、舞」
「まぁ、先輩ですから? 当然ですよー、葛城センセー」
改めて礼を言われると照れくさいのか、舞は茶化してそう言った。
「ほんと、ありがとう。今日は、俺のおごりって事で」
「ええ、悪いよー」
ぷるぷると首を横に振る舞。しかし、何も悪くないのだ。
「これを見よ」
俺は、懐から1枚の紙を取り出す。
「なにこれ?」
「ふふ、ここの店のスタンプカードだ。今日で100個貯まるから、なんと、特製ラーメンが1杯無料になる」
「ひ、100ってすごいね、ショーちゃん……でもそんな特別なラーメンもらえないよ!」
若干引き気味だが、舞はそれでも遠慮の姿勢を崩さない。
「まぁ、待て。今日で100個貯まるって言っただろ? でも俺は今日、どうしてもこの特製ラーメンを食べたい。だが、それにはラーメンをもう1杯食わなきゃならん。つまりは、その役目を舞に引き受けてもらいたいんだ」
「うーん。そういうことなら、奢られちゃおっかなー!」
そう言って、舞ははにかむ。
「おすすめは、特製鳥白湯からの、残ったスープにご飯と粉チーズをぶち込むラーメンリゾットだ。楽しみ方としては――」
「ショーちゃん、それだよ」
「それ? それってどれだよ?」
俺は突然の舞の発言に、首をかしげる。
「ショーちゃんらしさだよー。ラーメンがすっごく好きっての、ショーちゃんらしいなあって思うよー?」
「俺らしいかな?」
「うん。これが好き! っていうのは、その人らしさを象徴してると思うなー」
好きなものが、自分らしさか。
藤多柚衣の好きなものもラーメン。好きも突き詰めれば、自分らしさなのかもしれない。
少し弱い気がするのは否めない。しかし、せっかく舞も協力してくれた事だ。参考にしてみよう。
「そうかもしれないな。少し、スッキリしたよ」
「どういたしましてー」
俺よりも嬉しそうな笑顔で笑う舞。本当に舞は、他人の幸せがなによりの幸福なんだろう。そういうところは今でも、変わらないらしい。そして俺も、そんな彼女にずっと憧れ続けている。
悩み解決の糸口も見つかったところで、そろそろ列の順番も近い。良いにおいがますます強くなってくる。
「あ、そうだ舞! 言い忘れてた事がある」
「え、なに!?」
「この店、回転率重視だから、混雑時は会話を控えてくれ」
「どうして、ここを相談場所に選んだのよ……」
ともあれ、俺は舞と久しぶりの店ラーメンに舌鼓を打ったのだった。