ギガントロック
「ねえ 休憩しましょうよ さすがにこの暑さで歩けないわ」
「あの岩の下とか日陰になっていて涼しそうだ あそこで休もう」
「なあ やっぱ森の方が良くなかったか? この辺岩だらけであまり木が生えてないし...」
「ライアン 今頃言うな 休むぞ」
砂の地面に時折、草木が生えている程度の岩石地帯。そこら中に石ころが転がっていて歩きにくい。何度も足を取られて足首を捻りそうになった。
数メートルおきに一軒家ほどの大きさがある岩石が横たわっていた。森林を彷徨っていたときは木が照りつける日光を遮っていたが、ここには遮るものはない。ゆえに何時間も歩いていると暑さで体が持たない。俺たちは岩の隙間を見つけると休憩を取るようにしていた。
背負っていた水筒や森で取った食料を置き、岩の隙間に腰を下ろす。
日陰は涼しい。座った途端に全身緊張していた筋肉が一気に解放される感覚に襲われた。
「ふー この岩石地帯どんだけ続くんだ? あまり長いと食料も確保できないぞ」
「ライアン さっきから文句ばかりだ アランを信じろよ」
「あー マーク 信じてくれるのはありがたいが俺一人に任せられても困る」
「プレッシャーをかける気はなかった すまん 俺もできることは協力する だけどよ 地形魔法はさっぱりわからん」
「頼もしいな」
「うるせえな ライアン お前に言われたくないわ」
「言っとけ」
「ねえ でも確かに食料を確保するのは重要なことだわ この辺じゃ虫か小さなトカゲくらいしかいなかったし...」
「じゃ それを捕まえるしかないな」
「え!? 私食べたくないんだけど!」
「贅沢言うな それしかないのなら仕方ないだろ アランはどう思うよ?」
「休憩が終わったら進みながら食えそうなものを捕まえよう 虫でもな」
「最悪...」
これからの食事が虫メインになりそうな雰囲気になってきたことに不機嫌になったイザベルが何気なく地面に転がっていた石ころを日陰を作っている岩石に投げた。
石ころが岩石にあたり、鈍い音が隙間に響き渡る。
全く大人気ない。生きるには仕方がないことだろうと受け止めて欲しいものだ。
特に喋る必要もないので俺は岩石の影を見つめた。影と日光が当たっている境界線をただじっと眺めていると村で起こった悲劇もサバイバル生活をしている今の状況も全て忘れ、頭を空っぽにすることができるように思えた。
まあこんな事を考えている時点で空っぽではないのだが...。
境界線をただ見つめる。
揺れることのない岩石の陰影を。
影が作るそのシルエットはまるで一匹の怪獣のようだ...。
雲の形や木の木目が何かの動物に見えるように影もまた時折、何かを形作っている。
今回は怪獣か...。前の人生では特にテレビでやっていた怪獣とかには子供の頃から興味はなかったが、二度目の人生でゲルフなどのモンスターを見ると恐怖と共にカッコいいとさえ感じてしまう自分がどこかにいた。
まあ影ごときで楽しめるのだから随分俺もサバイバル生活に慣れてきたものだ。
単なる影だというのに...?
ん?
影が動いた?
わずかに影が動き始めた気がした。日光の入射角が時間の経過と共にずれれば確かに影も動くだろう。
しかし、こんな短期間で影が動くか?
すると、俺の背後から岩が擦れるゴリゴリゴリという摩擦音が聞こえてきた。
「なっ!? なんだ?」
「おい! みんな立て! なんか変だ」
「え 何よ?」
「イザベル 聞こえなかったのか? 今の音を」
「ただの落石か何かでしょ?」
不定期に鳴っていた摩擦音が今度は連続的に鳴り始めた。
「おい! いますぐこの岩から離れろ! なにかおかしい」
アランの指示により、岩の隙間で休憩していた俺たちはすぐさま岩から脱出し、距離を取った。
そして、岩から離れて初めてわかった。
「岩が...動いてる」
そう、イザベルの言う通り岩が徐々に動いていた。一軒家ほどのある岩が振動し、周りの地面に割れ目が入り地面の下から土が盛り上がってきている。
「アラン! なんだこれは?」
ライアンがハンターでもあるアランにこれがなんの現象であるのかを尋ねる。
「これは...おそっ」
アランが何かを説明しようとした時、岩が動き出した原因が判明した。
モンスターの鳴き声と共に。
「グルルルルルルルウウウ!!!」
「みんな逃げろ! 全速力だああ!!」
「きゃー 何よこれ!!」
「マジかよ」
大量の土埃を巻き上げ、岩が立ち上がった。
アランの掛け声と共に俺たちは全速力で走り出した。砂の地面を蹴り、石ころの上を駆ける。背後から迫る巨大な岩から逃げるために。
「なんじゃありゃ!?」
「おそらくギガントロックだ! それよりも逃げることを優先しろ!」
アランでさえ冷静ではいられなくなっていた。
休憩していた岩がムクムクと動き出し、地面のしたから巨大なモンスターが現れたのだから仕方ない。
全身岩だらけのモンスター。巨大な亀と言ったほうが適切か...いや恐竜のアンキロサウルスにも似ているかもしれない。
先ほど俺たちが休憩場所としていた岩はあのギガントロックの胴体であったようだ。岩で全身を鎧のように守っているが、足や目、尻尾の裏側までは覆われていない。爬虫類のようなボツボツとした薄茶色皮膚が確認できた。
巨大な岩モンスターはデカイから足が遅いだろう。
そう思った。
そう願った。
しかし、ドスンドスンと音を立て、周りの岩を吹き飛ばし土埃を巻き上げて接近してくるギガントロックは徐々に大きさを増してくる。
人間の足では逃げきれない!
「アラン! このままじゃ追いつかれるぞ!」
「...!? うわ!? このままじゃマズイな 俺の合図で右に向かって方向転換だ! いくぞ 3、2、1 今だ!!」
近くにあった普通の岩の間をすり抜けた俺たちはアランの合図で右に方向転換をした。
すると、直近まで迫っていたギガントロックの亀の硬いクチバシのような口を持った岩頭が近くの岩に衝突した。
ドーーン! 大量の岩の破片と土埃が舞う。
急速な方向転換をした俺たちを追おうとギガントロックも右へ曲がったが、スピードのついた巨体を完全に維持できずにバランスを失ったようだ。
「アホなモンスターだな!」
「ライアン 今のうちに距離を取るぞ まだピンピンしてるはずだ」
「マジかよ」
アランの予測は的中した。
ギガントロックから距離を取るために走っていると背後からまた鳴き声が聞こえた。
「もう いつまで追ってくるのよ!」
「おい<粉塵>使えるか?」
「マーク!いまそんな魔法使う場面じゃないわよ」
「確か一握りの粉さえあればスモークたけるよな?」
「スモーク? ああ粉が舞うやつね できるけど」
「十分だ <粉塵>で姿を晦まそう!」
「...でも村で使った小麦粉とかオキシンの粉とかはないわよ!」
「地面の砂で十分だ...」
「!? マーク...でもそれじゃ元となる粉が多すぎるわ! <粉塵>使ったら相当な量の粉が空気中に舞うわよ!」
<粉塵>。一握りの粉に魔法をかけて姿を消せるほどの煙幕を発生させる。それは元となる粉の量に比例して煙幕となる粉の量が決まる。村の市役所では備蓄庫にある小麦粉の粉で市役所中を粉まみれにすることができた。
であるならば、地面の砂を元に<粉塵>を使った場合、砂埃程度では済まないだろうとイザベルは考えたのだろう。
しかし<粉塵>は基本的な魔法。実際はそんな魔法に砂嵐を巻き起こすほどの効果はない。せいぜい市役所のときが限界範囲だ。
「大丈夫だ 砂嵐にはならないよ<粉塵>程度では 限界値を超えている 砂嵐を巻き起こす程度まで限界値を上げるには<大粉塵>を使わないと」
「...そうなのね 良かったわ あのモンスターから逃げるために砂嵐を巻き起こしたら今度は砂嵐が私たちの行く道を防いじゃうからね それにしても<大粉塵>なんて魔法は知らないわよ」
「...ああそんな魔法は知らなくて当然だ」
「もしかしてマークは使えるの?」
「...使えたらイザベルに<粉塵>を使えるか聞いてないだろ?」
「そうね... そんな魔法知るわけないものね」
「なんかむかつくな おい!ギガントロックが来てるぞ 準備しろ!」
「こっちはいつでも!」
バランスを失っていたギガントロックは走る俺たちの後を追ってきていた。
しつこい奴だ。だが、獲物になる気はない。
亜人から逃げ延びた俺たちを甘くみるなよ!
「ライアン! アラン! 俺とイザベルで<粉塵>を使う! その間にあいつの目に<閃光>をかましてやれええ!!」
「了解!」
「オーケーだ!」
俺たちは走るのを止め、俺とイザベルは地面の砂に<粉塵>をかけるため身を屈め、ライアンとアランは突進してくるギガントロックとの間に入り魔法を発動させた。
「<閃光>!」
「<閃光>!」
すると、ライアン、アランの手から赤く輝く花火のような球体が現れ、突進してくるギガントロックの頭部目掛けて飛んで行った。
「伏せろ!」
アランの声を聞き、俺とイザベルは顔を地面に向ける。
眩い閃光の一端が顔を伏せていても昼間だと言うのに垣間見えた。
顔を上げると、数十メートル先で頭を激しく振っているギガントロックの姿が見えた。
「命中したみたいだ! イザベル!マーク! 頼んだぞ!」
「<粉塵>!」
「<粉塵>!」
地面の砂を掻き集めた俺とイザベルが同時に<粉塵>を発動した。
大量の土埃が空気中に舞う。
「よし! あそこの岩の間に隠れよう」
「ねえまたギガントロックの岩だったらどうするのよ! 今のうちに早く距離を取りましょ」
「何度も同じ手を使って逃げられない ここは姿を隠してあいつがどこかへ行くのを待つぞ」
「わかったわ」
時間もないのでアランの指示に従い俺たちは土埃に身を隠しながら、少し離れたとこにあった岩に身を潜めることにした。
念の為、岩の間に隠れ地面の砂をうつ伏せの体にかけて地面に擬態する。
静かな大地に再びドスンドスンとギガントロックが歩く音が響渡った。閃光から解放されたようだ。普段から地面にいるギガントロックの目には効果があったのかもしれない。
あてもなく闇雲に捜索している。
足音が離れたり近づいたりを繰り返している。この付近にまだ隠れていると思っているのか...。
「なあ もう行ったかな?」
「ライアン 小声でも話すな」
ギガントロックが近づいてきた。
隠れている岩の周りを歩きはじめた。巨体の足が岩の間に隠れていても容易に確認できる。
余計なお喋りを...。
なるべく息をせずに、全ての音を消して俺たちは地面に成りきった。
何十分も...。
そして、
やっとの事で諦めた様子のギガントロックが元いた場所に引き返して行った。
数分後、
岩の隙間から這い出し、周りの状況を確認する。
土埃も収まり、危険なモンスターもいない。
「やっと行ったな...」
「あいつしつこ過ぎない?」
「こんな岩石地帯にいると獲物もあまりいないんだろ 必死だったな」
「今回はどうやら俺たちの勝ちみたいだ」
「ライアンがあそこで何も喋らなければもう少し早く終わってたんだがな」
「おい! それは偶然こっちに来たんだろ 俺のせいにするな」
「二人とも! もう終わったんだから...止めて!」
「ああ」
「わかったよ」
「移動しよう まだ危険は去ってないかもしれない」
「アランに従うぜ〜」
「また移動... もう移動して逃げて...そんなんばっかり」
「じゃ 残るかイザベル?」
「移動しましょ」
こうして岩石地帯でのギガントロック襲来はなんとか乗り越える事ができた。
岩に擬態したモンスター、ギガントロック。
形は恐竜のアンキロサウルスをイメージしてます。
知らない方はジュラシックパークで!