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取引相手はまで着ておらず俺達の外には誰もいないと思ってたが、聞き覚えのある冷ややかな声が背中の闇から聞こえた。
「後から遅く来て横取りは卑怯ですわ。それにそれは元々私の物よ。
とっととそれをこちらに渡しなさい」
「元々私の物って」と声の方に振り返ると、そこには月の光を受けて長い髪がキラキラと輝く普段より大人ぽい見覚えのある顔があった。
「しまった、今夜は拙い方の顔だ」俺から一瞬で血の気が引くのが分った。
俺は空を見上げて確認すると、今夜は満月ではないが月が少し出ていた。
その影響だろう彼女の顔つきと言葉使いからすると少し人格が変わっている。
それに体も大きくなっているが、今のままならどうにかなる筈だ。
取引相手が着ていないので不思議だったが、先に来て相手を倒していたのか。
それで、俺達のやり取りを影から伺っていたのかと納得した。
「どうして姫がここにいるんだ」
その見覚えのある顔に問いかけたが、俺の顔を見て最初は少し驚いていたが、
なぜか少し嬉しそうに弾んだ声で答えた。
「その声は聞き覚えのある声ですわね。もしやとは思っていましたが、
やはり貴方でしたか。まさかこんな所で会うなんてなんて運がいいんでしょ」
「悪いが俺はよくないな。すまないが、これは俺の獲物なんで、そう簡単には姫には渡せないんだ」
少し強がって見せたが、彼女にはそんな事は通じなかった。
俺の返事に少しヒスを起こしてはいたが、姫はまだ正常な判断ができていた。
「私に逆らうなんて無礼よ。さぁ、とっとと渡しなさい。さもないと死ぬわよ。
それにしても、どこを探しても見つからなかった筈だわ。
元の世界に戻っていたなんて、思いもつかなかった。
私に手間をかけさせた分は後でたっぷりとお返ししてあげます」
彼女の返事はきつかったが直ぐに攻撃をしてケースを取り返そうとはしなかったので、俺は足に念を込め始めて逃げるタイミングを見つけるために時間を稼いだ。
「いえいえ、勿論逆らいませんとも。私は貴方の下僕ですから。
でも、俺もこんな所で姫に再会するとは思っていませんでしたので、少し気が動転しているもので。それに、ずーっと愛しい私を探して下さっていたとは、
それは嬉しい限りですね。でも、時には離れるのもいいですよ」
と俺はありったけの冗談を言って隙を作ろうとしたが、顔が強張っていたので聞こえなかったようだ。
「今夜は寒くないのに言葉がこもって良く聞こえないわ。
さぁ、早くそれを渡しなさい。理性があるうちに渡さないと貴方また死ぬわよ、さぁ、とっとと渡しなさい、さもないと力ずくで奪い取るわよ」
しまった、イライラすると覚醒が進んで完全に人格が変わってしまう。
月の出ていない夜ならどうにでもなるけど、このまま戦っては俺に勝ち目がない、そろそろ足に念が満たされた、今のうちにとっとと逃げるしかない。
「はい、はい。よく分りました。ではこの続きは今度またどこかで」と急いでその場を立ち去ろうと振り返り屋上から飛び渡ろうとした瞬間
「動かないで」と大声で姫が俺に一言命令すると体が硬直し、念で満たされた筈の俺の足はどんなに動かそうとしてもコンクリートで固められ様に動けなくなった。