010-すどーP/ネットシーカー
すどーP
「さて、どうしたものか」
私の名前は、すどー。世界一のアイドルプロデューサーを目指している者だ。今回、とある人物に会うため、このUNIVRSにログインしたのだが、どうにも頭を悩ませていた。
目の前のメニュー画面には、フレンド申請中のアカウント一覧が表示されていた。その一番上に表示されてる彼女、藤多柚衣が私の目的だ。
私は昨夜、藤多柚衣にUNIVRSのフレンド申請を送った。彼女のプロデュースを打診するためだ。しかし、一向に許可が来ない。既に、現在時刻は午後10時を過ぎていた。
おそらく、藤多柚衣は、女子高生か女子大学生だろう。丸一日、パソコンもスマホも見ていない、という事はさすがに考えにくい。考えられるとすれば、フレンド申請自体は確認しているが、そのまま無視した、というパターン。
UNIVRS以外にも、twitwiといったSNS上の藤多柚衣アカウントにもアプローチをかけてみたが、こちらも不発だった。残念には違いないが、これくらいは想定内だ。むしろ、見知らぬアカウントからのフレンド申請を、そう易々と許可する方が珍しい。
私が悩んでいるのは、これからどうするか? という事だった。
幸い、藤多柚衣が今、UNIVRS内にログインしている事は把握できている。UNIVRSの仕様上、メニュー画面のユーザー検索欄にIDさえ入力すれば、ログイン情報を知ることができる。彼女のIDも、VRoadway参加用の自己紹介動画から、簡単に入手可能だった。
つまり、今ならUNIVRS内で直接、藤多柚衣に会えるのだ。それが分かればやる事は1つ、彼女をUNIVRS内で探すしかない。
次に問題となるのは、どうやって彼女を探すのか? という点だ。UNIVRSはただでさえも、膨大な数のエリアがある。ここを全て回るのは現実的ではない。更に、ホームエリアのようなフレンドしか入れないエリアもある。こういったエリアに彼女がいる場合、会う事はそもそも叶わない。
となれば、私はまず、藤多柚衣がパブリックエリアにいる可能性に賭けなければならない。その上で、彼女がどこにいるかを予想し、いる可能性の高い場所から探していくしかないだろう。そして、今日がダメなら、明日もこれを繰り返す。
「一応、着替えておくか」
私はホームエリアに最初から常設されている鏡の前に向かう。
鏡は、屈強な男を映し出していた。身長は190を優に超えていて、現実の私よりもはるかに高い。清潔感のある黒髪短髪、頼りがいのある筋肉質な身体、そこに黒のスーツにサングラスを掛けていて、要人警護でもしていそうだ。とにかく、強そう。どこかのひょろいボサボサ頭の国語教師とは大違いだ。
私的には、これぞ最強のプロデューサー像という感じで気に入っているのだが、こんな姿で女の子に会うのは、さすがに良くないだろう。最悪、話しかける前にログアウトされるまである。
アイドルのスカウトは、才能の選球眼も大切だが、何より信頼を勝ち取る事が重要だ。いわば、アイドル活動なんて蛇の道、その道の先導を任せうるか否かは、スカウト時の信頼度のみが決める。普通は、事務所の名前などがその役割を果たすが、私はフリーのプロデューサー、見た目から入るしかない。
「女の子に警戒されず、あわよくば向こうから近づいてくるようなアバターか」
私はメニュー画面から、アバターの項目を選ぶ。ここでは、アバターの購入や編集、試着などができる。アバターショップを覗いてみると、【人気アニメキャラセール中!】と、大々的に見出しが表示されいる。そこには、私も見たことがあるような、有名アニメの人型アバターが並んでいた。
今のリアル男よりは、断然アニメキャラだろうが、藤多柚衣がそのキャラを知らない可能性は大いにあり得る。アニメキャラは避けるべきか。
知らなくても、好感が持てるアバター、キャラ――
「ゆる、キャラ?」
アニメキャラジャンルの隣に、ゆるキャラという項目があった。ゆるキャラは地域や企業のPR用のキャラだ。知らない人にも、可愛さやユニークさで、好感を持ってもらうための造形になっている。今回の用途にはもってこいである。
私は、ゆるキャラジャンルのアバターから、【ナルとん】という徳島ラーメンPR用の豚を模したキャラを選んだ。目がつぶらでかわいい事は勿論、鼻の部分が渦巻になっていて、鳴門の渦潮を表現しているらしい。
加えて、ナルとんの頭頂には、徳島ラーメンの特徴である生卵が掛かっていた。自己紹介動画やtwitwiでも、藤多柚衣はラーメン好きとの事だし、丁度いいキャラだろう。
メニュー画面をワンタッチすれば、私の姿が、屈強な男から、ゆるふわなブタに変わる。
「おお、けっこうかわいいじゃないか」
身長は半分くらいになり、見た目の抵抗感もなくなった。あとは声だ。今のダンディーな声では、ゆるふわ感が失せてしまう。
「あーあーあー」
声を出しながら、メニュー画面のボイス設定を調整する。UNIVRSの変声機能を使えば、どんな声も思うがままに出すことができる。赤い蝶ネクタイの小学生探偵よろしく、眠れるオッサンの声から、財閥令嬢である女子高生の声まで、変幻自在だ。
「ナルとんだブー」
我ながら、かわいい声に仕上がった。これなら大丈夫そうだ。
「待ってろよ、藤多柚衣、だブー」
私は、藤多柚衣を探すべく、パブリックエリアへと向かった。