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今夜は月夜の筈だったが少し雲がかかっている。
まだ路地は人々がガヤガヤと家路についている時間だが、立ち並んだ雑居ビルの屋上は他のビルの影になり光が届かず暗く静かな時間だ。
どこから来たのだろうか、その暗い雑居ビルの屋上を音も無く次から次へと飛び渡って行く大小二つの影があった。
「まだ追って来るのか、やっとこちらの世界に着いたと思えば、厄介な事だな。
それにしても俺の速さにここまで付いて来られるとは、こちらの世界にもこんな奴がいたとは驚きだ」と大きい影の方が移動速度をまた上げたが、まだ後ろには小さい影が追って来ている。
「折角高い金を払ってまでしてこちらの世界に逃げて来たのに何て言う事だ。
このままでは逃げ切れない。人目のない街外れでも向い打とうか、体格からして力勝負なら俺に勝機がある筈だ」と先に大きな影が既に明かりの消えている人気の無い広いビルの屋上でその動きを止めた。
雲の切れから月の光が射すと、その大きな影の正体はこちらの世界ではいない筈のドラゴン系の魔獣だった。その少し息を切らしていた魔獣が2度、3度翼をばたつかせると、今度は翼を畳んで息を凝らした。
「こちらの世界では派手な動きはするなと注意されているが、向こうがその気なら」と身構えると全身に力を溜め始め、体から邪気を発しながら後から追ってくる小さな影を待ち構えた。
魔獣を追っていたもう一つの小さな影もビルの屋上でその動きを止めると魔獣を挑発し始めた。
「やっと、鬼ごっこは終わりのようだな。いーや、助かったよ、寝起きはきついし追っかけるのもお腹が空くんでね。
あんた、さっさと俺にやられちゃいなよ。そうすれば往きと違ってタダで元の世界に帰れるぜ」
そして両者が対面すると、その小さな影はあのローン事務所に寝ていた男だった。