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VRoadway!!  作者: 藤川ジョン
第一章
15/26

015-葛城省吾/公私混同教師問答

葛城(かつらぎ)省吾(しょうご)


 昨夜のUNIVRS(ユニバース)でのことが、思い出される。あの出会いは、俺にとって進展となるのだろうか。まだ不安しかない。ただ、それはお互い様だろう。互いの素性も能力も分かっていないような他人を、すぐに信頼しろという方に無理がある。


 そもそも藤多(ふじた)柚衣(ゆい)の抱える課題が多い、というのも不安の種だ。すどーPと俺で、それらの課題を解決できるのだろうか。


 自分らしさを考えろという、あの宿題も、正しい解答が得られるか分からない。


 そんなことを考えていると、仕事にも身が入らず、気づけば職員室に他の教師はほとんど残っていない。部屋の時計を確認すると、午後8時過ぎになっていた。そろそろ帰ろう。

俺はパソコンを閉じ、帰り支度を始めた。


「ショーちゃん」


 その時、耳元で俺の名前が囁かれた。


 慌てて振り返ると、いたずらな笑みを浮かべる美女の顔があった。


「ま……京終(きょうばて)先生、でしたか」


「別に舞でも良いのにー。ほら」


 彼女はそう言うと、数少ないまだ残っている他の先生の方を指さす。なるほど、皆さん寝るか、イヤホンをしてらっしゃる。この時間ともなれば、こうなるか。


 彼女は京終(まい)、俺より一年先輩の音楽教師だ。そして、幼少期からの幼馴染でもある。そんな縁もあって、舞は時折、学校でも俺をからかおうと、昔のあだ名で呼んでくる。こいつのおかげで、俺は昔から大変な迷惑を被っている。


 これで舞が、地味な女性だったら良かったのだが、そうじゃないから困る。大和撫子(やまとなでしこ)を地でいく、容姿と所作の美しさは、昔から性別を問わない人気だった。

 手入れの行き届いた黒髪ロングは、いつも濡れているかのような光を放っている。目は穏やかで、笑った顔が何より似合う。大人になってからはプロポーションもすっかり良くなって、俺としては目のやり場に困るばかりだ。


 さらに舞は、その美貌に加えて、人懐っこい性格で多くの男たちを(とりこ)にしてきた。ただ、舞自身には誘惑する気なんてさらさらなく、男女構わず距離を詰めるタイプだ。

 しかし、そんな事を当事者の男たちは知らない。すぐに好意を寄せてしまう訳だ。こうなったら時が、俺にとって非常に面倒なのだ。


 というのも、幼馴染で、習い事も同じだった俺は、自然と舞と話す機会が多かった。そうくれば、俺は舞のファンから気に食わない奴としてすぐに認定される。多感な中学生の頃は、それが原因でからかわれることもよくあった。


 辛くなかった、と言えばウソになるが、舞にそれを打ち明けるのは、カッコが付かないし、きっと舞の笑顔を奪う事になる。だから、結局しなかった。とはいえ、俺もそれなりの処世術は身に着けた。


「で、何の用でしょう? 京終先生」


 俺は呼び方に力込めてやる。人前では、あくまでも他人として接する。これが、俺の導き出した京終舞ファン対策である。学校でも、名前呼びは勿論、舞が毎度誘ってくる昼食も、断るようにしている。


 つれないと分かるや、舞は口をつーんと尖らせる。


「かわいい後輩が悩んでるみたいだから、飲みに誘おうと思ったんだよー」


 舞はこうしていつも俺の味方でいてくれる。姉はいないが、妹と共々、本物の姉のように慕っている。舞なら、何かいい案を出してくれるかもしれない。


「そういう事なら、喜んで」


「お、二つ返事とは、珍しいこともあるんだねー。これは相当参ってるなー?」


「まぁ、少し」


「よしよし、お姉さんが聞いてやろー! 帰る支度してくるねー」


 とてて、と舞は自分のデスクに戻り、支度を始めた。また変な誤解をされても困る。先に出て、廊下で待った方が良いだろう。俺は、手荷物をまとめ、職員室を後にした。


 しばらくすると、舞が不機嫌そうな表情で職員室から出てきた。


「わざわざ外で待たなくても良いのにー」


「まあまあ。別に良いでしょう? ささ、行きましょ」


 なんとか舞をなだめつつ、学校から駅の方へ向かう。駅までは徒歩なら十分くらいだ。

 夜風の涼しさを感じていると、舞が前へ回り込み、俺の顔を覗き込む。


「で、ショーちゃんは何を悩んでるのー?」


「い、いきなりですね」


「まぁ、朝からずっと元気なさそうだったからねー。もしかして、妹ちゃんの事? 手術、来週だったよね?」


 朝から勘付かれていたとは、おそるべし幼馴染力。舞には、妹の事を話していたし、余計に心配をかけたのかもしれない。

 ただ、妹の手術に関しては、俺が何かを出来る訳ではない。それは、執刀をしてくれる先生や看護師さん、妹自身が頑張るしかないんだと思う。


「いや、そっちじゃないんです。心配は心配ですけど。俺としては祈るしかないですし」


「まぁ、そうだねー。うん、きっと大丈夫だよ。信じよう。で、妹ちゃんじゃないなら、ショーちゃんは何で悩んでいるの?」


 VRoadway(ブロードウェイ)のことで――という訳にもいかない。なんて切り出したものか。考えあぐねた結果、とりあえず俺は、あの質問を舞にもぶつけてみる事にした。


「自分らしさって、なんだと思います?」


「自分らしさ、随分と哲学的な質問だねー。あー分かった。進路指導関係だな?」


 舞は「そうかそうか」とご満悦だ。教師から突然、「自分らしさってなんだろう?」なんて聞かれれば、進路指導で悩んでいるのかと、推測するのは自然な流れかもしれない。そういえば、進路指導の方も決着をつけなくてはならない。とはいえ、うちのクラスでまだ調査書を提出していないのは、あとは榛原(はいばら)だけなのだが。


「まぁ、そんなところです。で、質問の方はどうです?」


「それは、ショーちゃんの? わたしの?」


「んーじゃあ、俺ので」


 それを聞くと、舞は再び後ろ歩きで進み始める。両手を後頭部にやって「うーん」と(うな)っている。しばらくすると、また口を開いた。


「優しい、とか?」


「おいそれ、思いつかなかっただけだろ」


「あ、やっとタメ口になってくれたー!」


「いや、ごまかすな!」

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