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逃げて逃げて逃げまくれ!!

俺の名はマーク・ライト。どこにでもいるただの村人だ。


王都まで仕事を探しに行くこともなく、田舎で親の牧場の手伝いをしながら友人達と仕事終わりにお酒をひっかけることを楽しみにしている平凡な男。


特徴的なことなどない。


...強いて言えば、俺は二度目の人生を楽しんでいる最中であるという事くらいか。


もうこの世界で20年は経っているから夢だったと今では思えてきているのだが、俺は元サラリーマンとして働いていた。電車で家から通勤し、8時間以上働き休日はテレビを見て時間を潰す。


実に平凡だった。


ただ短い人生ではあったが。でも悔いはない。やりたいことはあったかもしれないが今はこうして魔法が使える異世界で普通に生活できているのだから!


今日もノルマの仕事を終えた俺は友人達と酒場で一杯目の酒を注いでいる。


「乾杯〜!」

「乾杯〜!」

「乾杯〜!」

「乾杯〜!」


各々が強くグラスを衝突させ、泡が溢れた。


「今日もお疲れさん」


俺よりもひと回り体が大きいこの男はアラン・キリアス。小さい頃からの仲で、こいつとはなんでも打ち解けて話せる。力持ちだからたまに牧場の手伝いをしてくれるいい奴だ。


ただ俺がサボっていると親父に言いつけるからな....これは厄介だ。


二度目の人生も俺は黒髪の標準体型だというのにアランは金髪大柄のムキムキ男だ。正直羨ましい。


「今日はマーク、サボってなかった? 最近さぼり癖があるからね。私、マークのお父さんに何度も居場所を聞かれるのよ なんとかして!」

「イザベル。今日は俺がいたんだサボる訳ねえだろ」

「あんたがやっちゃうからさぼるんでしょーが」


乾杯早々アランと二人の世界に入りそうになっている彼女はイザベル・カリウス。村長の娘であり、アランの恋人だ。二人はあまり認めようとしないのだが俺を含め、周りの連中はいい加減認めて欲しいと思っている。一々メンドくさいのだ。


「今日はやってたっての 毎回二人でイチャイチャしながら俺のことイジるのやめてくれます?」

「いっ...イチャイチャしてねえし!」

「いっ...イチャイチャしてないわよ!」

「マーク。いつもの始まりましたー」


この件の際、俺側についてくれるのがライアン・ノーズ。最近鍛冶屋の親父さんのところで修行し、やっと一人で鍛治職人として働くことができた男だ。牧場での用具などが壊れた際は無償で直してくれるのでありがたい。


いつも感謝しているぜ。俺の使う金が浮く。


「ほんとっ お前ら飽きないよな」

「マークとライアンに言われたく無いわ」

「俺はライアンに言われる分には平気だぜ 何せやっと一人前になれたんだからな!」

「本当よ! お祝いしなくちゃじゃんっ 今日はライアンは払わなくていいわよ」

「え!? マジで! よし 今日はたくさん飲むとしよう!」

「いいわね その調子よ!」


三人で盛り上がるのは辞めて頂きたい。


「おい 何故俺はダメなんだよ」

「そりゃあね いい年してこの中で手に職を得て無いでしょうよ」

「牧場仕事があるだろ!」


牧場仕事を舐めないでくれ。牛や豚の飼育は大変なんだ。特にモンスターに狙われるしな。柵を作ったりと案外キツイぞ!


「ライアンは鍛治職人。イザベルは役所仕事。俺はハンター。お前は親父さんの手伝いだろ 最近は俺の方が手伝ってる気がするしな」

「...それは言わないでくれ 精神が持たん」

「ならなんかやれば? あんた確か魔法のバリエーション豊富なんだから魔法使いになればいいじゃん」

「だって王都行かないと魔法使いになれないだろ? 勉強もしなきゃいけないし。俺も最初はやる気だったんだ。でもな... 色々と手続きが面倒いんだ。親父の手伝いの方が大切だよ」

「呑気なもんだな。鍛治職人は需要があるからお前も鍛治職人になれば?」

「何年かかるんだよ!」

「ハハハっ! 無理だな。だけどよ...今は魔王軍と戦争中なんだろ? 俺らこんな田舎でのんびりしていていいのか?」

「辺境の土地って交通は不便だけどその分徴兵されないからいいわよね」

「徴兵されないほど遠い場所ってか その分国からの手当ては皆無だけどな」


カーンカーンカーンカーン


村の見張り台からの鐘の音が突如聞こえてきた。酒場にいた連中も話をするのを止め耳を澄ます。先ほどの喧騒が嘘のようだ。


「おいこれ見張り台の警告音だぞ! 何かあったのか?」

「ゲルフでも現れたか? おいそこの若いの! 牧場の方は大丈夫か? 食われてんじゃねえか?」


俺のことか。ほろ酔いのおっさんに心配されるのは嬉しくないが、確かにゲルフが出たんなら少々厄介だ。


ゲルフ。鋭い牙と爪を持つ狼の大型バージョンといったところのモンスターだ。牧場にいる牛や豚を狙って時折村に出没する。高い柵を設置して防御策は練っているが、人間と一対一になった場合は勝ち目がない。なので魔法が使える者達が集まって対処するのが一般的な解決方法になっている。


「マーク。親父さんのところに行った方が良くないか?」

「折角いいところなのに?」

「鐘が鳴ってんのよ ただ事ではないわよ」

「その割にお前達は冷静だな もっとやばい危険が迫ってるかもしれないのに」

「どうせ イタズラか何かでしょ」

「なら行かなくていいか」


「行け」

「行きなさい」

「行けよ」


三人して俺に冷たいな...。


「はいはい行きますよ その間に終わらせんなよ」


折角始まった飲み会なのにまたあの牧場に戻りたくない。ゲルフがいるかもしれないのに。


だが、ちょっとバカにされたのでこれでも立派に牧場で働いているんだアピールをしたくなった俺は取り敢えず牧場の様子を見るべく、酒場を後にした。


カーンカーンカーンカーン


外に出ると依然として見張り台の警告音は鳴りっぱなしのようだ。酒場の賑わいで中ではあまり聞き取れなかったので気付かなかったが。


それにしても妙だ。ゲルフが村に出たのなら家の大黒柱であるお父さん達が集まってゲルフ退治に出ている頃だろう。


外に出ていた村の人々も俺と同じように辺りを見渡して不思議そうに隣人達と話し合っていた。皆何故鐘が鳴っているのかまだ把握していないようだ。


「あのすいません。なんかあったんですか?」


俺は外で話し合っていたおじさん集団に尋ねてみた。


「ああ ライトさん家の子か。いやー俺らもわからんのよ ゲルフが出たのかとも思ったがそんな感じでもないからな 一応みんなには家の窓と扉を閉めるようにと言ってるんだが」

「今、俺らの仲間が見張り台まで事情を聞きに言っている最中だ」

「そうでしたか...」

「おう 牧場にでも行くのか?」

「はい」

「念の為確認してこい」


村の中心である広場を通り家々を抜け、丘を少し登ったところに俺の家の牧場がある。少し嫌な予感がしたので俺は小走りでさっきまで働いていた牧場まで戻ることにした。


楽しい一時からまたあの牧場に帰るのは怠い。毎回親父に酒を飲んでいると説教されるからな。俺は親父にも二度目の人生であることを言っていない。まあ信じないだろうし。二度目の人生はイージーモードで暮らしたいと俺は思っているのだが、親父はそれを許さない。


仕方ないか。


人生の経験年数でいったらさほど大差はないが、子供にちゃんと働いて欲しいと思うのは親だからな。前回の人生は働きすぎたので今回はゆっくりとしたい気持ちをわかってくれるとありがたい。


そろそろ牧場か...。


またあの光景を見るのか...早く酒場に戻りたいぜ。


「ゲルフどっか行っていてくれよ」


俺だけ酒場を抜け牧場に戻らなければならない不満をつぶやきながら向かっているといつもの家兼牧場が姿を現した。








いやいつもの牧場はそこには無かった。


「........は?」

「嘘.....だ...ろ?」


俺の視界に広がる光景を脳が処理できなくなっている。


全身が空っぽになり、そして心臓を中心として震えが駆け巡った。鼓動が早くなり、息が荒くなる。










牧場が燃えていた。










「親父いいいい!!!」


ようやく脳が動き出したと思った瞬間、俺は牧場目掛けて一目散に走っていた。


家からは黒い煙がモクモクとあがり、家の中から炎が外に溢れ出ている。バキバキと不定期に木造の家の土台が崩れ始めている音が聞こえた。家畜小屋にも火が飛び移っている。


飛んでくる火の粉を払いながらなんとか玄関まで到着し、ドアノブを回してみる。


「熱っ!」


金属製のドアノブは炎で触れないほどに温度が上昇していた。


クソっ! 


助走をつけ、扉に体当たりを試みる。


ドンっドンっドンっドンっドンっドンっドンっドンっ


扉に何度も何度も体当たりをすると、木製のドアの枠組みが少しずつミシミシと音をたて、壊れていった。体当たりの衝撃で扉が奥にずれ、隙間が生まれるとそこを集中して衝撃を与える。


バコンっ!!


扉がねじ曲がり、枠が外れどうにか中へと入れるほどの隙間ができた。


よし! これで中に入れる!


中に入ると、炎の勢いは増した。ドラゴンブレスのごとく床から天井に炎の渦が立ち込めている。煙で数メートル先も見えず、全身の肌を熱が襲う。ジリジリと痛みを感じながらも床に転がった家の破片や家具を避けながら叫んだ。


「親父! どこだあ!!」


返事がない。


煙を吸い込まないように腰を低くし、慣れ親しんだ家の間取りを頭に思い浮かべながら親父を探す。


壁が炎で次々と剥がれ落ち、火の塊と化した炎玉が家中に転がり始める。


どこに行った!? 家にはいないのか? 


家畜小屋の方か?


全てをくまなく確認できていないが、一見この家に親父はいないように思える。親父のことだから家畜を心配して家畜小屋に行った可能性もあるな。


家畜小屋と家は外の通路から繋がっている。


裏口の方へ回ってみると、扉が開かれたままの状態になっていた。


ビンゴだ。親父はおそらくこの先にいるだろう。


家畜小屋の扉を開け、中へ入る。


ここも家同様に屋根が崩れ落ち、燃えていた。もはや原型がない。


「親父! どこだ!!」


「...ここ...だ」

「親父!」


かすかに声がした方に親父が倒れていた。


燃える木の破片を蹴飛ばし、親父のもとまでたどり着くと、


親父は崩れ落ちた屋根に下半身を挟まれていた。


「お...親父! 大丈夫か! 待ってろ今助ける!」

「やめろ...」


足と屋根の瓦礫の間の隙間に手を入れ持ち上げようと試みる。木材だが炎を纏った瓦礫はものすごく熱い。だが、ここで諦めることなどできるわけがない!


「うおおおお!!!!」


腰を下げ、思いっきり力を込めるが瓦礫はビクともしない。


「むり...だ...これは....ゴホンッ! 動かん...」


親父の声は切れかかっていて今すぐにでも助けださないと危ない。全身血まみれだ。皮膚は爛れ火傷の跡が悲惨な状況を物語っていた。


「はや...く...ここから...にげろ」

「そんなことできるわけねえだろうが!」


この瓦礫は俺の力だけでは完全に動かせない。家畜小屋の屋根を頑丈に作ってしまた所為だ。だがテコの原理を使えばまだ希望はある!


家畜小屋に転がっていた鍬を拾い上げ、瓦礫の間に差し込み全体重かけたが、


ビクともしない。


「グヲオオオ!!!」


なんだ!? 下から聞こえてきた今の不気味な声は!?


「マーク...」

「親父」


よくみると親父の胸には複数の深い切り傷があり、そこから血が流れていた。


「待ってろ治療を!」

「お前に...できる...訳が無い...だろ」

「縫合の魔法くらいなら使える!」

「....牛のやつか....気休めだ...」

「うるせえ! <縫合>!」


俺の人差し指が緑色に光り出した。その光を傷口に当てていく。開かれた傷口が徐々にくっつき始めた!


牧場で家畜の出産の際に母牛や母豚に使う魔法だ。役に立った!


一本目の縫合完了!二本目に入る!


すると、倒れていた親父が俺の腕を掴んだ。


何をする!これでは魔法を使えないだろうが!!


「親父!邪魔だ」

「いい!....こんなことをしている場合ではない!....ゴホンッ! 地下に亜人がいる...早く逃げるんだ...」

「亜人!? 何言ってる? こんなとこにはいない! 幻覚だ!」

「黙って...言うことを....聞け 地下に牛がい...る。今....奴はそいつを食うのに....夢中だ....今のうちに....逃げろ....」


もしかしてさっきの不気味な声の主というのか!?


だがこの村に亜人が来る訳が無い。魔王軍傘下の亜人の大部分はここより遥か先の戦場で人間の軍隊と戦っているはず....ありえない。


ガコンッ!


音をした方を見ると、床が崩れ落ちたようだ。何やら地下で蠢いている影が見える。


恐る恐る首を出し、下を覗いてみた。


そこには真っ赤な血の海が広がっていた。何匹もの内臓を食い荒らされた牛達の血によるものだった。いたるところに肉片が飛び散っている。


ムシャムシャと牛を食っている生き物がいた。


ゲルフではなかった。


人の形をした亜人。全身灰色の毛に覆われ、上半身には破れた服の破片がくっついている。狼の顔をした人狼だ。


人狼。


人間と同等の頭脳を持ち、狼以上の身体能力を兼ね備えた亜人。人間の兵士が5人以上束になって対処しないと倒せないほどの難度だ。ただの村人の俺では当然一発で死が待ち受けている。


なぜこんなところにいる!? なぜ俺の家にいる!? お前はここにいてはならない存在! 戦場にいるはずの亜人だ!


骨を噛み砕き、肉を食らう音が燃える家畜小屋内で火の音にかき消されずに響き渡っていた。


俺が恐怖で硬直しているのを見た親父が再度言った。「逃げろ」と。


逃げたい。


だが....まだ息がある親父を置いて逃げることなどできるか?


「無理だ... 」

「アホが...逃げろ...お前では無理だ」

「でも親父...」

「心配...するのは....親の特権だ...お前には....やらん...さあ行け...」

「みんなを呼んでくる!」

「あの亜人を...大切に育てた牛の元に送ってやったのだ...それが時間稼ぎにしか...ならんが...無駄だ....どうやら...他にも亜人は....いるらしい」

「何!?」

「時間が惜しい...お前は奴と戦えるのか?」

「....無理だ」

「戦えないなら逃げろ! 逃げて逃げて逃げまくれええ! 発動<衝撃波ショックウェーブ>!!」


親父が指にはめていたリングが紫色に光り出した瞬間、俺の腹を押すように何かの力がかかった。


視界からどんどんと親父が離れていく。


宙を舞った俺の体が家畜小屋の崩れかけの壁を突き破り、外へと放り出された。受け身を取ることができずに地面に衝突した痛みが全身を駆け巡り、肺が押し潰され酸素が逃げていく。


「ゴホッ!ゴホッ!ハアハアハアハア!」


仰向けに地面に倒れたまま、目の前に広がる炎に包まれた家畜小屋を見る。


どうして貴重なマジックアイテムを俺になんか使ったんだ!


あれならば瓦礫を吹き飛ばせたかもしれないのに!

あれならば亜人を吹き飛ばせたかもしれないのに!


「うわああああああああ!!!クソがあああ!!!」


家畜小屋から親父の断末魔が聞こえた。俺は震える手で必死に耳を抑える。親のそんな声は聞きたくない。


亜人のクソ野郎が.....。


頬を伝う水の流れが止まらない。火傷した手で擦ると浸みて痛い。







戦えないなら逃げろ! 逃げて逃げて逃げまくれええ!






「ああ 逃げるさ 最後までな!」



俺は村の広場へと引き返し、仲間を集めて逃げることにした。


この村から。


クソッタレの亜人から逃げるために!






亜人から逃げまくるお話です。


現在連載中の小説MAGIC CODEとRED CLOWNの間のストーリーの位置付けですが、関連性はないので一話からお楽しみ下さい!


魔王誕生前 MAGIC CODE

魔王蹂躙中 RUNAWAY

魔王討伐後 RED CLOWN


となってます。

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