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VRoadway!!  作者: 藤川ジョン
第一章
13/26

013-すどーP/Two Face

すどーP


 私はその跳ねるアホ毛に向かって、一直線に向かった。

 やっと見つけた私のプロデュースするアイドル、慎重に距離を詰めねばならない。


 アホ毛の元まで辿り着き、私の希望は確信へと変わった。藤多(ふじた)柚衣(ゆい)だ。衣装も自己紹介動画の時と同じ。動画では気付かなかったが、背中には蝶のタトゥーが入っている。

 藤多柚衣のアバターを注視すると、ずっと求めていたそのIDが、アホ毛の上に浮かび上がる。間違いなく、藤多柚衣本人だ。


 しかし、なんと声をかけたものか。いきなり「あなたのプロデュースをさせてほしい」と、ナルとんから言われても、おそらく逃げられるだけだろう。すぐにログアウトできる環境は、ある意味、現実よりもスカウトの難度が高いのかもしれない。


 まずは、話を聞いてもらう事が目標だ。慎重に言葉を選ぶ。


「あ、あの、藤多柚衣さんですかブー?」


「へ?」


 藤多柚衣は辺りをキョロキョロと見まわす。それでは私は見つからない。ナルとんは、藤多柚衣の腰ほどの身長しかないのだ。


「あー下ですブー」


 私がそう言うと、藤多柚衣は見下ろし、ハッと目を丸くした。


「な、ナルとんだー!」


 嘘だろと、言いたくなったが、藤多柚衣はナルとんを知っていたらしい。何の気もなしに、ラーメン好きらしいからと、ナルとんをアバターに選んだが、それが功を奏したらしい。


「え、どうして、ナルとんが私のことを?」


 しかし、はたと思い直し、藤多柚衣は(いぶか)しげに問うてきた。


「実はボク、藤多柚衣さんのファンなんだブー」


「えええっ!? あのナルとんが!?」


 どのナルとんかは分からないが、彼女の中で腑に落ちたのならそれでいい。少なくとも、「あなたのファンです」と言われて、嫌な事はないはずだ。


 すると、藤多柚衣はスッとしゃがみ、私と目線を合わせてくれる。


「ありがとう。ユイ、すっごく嬉しいよ!」


 藤多柚衣は、本当に嬉しそうに笑ってくれる。きっと、ファンから直接言葉をもらうなんて、初めてだったんじゃないのだろうか? そう思わされるくらい、彼女の笑顔からは、優しく、幸せな感情が伝わってきた。


 掴みは上々、さて、次はどうやって話を広げるかだ。


「まさか、藤多柚衣さんがボクのことを知ってるなんて思わなかったブー」


「そりゃ知ってるよ! 毎日お世話になってるもん!」


 いや、何にだよ。何が何だか分からないが、とにかく、好感度は高いらしい。


「藤多柚衣さんもラーメン好きなんだブー?」


「もちろんだよ! 食べられなくなったら死ぬくらいには好きだよ!」


「ボクもだブー!」


 やはり、この少女、ラーメンには目がないようだ。ここで、私は仕掛ける。


「そういえば、この間、実はアレを手に入れたんだブー!」


「アレ?」


「そうだブー。ここだけの話――」


 そこで、私は秘密ごとを話すように、声のボリュームをうんと落とした。


「ま、待って。ごめんね、周りの声が大きくてちょっと聞こえないや」


「ええと、だから、ここだけの話――」


 再度、話の途中で、声のボリュームを抑えた。


 すると、藤多柚衣は口を尖らせ、困ったような顔をする。そりゃそうだ。この喧騒(けんそう)の中で、私の(ささや)き声が聞こえるはずもない。


「んんー、ちょっと場所を変えて聞かせてくれるかな?」


 藤多柚衣は「ごめんねー」と言いながら、両手を顔の前で合わせる。


「もちろんだブー」


 私は当然ながら快諾する。ここまでは予定通り。とにかくこれで、藤多柚衣から二人で話そうと提案する形を作れた。これを私から言い出すと、一気に不信感を煽ってしまう可能性がある。なんにせよ結果オーライである。


「なら、ボクのホームに来るブー?」


 ここで、初対面である藤多柚衣のホームエリアにいきなり押しかけることは、さすがに提案出来ない。だから、私のホームに誘うしかないだろう。この承諾を得られれば、ホームエリアに入る為だと、なし崩し的にフレンドとなることができる。


「いや、どこかのエリアに出ましょうよ。あ、ラーメン博物館なんてどうです?」


「あぁ……うん、それで良いブー」


 しかし、そう何もかもうまくはいかない。とりあえず話に乗って、私たちはラーメン博物館へと移動した。


 既にラーメン博物館からは、人がほとんどいなくなっていた。

 関西弁のナルとんも、どうやらいないようだった。そういえば、昨日、彼は藤多柚衣に会ったと言っていた。ひょっとすると、昨日ナルとんに会ったことで、藤多柚衣はナルとんを知ったのかもしれない。


「で、何を手に入れたんです?」


 博物館に着くなり、藤多柚衣は興味津々といった様子で、目を星にして聞いてくる。


「そ、その前に、1つ話を聞いてほしいブー」


「ん? なんですか?」


「実はボク、君のファンだから話しかけたんじゃないんだブー」


「えっと、それはーどういう事ですか?」


 そこで、藤多柚衣の警戒心が高まる。だが、これ以上、嘘をつく理由もない。いつかは切り出さなければならない。この場が整っただけでも幸いとしよう。


「実は、VRoadway(ブロードウェイ)に関することなんだブー」


「VRoadway? あの、ユイちょっと用事が……」


 まずい。藤多柚衣がメニュー画面を表示させる。ログアウトする気だ。あるいは私のアカウントをブロックする気かもしれない。


「今ここに、超人気店『鳥三(とりぞう)貝三(かいぞう)』の100杯完飲特典の電子引換券があるブー」


「なな、それは、アルティメット黄金ラーメンの!」


「ふふ、やはり、知っていたかブー。このラーメンを食せるのは選ばれし猛者のみ。しかも100杯でやっと1杯と引き換えだから、そう易々と拝めないブー?」


「ふん! そんな物に釣られたり、ユイはしませんから!」


 藤多柚衣はぷいっとそっぽを向くが、横目では引換券を凝視している。余程、これが欲しいと見える。


「話を聞くなら、これを渡してやっても良いブー?」


「ぐぬぬ、なんて卑怯な!」


 藤多柚衣は軽蔑するような眼をこちらに向ける。それに反し、引換券を差し出せと言わんばかりに、右手はこちらに伸びてきていた。


「言ってることと、やってることが全然違うブー……」


 言いつつも、彼女の陥落に私は喜んでいた。

 私はメニューから、フレンド申請を藤多柚衣に飛ばす。アイテムのギフトは、フレンド間でしか行えない。つまり、この引換券で釣れば、おのずとフレンドになれるという寸法だ。しかし、手痛い代償だ。出来れば失いたくはなかった。


 藤多柚衣がフレンド申請を許可すると、私は引換券を彼女にギフトする。私の手元の引換券が霧散し、藤多柚衣の手へと渡る。


「わー本物だー! ありがとうございます!」


 藤多柚衣は引換券を宝物のように眺め、恍惚(こうこつ)とする。


「待て待て、こっちの話を聞く約束だブー」


「話を聞くだけですよ?」


 警戒はされているようだが、なんとか話を聞いてくれる運びとなった。


「単刀直入に言うブー。ボクは君をプロデュースしたいと考えているブー」


「プロ、デュース……」


 私の提案に、藤多柚衣は動揺しているようだった。彼女も、今のままではいけないと分かっているのだろう。だからこそ、あのラウンジにいた。その思いがあるのなら、この提案はきっと彼女も望んでいるはずだ。


「VRoadway予選終了まで、あと残り3週間もない。だが、君はここで諦めるべきじゃない。私は、その手伝いをしたいんだ」


「ユ、ユイはまだ諦めてなんかいないです。ユイは1人でだって――」


 悪くない答えだ。やはり彼女はまだ、予選を突破する気でいる。普通なら、妄言だと一蹴されるだろう。だが、私ならその妄言を一緒に信じてやれる。現実にしてやれる。


 ただ、彼女の言葉からは、自分の力だけでなんとかしたい、という使命感のようなものが感じられる。それが何かなのかは分からない。だが、そこさえ気を付ければ、まだ勝機はありそうだ。


「勿論、予選を突破するのは君の力だ。私はサポートでしかない。君にとっては、そうだな……私の事は、ただ利用するツールだと思ってくれてかまわない。どうか、君の夢の後押しをさせてほしい。プロデュースとは、そういうものだ」


「あくまでも、私の力……だとしても、そんなすぐに、初対面の人に任せられないです」


 藤多柚衣は、私から一歩退きながらそう言った。


 やはりどうしても、もう一押しの信頼が勝ち取れない。これといった実績も、何らかの保証もないただの個人では、このあたりが限界だろう。あとは態度で示すしかない。結局は、人間対人間の関係。私の気持ちを伝える、それだけが唯一の手段だ。


「頼む、一度で良い。協力させてくれないか? それでダメだったなら、そこでプロデュースは解消で良い」


 なるべく安心されられるような声音で、私は藤多柚衣に語りかける。


「どうしてそこまで……」


 藤多柚衣の表情が、警戒から戸惑いに変わる。


「君の自己紹介動画を見たんだ。粗削りだが、光るものを感じた。私の夢を、君となら叶えられると思ったんだ。これではダメだろうか?」


「ユイに、光るものを?」


「ああ。それが何かは、私にもまだ分からないがな。プロデュースする中で、その魅力を引き出せればと思っている」


「そんな風に言ってもらえるとは思ってなかったです。あの……ユイは、予選突破出来るでしょうか?」


「やり方次第、だろうな。だが、私がプロデュースするからには必ず、予選突破は勿論、VRoadwayで優勝できるアイドルにしてみせる。だから――」


 その時、藤多柚衣が頭を下げた。突然のことに、私は目を丸くしてしまう。

 悪い想像、「ごめんなさい」という言葉が脳裏によぎる。


「少し、考えさせてください」


 絞り出すように、彼女はそう言った。頭を下げたまま、「お願いします」と付け加える。


 どうやらそれは、前向きな回答であるようだった。


「ありがとう、感謝する。では、後日改めて返事を聞かせてほしい」


「分かりました。ありがとうございます」


 顔を上げた藤多柚衣は、優しく笑った。


「それについては、メッセージで追って連絡するとして――」


 ふーっと息を吐き、私は肩の力を抜く。

 何とか、首の皮一枚つながったといったところか。何はともあれ、努力が無駄にならなくて良かった。


 そこで、私は藤多柚衣に向き直る。


「最後に1つクエスチョン! いいかブー?」


「あ、はい。まだ、その語尾やるんですね」


「当然だブー! では質問。君にとって、VRoadwayとは!? これは予選突破したら絶対聞かれるから、教えてほしいブー」


「私にとってのVRoadway、ですか? んーそうですねー考えたこともなかったなあ」


 藤多柚衣はアホ毛をはてなマークの形にして悩む。そして、同時に私も彼女の様子を見て悩む。この質問に、ここまで考えているようでは、まだ厳しいかもしれない。


「立ちはだかる巨大な敵、って感じですかね? あはは、なんちゃって」


 そう笑いながら、彼女は回答をごまかす。

 やはり、足りない。彼女には、決定的に大切な何かが抜け落ちている。


「なるほど、ありがとう。じゃあ、返事についてはまた連絡する」


「はい、お願いします!」


 小さく藤多柚衣は敬礼をして見せた。


「それと、宿題だ。もし、私のプロデュースを承諾してくれるなら、次までに、自分らしさについて考えてきてくれ」


「自分らしさ、ですか」


「ああ。じゃあまたな」


 一抹の不安を抱きつつも、私は新しいスタートに期待を込め、藤多柚衣に別れを告げた。

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