リアット大森林
「おはよー」
「おは」
「見張りお疲れ様〜」
「そろそろ陽も昇って来たらから移動しますか」
村から脱出してからはや3日が経った。
最初は元気が無かったイザベルも今では俺たちとのサバイバル生活にすっかり慣れ、4人で協力してどうにかこの森林で生き抜けている。
当分の目標はヴェモラ市。
ハンターでもあるアランが地形魔法を使いながらヴェモラ市に向けてこの大森林を横切っているが、何しろアラン自身も森林を抜けたことがないので苦戦しながら一行は少しずつだが着実に移動している...ようだ。
「キャー! ムデムデがでたあ! なんとかして!」
「またかよ イザベルいい加減慣れてくれ 虫ごときに一々驚かれては身が持たない」
アラン、イザベル、ライアン、俺の順で足場の悪い森の中を移動していると、時折前方からイザベルの悲鳴が聞こえてくる。
もう慣れたイザベルの悲鳴には。
最初は何事かと焦ったがほとんど虫に驚いているのだ。危険なモンスターじゃないならあまり大きな声を出しては欲しくないのだが、確かにムデムデは気持ち悪いな。
ムデムデ。俺の知っている知識から言わせてもらうといわゆるムカデである。黒光りする長い胴体に何十本もの赤い足が生えている気持ち悪い奴だ。ムカデと違う点は頭に緑色の球体がくっ付いていることくらいか?
近くにあった巨大な根っこの壁をウネウネと登っていたムデムデを発見したアランが慣れた手つきで木の枝をムデムデと根っこの間に差し込んだ。すると木の枝をムデムデが登ってくる。
ああ...気持ち悪。
アランはムデムデと木の枝をそのまま遠くへ放り投げた。
「ありがとう アランっ」
「次は自分でもできるようにしておけよ」
「えっ! 絶対無理! アランがいるならアランがやってよ」
「俺が寝ている間、イザベルが見張りをやってるときにムデムデが出て来たらどうするんだよ?」
「そりゃあ あんたを起こすに決まってんじゃん」
「それは良くないと思います まだ森林生活は続くんだから」
「その間はアランが守ってよ 私はか弱き乙女なんだから」
「よく言うぜ!」
「それはどういうことですかね!?」
列の先頭で繰り広げられるイチャイチャ騒動を見ていたライアンが俺の方へ顔を歩きながら向けてきた。
「マーク また始まりやしたぜ」
「平和だな」
「だがよ 俺もムデムデは無理だ アラン様様だな」
「同じく 俺も無理だ アランに任せよう!」
すると、
「お前ら聞こえてるぞ! みんな虫は今日中に克服するように」
「えええ!?」
「えええ!?」
「えええ!?」
その後俺たちは根っこや不安定な石の上を何度も何度も乗り越え、一本の小川に到達した。深さは人間の膝丈くらいしかないが、貴重な水分補給できる場所だ。村から脱出したときは逃げるのが精一杯で服以外は何も身につけていなかった。そのため森林に生えていた果物を取って食べたり、ツボネという茎部分に雨水を溜め込んだ植物を取って水を補給したりしていたのだが、何か物足りない。
やっと新鮮な水を飲める!
「よっしゃーー 水だああ!」
「ちゃんと水筒に入れておくことも忘れずにしておいてよ」
「わかってるって」
「うん この水はろ過する必要ないくらい澄みきっているな 飲んでも平気だ」
手で水を掬い、乾いた喉へと一気に流しこむ。
クッウーーー!!
ビールよりも美味いと感じたのは久しぶりだ。こんなにも水が美味しいとは!
イザベルに言われた通り植物の葉っぱを編み込み、木の樹液で隙間を塞いで作った水筒に水を汲む。葉っぱごときで液体を保存できるのか心配だったが予想以上に水を入れても溢れる様子はなく頑丈そうだ。
「おりゃっ! くらえ 水攻撃!」
「何奴!? 反撃だあ」
俺の頭に水しぶきが飛んできた。見るとライアンとアランが水を掛け合って遊んでいる。
全く子供だな... こんな危険な森でやることではないだろうが!
「俺も混ぜろや!」
「おう マーク お前、足を使いやがったな!」
水面を足でキックし、ライアンとアランに水をかける。
すると、反撃を開始したアランがムキムキの腕を使って両手で大量に水を掬い上げてきた。
顔面に水の塊が衝突する。水がかかった後の濡れた体が余計に森を流れる風を感じ取った。
気持ちい。
「トルネードアタック!」
アランと俺の間に割り込んできたライアンが片足を回転させ、同時水しぶき攻撃を仕掛けて来た。
「ねえ ちょっと! 私にもかかったんだけど!」
「イっ イザベル! すまんすまん でも気持ちいだろ?」
「それで許されるなら意味ないじゃないのよ! とりゃあ!」
ライアンの水攻撃をくらったイザベルが水筒に入れたばかりの水をライアンの頭にぶちまけた。
「お お前! 水筒の水を使うなんて! 卑怯者!」
「また汲めばいいじゃないの! 子供ねホントっ」
「お前に言われたくないわ!」
水の掛け合いなどいつぶりだろう。童心に帰ってしまったが案外楽しいな。水浴びをして己の感覚が研ぎ澄まされたように感じる。
ん?
あの木に纏わり付いているあの蔓は何だ?
蔓にしては太いし...迷彩柄をした蔓なんか聞いたことないぞ。
まあ俺はそんなに外出してないからもしかしたらそんな蔓があるのかもしれない。
それにしてもなんか違和感がある。これはアランに聞いた方がいいだろう。
「アラン!」
「おっと! ....なんだ?」
ライアンと格闘していたアランが振り返る。
「なあ あそこにある木にくっ付いてる蔓って見たことあるか?」
「あ? どれだ? 蔓? 蔓ならその辺に五万とあるだろ」
「あれだよ あれ なんか太いやつ」
「ん?」
俺が指を指した方向をアランが辿っていく。
「迷彩柄の蔓...ん? おいちょっと待て あれ蔓じゃねえぞ」
「やっぱり あれ何? なんか違和感あるよな」
「...不味いな 多分あれ蛇だ」
「え...蛇なの? それにしもデカすぎだろ蛇にしては」
「みんな 荷物を纏めろ 移動だ」
俺とアランが警戒し始めたのを察したイザベルとライアンも水を水筒に入れ、ゆっくりと集まってきた。
「ねえ どうしたの?」
「ああ マークが教えてくれたんだが...あそこにある蔓、多分蛇なんだ。それもデカイ奴」
「嘘...やばいじゃん 早く逃げないと」
「大声を出すなよ ゆっくりと後ずさりして下がろう 驚かすと襲ってくるかもしれない」
「でも私達がここで水遊びしていても襲ってこなかったでしょ」
「もしかしたら 最近獲物を食べたからお腹すいていないのかも知れないな 蛇によっては一度の食事で数ヶ月は何も食べないでじっとしているのもいるから」
「運が良かったかもね でも慎重に移動しよう」
貴重な水を確保し、心のリフレッシュもした一行は巨大な大蛇の姿を目にしたため、すぐさま移動を再開した。
大森林は全てが危険な場所ではない。先ほどの小川のように動物達にとってのオアシスもあり、食料となる果物やキノコ類もある。だが、危険なモンスターや大蛇もいるのだ。ここでは危険、危険ではないに違いはなく皆、普通に同じ森林で生活している。
早くそれに慣れなければ異質な存在である俺たちは自然に消されてしまうだろう。
小川の流れに沿いながら歩いて行くと俺たちは滝まで辿り着いた。
この滝の落差はビルほどの高さがあり、落ちたら間違いなく即死だ。滝から先は細長い渓谷になっていて、大地の分かれ目部分がこの滝のようだ。今からならどちらのサイドから歩いて行くかを決めることができる。
「アラン どっちの方に行く? さすがに下に降りるという選択肢はないと思うが」
一応ペースメーカーでもありリーダー的存在のアランに尋ねてみた。
「まあ 降りたら死ぬしな この小川の深さはあまりないが、反対岸に行こうとして万が一にも足を滑らせたら終わりだからな この岸サイドを進もう」
「了解」
渓谷を境にして森林の様子が異なっていた。俺たちのいる岸サイドの方は先ほどよりも木があまり生えておらず、岩肌が目立つ。一方で反対岸サイドの方は木が生い茂っている。
ずっと森林の中にいても危険が消えるわけではない。むしろ岩石地帯のほうが視界が広がって見渡しやすい上にそもそも危険なモンスターも少なそうだ。
こっちサイドは少々楽に進めるかな?
今回は逃走の束の間の休息編でした。