表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRoadway!!  作者: 藤川ジョン
第一章
14/26

014-榛原瑞希/人類みな麺類

榛原(はいばら)瑞希(みずき)


 翌日の放課後になっても、頭のどこかで藤多(ふじた)柚衣(ゆい)のことをぼんやりと考えている。

 スマホに視線を落とす。


【もし、私にプロデュースをさせてくれるなら、来週の月曜日、22時にVポンテ広場に来てほしい。宿題も忘れずにな。 すどーP】


 藤多柚衣とすどーPの間で、何回かメッセージを交わし、返事の日程が決定した。メッセージで済ませる事もできただろうが、私からどうしても直接会って話したいと持ち掛けた。

こういう大切な事は、例えバーチャルの世界であっても、直接伝える方が良いはずだ。ただ問題は、「自分らしさについて考えてきてほしい」という、あの宿題だろう。


 いきなり「自分らしさは何か?」なんて問われても、ほとんどの人が回答に困るだろう。自分らしさを探して、見つけられないから、大衆の意見にその身を預ける。


 でも、夢を与える存在のアイドルがそうではいけない。


 生身だろうが、バーチャルアバターだろうが、中身の魅力なしでは人気は出ない。

 藤多柚衣の自分らしさって一体――


「なーに、難しい顔してんだよっ」


 こつん、額を不意に小突かれる。


 犯人の方をキッと(にら)めば、「しわが(あと)になるぞーっ」と、茜がキャキャと笑っていた。

 昨日に引き続き、放課後恒例のラーメン屋巡り。今日は家に帰っても1人の日だ。こんな日は、茜がラーメン屋に付き合ってくれていた。今日は、鳥白湯(とりぱいたん)が美味しい駅前の店だ。

10人ほど入れるカウンターだけの小さな店舗だが、その味は格別だと近所でも有名である。夕食時にはまだ少し早いので、小さな店内に、客は私と茜だけだった。


「余計なお世話」


 ふんっと顔を茜から背け、カウンターの向こうで上がる湯気を見つめる。吸い込んだ小麦の香りが、私の胸を満たす。


「茜はさ、自分らしさってなんだと思う?」


 茜ならなんて答えるだろう。私は思い付きで聞いてみた。


「ふーん、なるほどねっ。進路の話、まだ考えてたんだなっ」


 したり顔で茜はそう言った。


 そういえば、昨日は学校でそんな事もあった。進路、という訳でもないが、無関係ではないだろう。とりあえず、「まぁ、そんな感じ」と肯定しておく。


「まぁ、アタシの自分らしさって言ったら、速いの一言に尽きるでしょっ」


「そう言うと思った」


 予想通りの回答に、私は頬を緩める。


「じゃあ、なんで聞いたんだよっ!」


「あーほらほら、ラーメン来たよ」


 カウンターの向こうから、特製鳥白湯ラーメンが差し出される。それを受け取り、茜の前に置いてやった。濃厚なスープの蒸気が、私の食欲を掻き立てる。


「もー、ごまかすなっ!」


 ぷんすかと怒る茜だが、鳥白湯スープの前には無力。すぐに割り箸を半分にしていた。本当に速いな、コイツは……

 私も自分の器に視線を落とす。なんて白いスープなのだ。あまりの濃厚さに麺さえ見えない。箸を雪原のようなスープに突っ込み、引き上げる。すると、キラキラと輝くスープが、細麺に絡みつきながら持ち上がる。そのまま、口へと運んだ。


「美味いっ!」


 二人の声が揃った。これ以上の言葉は不要だ。鳥の旨味が、口にいっぱいに広がる。更にこの店は、だしに貝も使っており、後から魚介の香りが鼻に抜ける。悪魔的な美味さ。食べれば最後、食す者の箸は「もっと食べたい」という欲求のみに従うだろう。


 私たちは無言でラーメンをすすった。


「ごちそうさまでしたっ!」


 茜は元気よく完食宣言をする。いつもなら、すぐさま「また私の速さが証明されたねっ!」なんて、スピード自慢をしてくる頃だ。だというのに、今日は珍しく私の顔をじっと見つめている。じろじろ見られると食べにくい。

 しかし、スープまで飲み干したいという欲は抑えられない。スープまで飲み干し、私は感謝の気持ちを込め両手を合わせた。


「ごちそうさまでした」


 器の底には、【ご完飲ありがとうございます】と書いてあった。ラーメン屋に来てしまうと、どうにも器の底まで見たくなる。ここの店長さんはどんなメッセージを、スープの海に隠したのだろうかと、思いをはせてしまうのだ。


 私がラーメンの余韻に浸っていると、茜は何かに気づいたように、うんうん、と頷いた。


「分かったよ、瑞希っ」


 茜が声を上げる。


「え、何が? 隠し味のバターのこと?」


「いや、ラーメンの話じゃないってっ! さっきの、自分らしさの話っ!」


「ああ、そっちか」


 私の気の抜けた返事を聞いて、茜は頬を膨らませる。

 せっかくの友人の厚意だ。私は「ごめんごめん」と頭を下げた。


 なんとか機嫌を直してくれたようで、茜は指をピンと立て、自信たっぷりに口を開く。


「アタシから見て、瑞希らしさはズバリ、ラーメン好きってところだっ!」


 刑事ドラマで犯人を言い当てるシーンばりの、自信たっぷりな様子で茜は言い切った。

 一方の私は、口をヘの字にして不満を示す。


「いやまぁ、ラーメンが世界から消えたら死ぬくらいには好きだけどさ」


「ええっ?! め、めっちゃ好きじゃん……アタシの想像をはるかに超えてきたよっ!」


「そう?」


「そうだよっ! これはなるしかないね、ラーメン系アイドルっ!」


 茜は立ち上がり、「目指せ、帯解(おびとけ)カグヤちゃんっ!」と一人で息巻く。


「そもそも、ラーメン系アイドルって何なのよ……」


「そりゃ、ラーメンが死ぬほど好きなアイドルだよっ!」


「絶対売れないでしょ、そのアイドル……」


 私の自分らしさは、ラーメンが好きな所だと、茜は言った。藤多柚衣も確かに、ラーメンが好きであると自己紹介動画で公言している。だが弱い。

 第一線で戦う魅力としては、あまりにもパッとしないのだ。


 これぞ藤多柚衣だといえるような魅力はもっと強く、誰もが惹きつけられる物でないといけない。


「あとはそうだなー、瑞希は誰にも非情だよねっ」


「非情で悪かったわね……」


 さっきのお返しにと、私は茜の額を小突いた。

 

 本当に非情なのは、今の状況だ。全く時間がない。

 少なくとも、藤多柚衣の魅力だけでも早く引き出さなければ。なぜなら、既に藤多柚衣のやることは山積みなのだ。


 藤多柚衣の仕事は、動画撮影だけではない。撮影前には、動画構成の練り直しが必要だし、撮った後も動画の編集がある。加えて、twitwi(ツイツイ)などのSNSアカウント運営、ネット記事への取材打診、といった広報活動もしなければならない。

 前回、動画が失敗に終わったのは、この広報活動の不足による所も大きいと思われる。


 やはり、どうにも手が足りない。


 そこで、すどーPの出番が来る。藤多柚衣は動画撮影にのみ、全力を注ぐべきだ。あとの動画編集などは、すどーPを利用してしまえば良いのだ。分担という観点で、今回の協力関係は、藤多柚衣にとって好都合だ。


 次の動画に向けた演技指導や、動画の編集などは、すどーPの仕事にする。

一方、裏での広報活動は私がすべきだろう。

 

 私は誰にも、自分にも非情になれる。きっとそれは、大切な私らしさなんだろう。とにかく、今は私にできる事をやろう。


「ありがとう、茜。今日は私が(おご)るよ」


「おおっ! さすがは誰にも優しい瑞希さんっ!」


「……その手のひら返しの速さも茜らしさだよね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ