村から脱出せよ!
俺は予備備蓄庫で<粉塵>を使い、蓄えられていた小麦粉を爆破させ空気ダクトに流し込んだ後、コショウの入った袋もついでに空気ダクトに流しておいた。
亜人の視界を奪い、コショウで気を散らせるためだ。市役所中に撒けば会議室に侵入するのも比較的楽になるだろうと考えたのだ。問題は中で監視している可能性があった亜人だったが、放送室にマジックアイテムの『サウンドジェネレーター』を置いておいたのでどうやら亜人を会議室から追い出すことに成功したようだ。
あの人狼は放送室の方へ一直線に走って行ったな...。
簡単な仕掛けにハマってくれて助かった。あのまま会議室に居座られていたら視界が悪くても鼻の利く人狼に殺されていたかもしれない...。
とりあえず時間が無かったのでイザベルとライアンだけを助け、残りの村人達の解放は老人に任せた。
俺の後ろをついてきている二人はさきほどまで不満そうだったが、なんとか理解はしてくれたようだ。
今は俺と同様逃げるのに必死だ。
「ねえ マーク その...ありがとね」
「俺も感謝してる...」
「とりあえず...この村から逃げよう」
「アランはどうしたの?」
市役所からの脱出にひとまず成功し、村の門目掛けて移動しているとイザベルが面倒なことを聞いてきた。
恋人の無事を心配するのは当然だ。だが、アランはどこかへ行ってしまった。それを伝えたらどうなるだろうか。引き返すとか言われたら対応に困る。
「ああ...アランか...役所にくる途中までは一緒だったんだが、俺がガーゴイルに追われている間にはぐれてしまった」
「生きてはいるのね?」
「おそらく」
「わかったわ...アランならどうにかして村から脱出してるかもしれない 私たちも急ぎましょ!」
「そうだな」
ガーゴイルに襲われた原因がアランだったことは隠しておいた。
イザベルの返事が予想以上に冷静な対応だったので内心びっくりしたが、村から脱出する方向性はどうやら同じようだ。
この村は村の周りを石の壁で覆っている。ゲルフなどのモンスターの侵入を防ぐためだ。俺の家兼牧場があった場所は村から少し離れているので、壁の外にあったのだが、村の中心、役所や倉庫などの建物や住宅街の周りには壁があり、外に出るための門が合計4箇所設置されている。
村から脱出するにはこの内のどれか一つの門から出る必要がある。
石の壁を登ることは不可能ではないが、亜人が巡回していることを考えると登るのに時間がかかるため発見されるリスクが高い。
大通りを避け、役所から一番近い門を目指すことにした。
役所の近くには倉庫群が広がってるため比較的身を隠しやすいので逃走ルートしては最適かもしれない。
燃えていない倉庫内を通りながら亜人の巡回に警戒しつつ、俺たちが移動しているとライアンが何かに気づいたようだ。
「どうした?ライアン」
「おい あそこにある小麦粉の袋、今ちょっと動かなかったか?」
「いや...気のせいじゃないか? 俺はそんな風には感じなかったが」
倉庫内に備蓄されていた小麦粉の袋が幾段にも積まれた部屋をライアンが指差した。
もう一度ライアンが見てる方を注視してみたが、特に異変は....
ん? 確かに一番上に積み重ねられた小麦粉の袋が少し動いたような...。
「...確かになんか動いたな...」
「だろ?」
「二人とも今はそんなことどうでもいいでしょ! 早くここから逃げないと」
「もしかしたら誰か隠れてるかもしれないだろ?」
「可能性はあるかもだけど...亜人だったらどうするのよ?」
「...放っておくか」
「そうだな」
俺とライアンは顔を合わせ、イザベルの言う通りに早く門を目指すことにした。
この倉庫から門まではさほど遠くない。今のところ亜人に遭遇もしていないし絶好のタイミングだろう。
そして俺たちが倉庫から出ようとした次の瞬間、
ドサドサドサと小麦粉の袋がいくつも崩れる音がしたと思うと、見知った奴の声が聞こえた。
「おいおいおい! マーク、ライアン、イザベル! 俺たちを置いていくなよ」
倉庫から出るのを止め、俺たちは揃って崩れた小麦粉の袋の山を見た。
小麦粉の袋の山の頂上に立っていたのは、小麦農家のローリング家の兄妹、
俺と同じ年で黒髪ショートヘアの妹のアンネ・ローリング。
三つ上の坊主頭の兄であるクリス・ローリングだった。
「あら! アンネとクリスさんじゃないの 生きてたのね!」
「イザベル! 良かった...もうダメかと...」
「アンネ そしてクリスさんもこの村から逃げましょ!」
「村の人が倒してくれるまでこの倉庫に隠れていたんだが...もしかして全滅したのか?」
「いつものモンスターではありませんわ!亜人が出たのです!」
「あの 不気味な声は亜人だったのか!...なんでこんな村に...」
「わかりません...でも村の中は複数の亜人が巡回してます。見つかる前にここから逃げましょう」
イザベルがローリング兄妹に一通りの状況を伝えた後、脱出することに賛同した兄妹とともに俺たちは門へと向かうことになった。
「おい マーク アランはどうした? いつもの仲良い面子だろ」
倉庫から倉庫へと中腰の姿勢を保ったまま、亜人を警戒しながら移動しているとクリスがまた面倒なことを聞いてきた。確かにアランは俺たちの中では目立った男だった。それにしてもこう毎回聞かれると面倒だ。
「はぐれました」
「おう...そうか まああいつなら大丈夫だろうよ」
「ねえねえ 二人とも門が見えてきたわよ」
アンネの言う通り、既に俺たちの数十メートル先には門があった。
「よし ではマーク、ライアン! 力を貸せ! 門を開くぞ イザベルとアンネも手伝ってくれ」
一番年長であるクリスは早速リーダーシップを発揮している。小麦粉の中で身を隠していた奴にしては偉そうだが、年下に任せっきりは不味いとでも思ったのだろう。
まあ 俺の方が人生経験は長いがな...。
村の門は象が入れるほどの大きさがある巨大な門だ。さらにゲルフなどのモンスターによる体当たりをされてもびくともしないように設計されているのもあり門を開くには数人の協力がないと動かない。門の横に設置されているレバーを下げた後、数人で力を合わせて綱を引っ張らないと開かない仕組みになっている。
牧場へとつながる門は一人でも開けることができるのだが、ゲルフなどのモンスターが生息している方向に最も近いこの門は4つの門の中でも頑丈な作りになっているのだ。よって普段からこの門を使う村人はいない。
俺たちは門へと走った。
すると、門に着く途中、俺たちのかなり後方からドカーーンという爆発音が鳴った。
「なんだ!?」
「大通り沿いの方から聞こえたぞ!」
「もしかして役所から逃げた人達が亜人に襲われているんじゃないか」
「あの紫色の光は...お父さんの魔法だわ!!」
イザベルは明らかに興奮していた。今までアランのことしか言っていなかったが、村長である親父さんの話はしていなかった。覚悟を決めていたのだろう。もう死んでいると。村の長を殺すのは敵として不自然な行為ではない。そんな死んでいたかもしれない人が生きてるという可能性を感じてしまったら興奮するのも仕方ない。
村長である親父さんはこの村の中で最も魔法に長けた人物だ。ゲルフなどのモンスターが村内に出没してしまった際もほとんど村長が倒していたほどだ。
紫色の光か...。
親父の魔法も紫だったな...あれはマジックアイテムだったが。
「おい! イザベル! アランもいるぞ!!」
クリスの声に一同は大通り沿いの住宅街に目を向けた。
徐々に戦闘音がこちら側に迫って来ていたのだ。つまり、こちら側に移動しているということ。先ほどまで音しか聞こえなかったが、今は一体の亜人と数人の村人が戦っている光景が小さくだが見える。
そんな中にアランの姿が見えた。
はぐれたアランだが、役所以外に捕まっていた村人を救出したのか、それとも合流したのかはわからないが勇敢にも亜人と戦っていたのだ。
亜人は...ミノタウロス。
アランを見つけたのはどうやらアランに火だるまにされたミノタウロスのようだ。これは激戦の予感がするな...。
「アラン!お父さんも! ごめん!みんな! 私あっちに行ってくる!」
「イザベル! 今はここで門を開けるんだ アラン達もこの門に向かってるかもしれない その前に開けておかないと」
ライアンが興奮するイザベルを宥めようと説得するが、効果はない。
「それでも門に着く前にやられちゃったら意味がないじゃない! 行くわ!」
ライアンの手を振りほどき、イザベルは戦闘が行われている方へと走って行ってしまった。
すると、
「うわああああああ!!!」
悲鳴が聞こえた。
今度は門の方から。
見ると、足から血を流し門の近くで倒れ込んでいるクリスがいた。
「兄さん!! どうしたの!!?」
「クリスさん!」
俺とライアン、アンネが門で倒れているクリスの方へ向かおうとすると
「来るなあ!! 罠が仕掛けられている!」
クリスが叫びだした。
クリスの足元にはギザギザと尖った金属製の罠が地面から突き出しており、刃がクリスの足を貫通していた。貫通した箇所から血が溢れ出ている。早く応急処置を施さないと出血死になってしまう。
「そんな! でも兄さん応急処置をしないと! その罠は外せるの?」
「....む...無理だ...一人では...外れねえ!!」
「マーク、ライアン! 兄さんを助けて!」
「わかってる... ライアンあの罠の外し方わかるか?」
「知らん!...だが難しい仕組みではないはずだ。近くまで行って確かめればなんとかなる」
「よし おそらく門の近くにまだ罠が隠れているかもしれない。ライアン、イザベル少し下がって!」
「マーク、どうするんだ?」
「ライアン、お前の腰に付けているトンカチを貸してくれるか?」
「ああ...いいが」
ライアンは鍛治職人だ。そのせいかいつも腰には愛用のトンカチを装着している。
クリスの足を掴んでいるあの罠はさっきまでまったく見えなかった。ということは門の近くに地雷のようにして地面の下に隠されているのだろう。踏むと発動する仕組みだとしたら、クリスのところまでトンカチを滑らせて反応する罠を確かめればいい。ある程度の重さがなければ反応しないだろうが、トンカチくらいなら問題ないだろう。ライアンのは普通のトンカチよりも重いしな。
「<対象物表面摩擦軽減>」
「なんだ? それ?」
「トンカチをクリスさんのところまで滑らせて罠がないか確認するんだが、トンカチが罠に捕まったら一々外してからまた滑らすという作業に時間がかかるだろ? トンカチで反応した罠に捕まらないように表面摩擦をカットして金属の刃から抜け出せるようにしたのさ」
「...ああ トンカチをぬるぬるにして罠にかからないようにするのか? 罠だけを反応させておいて」
「まあ そんな感じだ ぬるぬるではなく摩擦を減らしただけだが」
「なんでそんな魔法知ってんの?」
「暇つぶしだ...さあ滑らせるぞ」
トンカチの表面の摩擦を減らし、クリスまで滑らせる。
すると、
ガチャン!ガチャン!ガチャン!ガチャン!ガチャン!
クリスのところまでトンカチが滑って行くと5つの罠が発動した。
「うわ! こんなに罠が設置されていたのか...」
「ライアン!今トンカチが滑った導線を辿ってクリスさんのところまで行ってくれ!」
「おう」
地面に倒れ込んでいるクリスの元まで恐る恐る移動したライアンが、クリスの足を貫いている罠を確認し始めた。トンカチで罠を何度か叩くと、
「マーク こっちに来てくれ!」
「わかった」
クリスのところまで移動すると既に罠の仕組みを看破したライアンが説明をしてくれた。
「マーク。ここのレバーを押したら、同時に刃を引っ張るぞ。いいな!強力な力が掛かってるから一度離すと引き戻される。そうなるとクリスさんの傷口にまた刃が刺さるからな」
「了解」
「二人とも...すまん」
「クリスさんは罠が外れたら出来るだけ素早く足を退けて下さい!」
「わかった...」
的確な指示を瞬時にだすライアン。さすがは一人前になった鍛治職人だ。自分の専門分野ではない加工製品でも仕組みを理解したのだ。俺ではできない。
「よし! レバーを押すぞ! 3、2、1 今だ! 引っ張れ!!」
「うをおおお」
「ぬおおおお」
俺とライアンは両手でクリスを挟む刃を持ち、思いっきり引っ張った。片方の刃を男が全力で引っ張ってやっと動くくらいの強さだ。当然一人ではこの罠を外すことはできないだろう。
「クリスさんっ! 足を! 足を上げて下さいっ!」
「うをおおおお!!」
血だらけの足を上げ、罠の刃から足が引き抜かれた。
「マーク! では離すぞ! 3、2、1 今だ!」
ガチャン!
金属と金属がものすごい勢いで衝突する音が響き渡った。
「ふー。とりあえずは抜けたな」
「ありがとう...二人とも」
「応急処置を! アンネ!」
「わかった!」
倒れるクリスの元まで駆けつけたアンネが応急処置の魔法を施した。血が収まったクリスだが、歩くと痛むのか片足重心でびっこを引きながらだった。
歩けるのなら、マシだな。
「それにしてもなんで、こんなところに大量の罠が...」
「死人案内人だろうよ。こんなことしてくるのは」
「何!?死人案内人がいるのか!?」
「ああ 役所の正面玄関のところにいたぞ ライアンは連れ去られた時に見てないのか?」
「見てない...」
あの死人案内人がただ何もせずに座っていること自体で不気味だったのだが、罠を張っていたのか。門から逃げる人間を狩るために。
「みんな...すまん...助かった...早速だが門を開けよう」
「大丈夫ですか? その足じゃあ」
「今はなんとしてでもこの門を開けなければ 死人案内人の獲物になるのは御免だ」
「そうですね では開けましょう」
罠を一通りトンカチを使って見つけだした後、けが人のクリスを含めて俺たちは門を開けることに成功した。時間は少々かかったが、逃げることに必死な俺たちは全力を出した。
「開いた! 逃げるぞ」
「まだ イザベルとアランが来てない!」
「だ...だがここで待ち続けるのはリスクが高いぞ!」
門は開いた。
今なら村から脱出をすることができる。
早くこの村から逃げたい。
だが、
俺を助けてくれたアラン、そしてイザベルはまだ来ていない。
待つべきか!? それともこのままクリス達と共に逃げるべきか!?
「クリスさんとアンネは先に逃げて下さい! マークお前はどうする? 俺はここで彼奴らを待つが...」
ライアンにそう言われてしまえば、答えは一つしかないだろうが。
「ああ 俺も待つよ」