村長
「来ないな...」
「ああ だがもう少し待てば...」
クリスとアンネを見送った後、俺とライアンは村の門でアランとイザベルが現れるのを待っている。
イザベルが村長とアランの元に行ってしまってから一体何分経っただろうか。俺としては体感で2時間以上は経過しているように感じてしまう。もう既に門の外にいるのだ。このまま逃げ出せば少なくとも亜人達に殺される心配をすることはない。
だが、心の中では逃げたくても足が動かない。
「どこまで来ているんだ...」
––––––––村内部、門付近の倉庫群。
「<雷撃>!」
この村の村長でもあり、イザベルの父親でもあるヒース・カリウスは迫り来る亜人、ミノタウロス目掛けて自身が知りうるあらゆる攻撃魔法で応戦をする。
彼の右手から放たれた青白い光を帯びた電撃がミノタウロスの心臓目掛けて一直線に飛んだ。
「<腕盾防>」
放たれた電撃は胸の前で交差された両腕に現れた半透明の赤みを帯びた盾により防御される。
「ウハハハ! 人間よ なかなかやるではないか! この村の中では戦い甲斐のある野郎どもだぞ」
「<粉塵>」
「またそれで姿をくらませる気か... いい加減飽きたな」
ヒースにはどうしても守らなければならない者がいた。娘のイザベルとその友人であるアランだ。
先ほどアランと合流したヒースは娘の無事を伝えられるとホッとし、アランと門目掛けて逃げることになったのだが、途中ミノタウロスに見つかってしまったのだ。
魔法には多少自信があるヒースだが、人間の兵士が何人も束になっても互角以上の戦いをするミノタウロスでは、逃げながら戦うという戦法と取るしかなかった。
さらにアラン、そして役所の役人達とともに応戦していると、あろうことか門の方からイザベルが来てしまったのだ。守るべき者を二人もかかえた状態でミノタウロスを相手にするのはとてもヒースにとって辛い状況だ。
倉庫内に身を隠しながら門へと目指す。
「お父さん 大丈夫?」
「ああ 平気だ お前は?」
「私も平気よ この倉庫を出て右に曲がれば門まではもう少しだから」
「やけに詳しいな」
「さっきまでローリング兄妹とライアンとマークが一緒にいたからねっ その時にもここを通ったの」
「何!? ということは今、門で待ってるのか?」
「わからないわ...でも可能性はあるわね マークはわざわざ役所まで助けに来てくれたし」
「なんと...」
また、増えた。守らねばならない者達が...。
娘のイザベルと仲が良い友人達を放っておくことはできない。
倉庫のすぐ外ではヒース達を探すミノタウロスの足音が今だに聞こえる。
この人数で門まで行けば、間違いなくミノタウロスの攻撃により何人かは死ぬだろう。例え門の外まで脱出できたとしてもミノタウロスまで追ってきたらお終いだ。村の中では身を隠すこともできたが、門の外は森林に行くまでの間、隠れられそうな建物はない。森林から侵攻してくるゲルフの監視のために門の近くは更地にしてあるのだ。
であるならば、未来ある若者達だけでも門の外に逃すための時間を稼ぐことが村長としての最後の仕事になるだろう!
ヒースは倉庫内でアランにこっそりと耳打ちをした後、皆に告げた。
「ジャン、ケイ、ミクはキリアス君が教えてくれた通り、オキシンの粉で<粉塵>を発動させろ!ミノタウロスの頭目掛けてな。俺はそこに<火球>をお見舞いしてやる。...後はわかってるな」
すると、ヒースと日頃から仕事を共にしていた役人達は皆静かに頷いた。
「お父さん!私とアランは何をすればいいの?」
「キリアス君からもらった『サウンドジェネレーター』を起動させて門と反対方向に投げろ。門まで到達するための時間稼ぎだ。キリアス君にはお前の援護をしてもらう」
「...わかったわ お父さん達も来るんでしょ?」
何かを察したイザベルが心配そうにヒースに尋ねる。
すると、ヒースが満面の笑顔で
「当たり前だ。俺たちも逃げるに決まってんだろ 村長だからな」
ドカーーーン。
倉庫の壁が外側から破壊され、大量の木屑が飛び散った。
空いた壁の外から姿を現したのは勿論、ミノタウロス。
「人間よ 見つけたぞ 駆除開始だ」
ニヤニヤと笑ったミノタウロスが、ようやく獲物を見つけた喜びに浸っていると。
「皆、今だあああ!!!」
「<粉塵>!」
「<粉塵>!」
「<粉塵>!」
大量の粉がミノタウロスに纏わり始める。
「そんなものはっ」
「遅い! <火球>」
ヒースから炎の塊が発射され、ミノタウロスに飛んでいく。
「<腕盾防>」
ミノタウロスは防御の構えを取るが、
炎の塊が燃焼性のあるオキシンの粉に引火し、ミノタウロスの周りが一気に爆発した。
爆発の衝撃で倉庫が吹き飛び、ヒース達も地面へと飛ばされる。
炎の柱と化した倉庫の残骸ではミノタウロスが全身に纏わりついた炎を消そうと暴れまわっていた。
「キリアス君! 娘を頼んだ!」
「はいっ!」
「お父さんっ」
ヒースの声を聞いたアランは地面に倒れていたイザベルを抱え、門へと全力疾走をし出した。
抱え上げられたイザベルはアランの肩で必死に暴れるが、アランの腕を振りほどくことができない。人間とは思えない腕力だ。
「離してっ!!」
「無理だ これはお前のお父さんの頼みだ」
「でもっ このままじゃ!」
「最後くらい 言うことを聞いてやれ!」
「...援護くらいできるでしょ! ミノタウロスだって今は倒れているんだからみんなで逃げられるっ!」
「あいつはそんな簡単にくたばらないのさ」
そんな二人の若者の後ろ姿を見届けたヒースは、立ち上がった三人の役人と顔を合わした。
「こっちの仕事は完了したぞ さあ最後の仕事だ。みんな手を抜くなよ! 残業は嫌だろ?」
「おっす!」
「やってやるわよ 村長さん」
「ここで言う残業は何ですかね...」
「人間....の...クソ...野郎がああ!!」
炎の中から全身黒焦げになったミノタウロスがよろよろと立ち上がってきた。
「いくぞ! <雷撃>」
「<突撃風>!」
「<砂嵐>!」
「<水撃>」
「<腕盾防>」
<砂嵐>により、地面の土が巻き上げられ、大量の砂が竜巻のように渦を巻き、ミノタウロスに直撃をした。防御をとったため、ダメージは少なかったが、視界を砂嵐に覆われ攻撃魔法を判別することができない。
<突撃風>の援護を受け、威力が増した竜巻がミノタウロスの防御を削る。
その一瞬の隙をつき、ヒースが放った<雷撃>と役人のジャンが放った<水撃>による水の竜巻がミノタウロスの両腕に直撃した。
「グヲオオオオ!!」
ミノタウロスの両腕が弾け飛び、血しぶきがたつ。
人間の胴体ほどのある腕が宙を舞い、燃える瓦礫の中へと落ちた。
「許さああああああんん!!!!」
両腕を無くしたミノタウロスが、身を低くし突進の構えをとった。牛の角がヒース達に向けられる。
「回避しろ!」
ヒースが役人達に声をかけるが、巨大な牛の突進からは逃げられない。
一瞬で距離を詰めたミノタウロスの角が役人のケイの胴体を貫いた。
「ケイ!!」
「ぐほっつあああ!!」
ケイの胴体に大穴が空き、大量の血が宙を舞う。人形のように吹き飛ばされたケイの体が燃える倉庫へと吹き飛ばされた。
「<空気線>!」
ヒースは再び突進の構えを取ったミノタウロスの角目掛けて、空気を圧縮し刃と化した空気の線を放った。
突進してきたミノタウロスの角に衝突し、角の片方が切れたがお構いなしに進んでくる。
「<土壁>」
「<土壁>」
「ジャン! ミク! それじゃ防ぎ切れない!」
回避不可と判断した役人のジャンとミクは地面の土を魔法で盛り上げさせ、即席の土の壁を正面の展開した。
しかし、ヒースの忠告は時すでに遅し。
土の壁はミノタウロスの突進により呆気なく破壊され、二人は吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられた二人は全く動かなくない。
「いい加減しにやがれ! この牛野郎がああ!!」
「では私が殺しておきましょう」
「何!?」
ヒースがミノタウロス目掛け、決死の突撃をかまそうとした瞬間、背後から不気味な声が聞こえた。その声にはミノタウロスすらも驚いている。
何がなんだかわからないヒースの左頬を金属製の鎖が通過する。
その鎖はヒースを通り過ぎると目の前にいたミノタウロスの残った角に巻きついた。
次の瞬間、鎖が背後から引っ張られると若干だが、ミノタウロスの頭が下に下ががる。
そして、ミノタウロスの上空から鎖を持った者が現れた。
右手に鎖を持ち、左手で大きな鎌を握った死神。
死人案内人だ。
ミノタウロスの上空から落下してきた死人案内人が魔法を唱える。
「<豪鋭剣>」
すると、鎌が紫色に輝き出したかと思うと、死人案内人が振るった鎌がミノタウロスの首を抉った。
ミノタウロスの首が宙を舞い、首を失った巨人の体がドスンと音を立てて地面に倒れ込んだ。
「....なっ なんだ... これは...」
地面に華麗に着地した死人案内人が不気味な目を骸骨を被った目の空洞から覗かせ、ゆっくりとヒースの方へ近づいてきた。
死ぬ覚悟でミノタウロスと戦ったヒースであったが、その脅威を排除してくれた死人案内人の姿を見ると戦おうとする力が入らない。
完全に恐怖が体を支配していた。
そして、地面にへばっていたヒースの足ものまで来た死神が告げる。
「あなたにはもう少し使い道がありますので。まだ娘さんが生きているでしょう? ここで死なれては困ります。 親子の死は目の前で見届けなくては。これからは我々のエンターテイメントにご協力いただきますよ」
自分の死以上に恐ろしいことが起こると直感で感じた村長であった。