012-すどーP/光惹かれて
すどーP
UNIVRS内での藤多柚衣捜索も、そろそろ手詰まりになってきた。他にも、ダンスの練習場として有名なVポンテ広場や、アイドル文化の中心である電脳秋葉原、といった人の集まりそうなエリアはほとんど巡った。
藤多柚衣のアカウントは一応、まだログイン状態にある。ただ、ホームエリアにずっと引きこもっている可能性は捨てきれない。それに、各エリア内全員のIDを確認出来ている訳じゃないから、どこかで私が見落としているのかもしれない。
だんだんと、思考がネガティブになってきた。元から、少ない可能性に賭けての捜索だった。これも仕方がないと言えば、仕方がない。
「今日はそろそろ帰るかな」
本音を言えば、ここで諦めるのはごめんだ。しかし、頑張れば頑張るほど、むなしくなってくる。自分の無力感をこれでもかと、思い知らされる。また明日もある。
こんなことをしている間にも、さっきのミライヤミのような参加者は、予選突破を軽く決めているのだろうか。
メニューから、VRoadwayのアイコンをタッチしてみる。
表示された画面には、【注目の参加者】という特集ページや、参加者一覧に加え、【あなたも参加!】といった、参加者募集のページもあった。敵情視察ではないが、私は注目の参加者を覗いてみる。
すると、10人のピックアップされた参加者の中に、あのミライヤミもいた。【圧倒的な演奏で魅せる! ゴスロリロックシンガー】という風に紹介されている。意外な事にアイドル、という訳ではないらしい。
他の参加者も確認してみると、男女は関係ないというより、もはや人型でもない参加者すら取り上げられていた。
しかも、ジャンルは多岐にわたっている。歌って踊るアイドルもいれば、マジシャンやアーティスト、コメディアンにコックなんていうのもいる。こういうのも、公式に認められているとは驚きだ。
ただ、やはり王道なのは、アイドルとして活動している参加者になる。紹介されている内、半分近くが、アイドルらしい風貌の参加者だ。おそらく、それ以外の変わった路線の参加者は、色物枠として紹介しているのだろう。
「ん? 予選突破見守りラウンジ?」
参加者紹介ページの端には、紫の扉を模したアイコンが表れていた。アイコンの側に、【予選突破の瞬間を目の前で見よう!】と書かれていた。私は、詳細を読んでみる。
どうやら、予選突破の瞬間、UNIVRSに予選通過者がログインしていれば、ラウンジ内のお立ち台にワープしてくる仕組みらしい。ファンにとっては、ここにいれば本人に出会えるし、参加者にとっては、今後も勝ち残るためのアピールタイムをもらえるという訳だ。
「もしかしたら……」
それは淡い期待だった。藤多柚衣がここにいるかもしれないという。
藤多柚衣がわざわざパブリックエリアに出てくるということは、何かパブリックエリアでしかできない目的があるはずだ。
例えばそれは、予選突破のための直接的な行動、ファン集めや練習だ。しかし、その予想はことごとく外れた。
だが、パブリックエリアに来る目的はそれだけじゃない。予選突破のために行動する場合だけじゃなく、その方法自体を学ぶ場合も、現場に赴くんじゃないだろうか?
彼女の現在の目標は、間違いなく予選突破だ。その方法を学ぶ場に、このラウンジはぴったりだろう。きっと、そこには参加者のファンは勿論、予選突破を目前とした参加者も来ている。
そこではきっと、ファンとなる人が何を求めているのか、彼ら彼女らを惹きつける為にどう振舞えばいいのか、それを目の前で見て感じることができるだろう。
特に、予選突破後に与えられるアピールタイムは、藤多柚衣にとって非常に糧となるはずだ。彼女は、他と比べてアピールが全くできていない。彼女自身、自分の魅力とは何か? という根本的な問題に、答えを得られていない可能性もある。
そして、その答えを探して、このラウンジに――
「行ってみる価値は、有りそうだな」
不確かな希望にすがる思いで、私はメニュー画面の扉に触れた。
辺りの景色が、私を中心にして変わっていく。
予選突破見守りラウンジは、アイコンと同じ紫で統一された、シンプルかつクールな空間だった。床や壁は、黒と紫のタイルが規則正しく敷き詰められており、照明も控えめだ。
エリアの一角には、ステージがあり、その周りにアバターたちが群がっていた。どこか、ライブハウスのような印象を受ける。ステージの後ろには、ステージよりも大きなディスプレイが設置されており、ファン登録者のランキングや、予選通過間近の参加一覧など、VRoadwayの情報を逐一伝えているようだった。
広さはうちの高校の体育館と同じくらいだろうか。この決して狭くはないエリアにも、半分くらいはアバターで埋まっている。およそ、数百人以上は入っているのだろう。常にここがこのくらいの盛り上がりだとすると、VRoadwayの注目度の高さが伺える。
「おおっTO! ここで、新たに予選突破者が現れたZE!」
すると、ステージ上で熱苦しい声が上がり、照明が色とりどりに点滅し始める。ノリの良い音楽も鳴り始めた。
何事かと、ステージを見ると、金色のスーツを着たアバターが、マイク片手に「お前らぁ! 最大の拍手で、彼女を迎える準備は出来てるかぁ!?」と観客を盛り上げていた。
彼は観客達を指さしながら、「鼻血拭くティッシュ用意しとけYO!」、「手がない奴らは、飛び跳ねろYO!」と煽りつつ、会場の一体感を高めていく。そして、「そこの突っ立ってる子ブタのYOUも、早く来なYO!」と、私も引き込まれてしまった。
「さぁ、準備が整ったようだZE! それではご登場だ! かわいいルックスと声、そして、飯テロ必死の和菓子作り配信で人気急上昇中! 天海あんこちゃんだYO!」
瞬間、照明と注目がステージ上一点に集まり、同時にスモークが沸き上がる。揺れるスモークの中に、影が現れる。
「みなさーん、ありがとうございまーす」
スモーク中から間延びした声が聞こえると、会場からいくつか「あんこちゃーん!」と叫ぶ声が上がった。すぐにスモークが晴れる。
「どうもー、天海あんこですー」
ステージ上には、小さな少女がけだるそうに立っていた。ペンギンをモチーフとしているのか、黒いロングパーカのフード部分には、くちばし風のオレンジのワンポイントが入っている。本人のダウナーな雰囲気は、オレンジのルーズソックスにも表れていて、片方は太ももまで上げられているが、もう一方はだらしなく足首まで垂れ下がっていた。
嬉しくて仕方ないのか、はにかみそうになるのを必死に我慢しているようだった。もしかすると、本来のキャラもあまり笑わないのかもしれない。その様子がなんともかわいい。
袖に隠れた手を控えめに振っているのも、彼女にできる精一杯の表現なのだろう。
彼女がこれまで、どんな努力や苦悩を経てきたのかは想像する事しかできない。だが、彼女が予選突破するというのは、迷いなく頷ける。彼女には彼女の魅力がある。そして、その扱い方を心得ているようだった。
盛り上がる観客達も、なんとか彼女の姿を見ようと、飛び跳ねたりしていた。モヒカンや角、アホ毛と様々な頭が、飛び出したり引っ込んだりと忙しない。
「いや、ちょっと待て。まさか、あのアホ毛――」
観客の海の中央、アバターの波の中で、金髪のアホ毛がぴょこぴょこと浮き沈みしていた。
あのアホ毛、見間違えるはずもない。彼女だ。
「やっと見つけたぞ、藤多柚衣……」