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バブみの勇者 ~年下の可愛い子に「ママ~!」とオギャって「よしよし、いい子でちゅね~」と甘やかしてもらったら一時的に無敵になるチートを獲得した!in 異世界~

作者: 甘木智彬


 ピンチ。


 圧倒的ピンチだ。


 俺たちは今、絶体絶命の状況にある。


「もうダメ……こんなの無理よ……助からない……!」


 俺以外の唯一の生き残り、パーティーメンバーの見習い魔女が、力なくその場にへたり込んだ。


 絶望の表情。


 いつもは勝ち気な彼女だが、もはや強がりの一つも言えない。


 そしてその弱々しい嘆きの声さえ、地の底から響くような恐ろしい咆哮にぬり潰されてしまう。


 俺たちが身を隠す洞穴の入口に、影が差した。


 巨大な化物。


 羽ばたく死と破壊の権化。


 真っ赤な鱗、強靭な翼、炎をくすぶらせる口元には、サーベルのような鋭い牙。


 ファイアドラゴン――単体で都市を壊滅させられるSランクの魔物だ。


 それも一頭ではない。続けて洞穴の入口が影で覆われる。一つ、二つ、三つ。俺たちの頭上には、あわせて四頭ものファイアドラゴンが旋回していた。


 非常にマズい状況だ。


 あいつらがただ飛んでるだけなら、まだ良かった。やり過ごせる。


 が、あいにく連中は獲物を探している。


 不用意にもテレポート・トラップにひっかかり、ダンジョン深層部に転移してしまった、『侵入者』たちを――



 そう、俺たちだ。



 正確には、俺と魔女っ娘と、今は亡きその他パーティーメンバー。



 リーダーのイケメンパラディンは、「恐れるな! みんな俺に続け――!」と突撃し噛み砕かれて死んだ。


 前衛のドワーフ戦士は「こりゃ血がたぎるわい!」と笑ってたところを炎の吐息(ブレス)でバーベキューにされた。


 神官の優男は、「うっ」と呻いて胸を押さえて倒れたが、ありゃ心臓麻痺だな。聖職者らしく、その身を犠牲に敵の注意を引き、時間を稼いでくれた点は感謝してる。



 そうしてドラゴンたちが神官をもぐもぐしている間に、パーティーの紅一点かつ後衛火力の魔女っ娘と、荷物運び(ポーター)の俺はすたこらさっさと逃げ、この洞穴に身を隠したというわけだ。


 助かった――とは言えない。


 文字通り袋のネズミだ。


 まだ運良く見つかっていないが、それも時間の問題だろう。


「う゛ええぇぇ~~~ん……死にたくないよぉ~~……」


 ドラゴンの咆哮に紛れるようにして、魔女っ娘は鼻水を垂らしながら泣いている。


 気持ちはわかる。俺も泣きたい気分だ。


「なんでよりによってぇ……ブサイクの荷物持ちなんかとぉ……」


 ……泣きたい気分だ。確かに俺はイケメンじゃない。よく「ハチに刺されたゴブリンみたいな顔してるね」と言われるし、自覚もあるが、汚らわしいものを見るような目で言われると流石に傷つく。というか、リーダーのパラディンがイケメンすぎたんだよ。死んだけど。


 俺はしがない荷物運びだ。一応、ここ最近で有望とされる若手のパーティーの一員ではあったが、腕力も並、魔力も並、諸々の技能も専門職ほどではなく、まあ器用貧乏と言うやつだ。


 体力だけはそこそこ自信があるので、これまで、補助要員として地道にやってきた。


 しかしそれも今日で終わり。パーティーは壊滅。頭上にはファイアドラゴン。未踏破のダンジョン深部で魔女っ娘と密室デートときた。素晴らしいじゃないか。


「……まあ、なんだ。飴ちゃん食うか?」

「いらないわよぉ!」


 場を和ませるため、俺はバックパックから飴玉を取り出してみせたが、拒否された。幸い、荷物運びだからな。水やら食料やらはたっぷりある。


 ぐずる魔女っ娘を前に、ぼりぼりと飴玉を噛み砕きながら考える。どうしたものか。いや、方針は決まっているのだが、とりあえず魔女っ娘が落ち着くのを待とう。


 ドギャアアアァ、グオオオォォッ、と心胆を寒からしめるような化物の咆哮を背景音に、俺はおやつタイムへと突入した。……この焼き菓子うまいな。生きて帰れたらあの屋台はもう一回行こう。


「……なんでアンタ、そんなに落ち着いてんのよぉ」


 しばらく泣いて、疲れたのか、陰気な体操座りに移行する魔女っ娘。そのまま三角帽子をギュッと両手でひっぱりながら、涙目でこちらを見やる。


「……実は。もっちゃもっちゃ。隠してたんだが。もっちゃもっちゃ」

「食べ終わってから話して」

「……ごくん。実は、隠してたんだが」


 焼き菓子を食べ終え、俺はおもむろに話を切り出した。


「代償が必要だが、俺は自分を強化する手段を持っている。それを使えばこの状況を打破できるかもしれない」


 魔女っ娘は意外そうに目をぱちくりさせる。


「……ほんと?」

「嘘ついて意味あるか?」

「……そこまで悪趣味じゃないと信じたいわ」

「そんな趣味はない」


 これまでの生活態度を振り返り、俺がこういった冗談を言うタイプではないと思い当たったのだろう。いくらか希望を見出した顔で魔女っ娘が座り直す。


「で、でも、代償って? 流石に死ぬよりはマシなんでしょうけど」

「……まあ、死ぬよりはマシだな。ただいくつか条件があるし、お前の協力が必要だ。俺一人じゃ発動できない能力なんだ」

「どんな条件なの?」

「説明する前に、まず教えてくれ。お前って俺より年下だよな?」


 率直に俺が尋ねると、魔女っ娘は「はぁ?」と不機嫌そうに顔を歪めた。


「当たり前でしょ! 失礼ね!」

「いや、魔女って外見と年齢が一致しないことあるからさ……」

「ぴっちぴちの十代よ!!」


 杖を振り回しながら、ぷんすかする魔女っ娘。というか、俺より年上に見えたら失礼ってその発言こそ失礼だろ。


「まあいい。とりあえず最低限の条件はクリアだ」

「……アタシの歳が条件なの?」

「この能力は、俺より年下の女性の協力が必要なんだ」

「はぁ。でもさっき『いくつか条件がある』って言ってたわよね?」

「その通り、まだ終わりじゃない。順を追って説明する。疑問点は多々あると思うが、まずは黙って聞いて欲しい」


 そう言いながら、俺はおもむろに横になった。


「まず俺が寝転がる」

「うん」

「次に、お前が俺に膝枕する」

「……うん?」

「そして俺がお前に『ママ~!』と甘えるんだ」

「…………」

「お前は『よしよし、いい子でちゅね~』と俺を甘やかしてくれ」

「…………」

「そしたら俺は一時的に無敵になる」


 ゴスッ。


 顔面を殴られた。無言だ。鼻メッチャ痛い。


「痛っ。ふざけんな、何しやがる」

「ふざけんなはこっちの台詞よ!!!」


 ガーッとドラゴンのように吠えながら魔女っ娘。 


「聞いてみればデタラメじゃないの、ちょっとでも期待したアタシがバカだったわ!」

「本当なんだ! 信じてくれ!」

「赤子のマネして強化なんて、どんな邪教の儀式よ! ありえないわそんなの!」

「俺だってあんまりだと思うけどさ!」

「あんたが『ママ~!』とか、オエッ、生理的に無理」

「仕方ないだろ、そういう加護なんだよ!」


 メチャクチャを言っている自覚はある。俺も半ばヤケクソだ。


「俺は『勇者』なんだよ! 力の代償がそれなんだ!」


 そう、俺は勇者だ。ちなみに前世は日本人だった。


 テンプレ異世界転生でチート能力を授かったのだが、肝心の発動条件がマニアック過ぎて日の目を見ていないのだ。これまで一度も発動に成功していない。


 勇者であることを明かして、教会や国家権力を頼ったこともあるのだが――発動条件を話した時点で「ふざけるな」とみんな怒りだし、神々への冒涜もしくは異端扱いで、火あぶりにされるところだった。あれはヤバかった。


 命からがら生まれ故郷を逃げ出し、国を渡り、この能力をひた隠しにしながら地道に頑張ってきたわけだ。


「ハァ?」


 が、決死の覚悟で真実を明かしたのに、魔女っ娘は「何言ってんだこいつ」という顔のままだった。


「勇者ぁ? 神々の特殊な加護を持つってアレ?」

「そうだ」

「……いいわ。一万歩ゆずって、アンタが勇者だったとしましょう。でもそれなら勇者の証、『聖痕』があるはずよね?」

「……あるな」

「見せなさいよ。それなら信じてやってもいいわ」


 ふんすっ、と鼻を鳴らして腕組みしながら魔女っ娘。まあ、そうなるわな。俺は苦い顔をした。


「見せなきゃ駄目か?」

「証明できないなら信じない」

「……わかった。仕方がない」


 ゆらりと立ち上がった俺は、カチャカチャとベルトを外し始める。


「ちょっちょっちょっと! なんでズボン脱いでんのよ!!」

「聖痕、見るんだろ?」

「えっ、『そこ』にあるの!?」

「そうだ」

「えっ!? 待って待って! ふつう、聖痕って、そう、腕とか額とか、どんなにアレでも上半身に――」

「ええい、刮目せよ!」


 ぐだぐだ言う魔女っ娘を一喝し、バッとズボンを下げる俺。


 ひっ、と息を呑む魔女っ娘。思わず手で顔を覆うが、指の隙間からばっちりこちらを見ている。


 しかし期待に添えなくて申し訳ない。


 (ケツ)だ。


 俺の『聖痕』、神々の象徴である青い十字と円環の紋章は、臀部にある。


 しかと目撃した魔女っ娘は、「うぇっ」と気分が悪そうな声を上げた。


「は、初めて見た男の尻がアンタとかサイアクなんですけど……」

「俺は初めてじゃないけどな。見せるの」

「心の底からどうでもいいわその情報……ってかアンタ、顔はゴブリンみたいだけど尻はトロールみたいね……」

「それは初めて言われたな……」


 褒め言葉じゃないのは確かだろうな。ってかトロールの尻に注目したことがない。


「……本当の本当に、それ、『聖痕』なの?」

「見ればわかるだろ」

「本物なら、魔力流したら光るって聞いたんだけど?」

「なら、流してみろよ」


 ズイッ、と俺が尻から迫ると、魔女っ娘は後衛とは思えないような、驚くべき俊敏さで距離を取った。


「やめて! 近づかないで! 汚らわしい!」

「一理ある。しばらく風呂に入れてないからな」

「なんでアタシがアンタの尻に触んなきゃいけないのよ! 死ぬわ! それならいっそのこと! ドラゴンのブレスに焼かれて!」

「それほどか」


 流石の俺も傷つく。


「魔力流すなら、アンタが自力でしなさいよ! 何なの!? 性欲魔人なの!? いたいけな少女に尻を触られたいの!?」

「そういうわけじゃない。わかった、そこまで言うなら俺がやろう。後悔するなよ?」

「ハァ?」

「フンッ!」


 ケツに力を込める。


 カッ! と閃光。俺の聖痕が強烈な光を放った。


 目を灼かれた魔女っ娘が「ギャッ」と悲鳴を上げる。


「目が! 目が!!」


 転げ回る魔女っ娘。光属性だからな、聖痕。どちらかと言えば闇属性の魔女っ娘には効いただろう……


「おわかりいただけただろうか」

「失明しなくて良かったわ。最後に見たのがアンタの尻とか魂が腐れ落ちる」


 しばらくして、回復した魔女っ娘がげっそりとした顔で言う。


 ともあれ、これで証明できたわけだ。


 俺の聖痕は本物であり、すなわち俺は勇者であり、したがって俺の能力も本物。


 魔女っ娘は協力することになった。


「死ぬよりマシ、死ぬよりマシ、死ぬよりマシ……」


 目を閉じてブツブツと唱えながら魔女っ娘。なんでコイツが対価を払うみたいな雰囲気を出しているのか。


「よし! 来なさい!」


 正座して気合を入れ直し、魔女っ娘がバンバンッと膝を叩く。


「わかった。頼むぞ」


 頷いて寝転がり、膝枕に頭を預ける俺。見上げると目があった。魔女っ娘は馬車に轢かれて潰れたヒキガエルの死体を見るような顔をしていた。


 見つめ合っていても仕方がないので、俺も能力の発動を試みる。魔女っ娘の平坦な身体にすがりつき、


「ママ~!」

「ヴォエッ」


 吐いた。


 魔女っ娘が吐いた。


 吐瀉物のシャワーが俺に降りかかる。


「おいおい、ご褒美か?」

「ウッ、待ってッ、思ったよりキツい」


 一切の余裕がない顔で口元を押さえながら魔女っ娘。その両腕は鳥肌が立っている。


「なんかアンタの顔と……記憶の中のアンタの尻と……聖痕が重なって見えて……一気に気持ち悪く……」

「そいつは災難だな」

「他人事じゃないわよ!」


 ゴスッ。


 殴られた。解せぬ。


 しかし、いくら気持ち悪かろうが、生理的に受け付けなかろうが、試さなければ始まらない。いつまでもこの洞穴に隠れているわけにもいかないのだ。


 魔女っ娘が俺の「ママ~!」(すがりつき)に耐えられるようになるまで、十数回の試行を要した。さらにそこで、魔女っ娘は「よしよし、いい子でちゅね~」とオレを甘やかす必要がある。


「よ、よしよし……」

「……最後まで言え」

「……ねえ、これ頭撫でるだけじゃ駄目なの? アンタの脂ぎった頭撫でるだけでも大分キツいんだけど」

「俺の頭皮の問題はさておき、ダメだ。文言も必要だ」

「ええ……」

「お前だって術使うとき呪文唱えるだろ。それと同じだ」

「じゅ、じゅもん……」


 ある種のカルチャーショックを受けたらしい魔女っ娘は、それでも気を取り直し、


「これは呪文、これは呪文、これは呪文……」


 ブツブツとそれこそ呪文のように呟きながら、再び試みる。


「ママ~!」

「ッ……よ、よしよし、いい子、でちゅねー」


 耐えた。顔を引きつらせながらも、耐えた。


 俺の頭を撫でる魔女っ娘。しかし、不十分だ。


「……ダメだ。もっと滑らかに」

「……よしよし、いい子でちゅねー」

「ダメだ。もっと感情を込めろ!」

「感情? 何の? アンタへの殺意?」

「違う。幼子に接するように! 我が子を甘やかすように、愛情をだ!」

「あ、あいじょう……」


 愛って何なのかしら……などと哲学的なことを呟きながら、それでも魔女っ娘は気合を入れ直す。



 繰り返す。繰り返す。繰り返す。



 だがダメだ。能力は一向に発動しない。


 もはや俺も魔女っ娘も、半ば現実逃避の域にあった。ドラゴンの恐ろしい咆哮は絶えず響いている。現実から目を逸らさないと、正気を保てないのだ。


 しかし、これはキツい。


 なんだかんだ言って、俺も恥ずかしいのだ。精神的な疲労が半端ない。



 繰り返す。繰り返す。繰り返す。



 どれほど繰り返しただろうか。俺のメンタルが擦り切れ始め、魔女っ娘の瞳から光が喪われる程度に、発動の儀式を繰り返した。



(なんかもう……疲れてきたな)


 魔女っ娘の膝の感触に集中しようとしながら、俺は嘆息した。


 そもそも前世でも、今世でも――俺は両親と幼いころに死別している。


 親代わりの人はいたが、だからこそ、わからないのだ。母親がどんな存在なのか。


 このまま死んだら、どうなるんだろう。


 また、生まれ変わるんだろうか……


(まあ……それも悪くないかな)


 未練、というのはほとんどない。パーティーでダンジョンに潜るのは、それなりに楽しかったが。彼らも死んでしまった。


 唯一の生き残りの魔女っ娘も、自分と一緒に袋のネズミだ。


 これでだめだったら、もう、諦めるしかないだろう。


 魔女っ娘には申し訳ないが、俺は諦念に襲われつつあった。


「ママ~!」


 すがりつく。なんだかもう、疲れた。


 身を預ける。


 こうしてみると、衣を隔てて、魔女っ娘の体温を感じる。


 とくん、とくん、と静かな鼓動も。


(これはこれで……悪くはない)


 眠気すら覚えながら、俺はそこにやすらぎを見出す。


 ほう、と頭の上から、小さな溜息が聞こえた。魔女っ娘だ。


「よしよし」


 俺の頭を、優しく、手が撫でる。


「いい子でちゅね……」


 そっと、抱きしめられた気がした。



 嗚呼……



 なるほど……



 これが……バブみってやつか……



 俺は理解した。



 そしてその瞬間、光が弾けた。



「きゃっ、なっ、何!?」


 我に返った魔女っ娘が、びくんと身を竦ませる。


 スクッ、と俺は立ち上がった。


 全身に、力がみなぎっている。


 今ならわかる。『なぜ』俺は無敵になるのか。



 それは――『ママ』を守るためだ。



 彼女は、俺を甘やかしてくれた。守ってくれた。与えてくれたのだ。


 ならば、それを返さねばならぬ。



 静かに、魔女っ娘を見つめる。


「……行ってくるよ」


 洞穴の壁に立てかけていた剣を手に取り、俺は外へと飛び出した。


 身体が軽い! 信じられないほどに!


 一陣の風のように疾走する俺に、ドラゴンたちが気づいた。


「グオオオオッッ!!」


 歓喜の叫び。ようやく『狩り残し』を見つけたと言わんばかりに、ドラゴンが迫る。


 しかし、今の俺に敵はない――!


「邪魔だッ!」


 全力で、剣を薙ぎ払う。


 オギャンッ! と聞いたこともないような音を立て、衝撃がほとばしった。


 俺の眼前、ファイアドラゴンが、空中で真っ二つに引き裂かれる。


 何が起きたのか。理解不能な光景に、残り三頭のファイアドラゴンが硬直した。


「うおおおお――ッ!!」


 三度、振るう。


 オギャンッ! オギャンッ! オギャンッ!


 それは、新たなる俺の誕生を告げる、産声のように――!


 一切の抵抗を許さず、引き裂かれるドラゴンたち。



 ――やった。



 俺は、嬉しかった。



 自分が強くなったからではない。生き残れたからでもない。



「やったよ、ママッ!」


 俺は無邪気に笑いながら、振り返る。


 期待に、応えられた。大切な人を守れた――それが嬉しくて。


 洞穴の入口で、呆気にとられたように立ち尽くす魔女っ娘。


 目が合う。彼女は、口元に手をやり……



「ヴォエッ!」



 そのまま吐いた。



『子供みたいな甘えた笑顔で、明らかに正気じゃない俺が自分を見てくるのが尋常じゃなく気持ち悪かった』とのちに魔女っ娘は語った。





 それから。


 持てるだけのファイアドラゴンの素材を回収し、俺たちはダンジョンを引き返した。


 二人だけで戻るのは相当にキツかったが、途中で別のパーティーと巡り合い、彼らと合流してどうにか生還できたのだ。


 冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 深層へつながるテレポート・トラップの存在。(主にイケメンパラディンの)活躍を期待された新鋭パーティーの壊滅。そして突如としてもたらされたファイアドラゴンの素材。


 当然、どうやって生き延びたのか、という話になり――


 公衆の面前で聖痕を晒して、俺と魔女っ娘は能力を実演するハメになった。


 拷問かな?


 が、そうでもしなければ、パーティーメンバー殺害と素材の不法入手の疑いをかけられるところだったからな。


 ところが緊張のため、実演はなかなかうまくいかなかった。


 つまり何度となく繰り返しやるハメになったわけだ。


 拷問だった。


 ギルド長を含む、皆の眼差しが猜疑のそれに変わっていく中。


 妙な汗をかきながら、全てから逃れたい! もういやだ! という思いを胸にヤケクソになったところでようやく発動。


 俺と魔女っ娘は、どうにか身の潔白を証明できた。


 野次馬の中から、「アイツまじで勇者だな」という声も聞こえた。全くだよ。


「しかしなぁ……」


 街道を馬車で行きながら、俺は呟く。


「まさか、魔女見習いが『聖女』様になるとはな」

「アタシだって好きでなったわけじゃないわよ!!」


 俺の対面に座る魔女っ娘が、顔を真っ赤にして叫ぶ。


 今までと変わらず、魔女見習いの黒衣と三角帽子を身にまとう彼女だが、なんと、魔女ではなくなってしまった。


 というのも、能力発動のトリガーが彼女に固定されてしまったらしいのだ。ギルドでも試したが、他の女の子――どんなに可愛い子でも――に甘えてみても、俺の無敵状態は発動しなかった。


『刷り込み』と言って良いのかはわからないが。


 バブみを感じる対象として、魔女っ娘が聖痕に『認定』された可能性が高いのだ。


 そして俺の『無敵』の勇者の力を引き出せる唯一の存在として、彼女は『聖女』と祭り上げられてしまった、というわけだ。


「なんでアタシがこんな目に……」


 窓の外を過ぎ行く風景を、どこか恨めしげに見つめながら魔女っ娘。


 俺たちは今、王都へと移送中だ。久々の『勇者』の出現ということもあり、まあ色々とイベントが控えているのだろう。ここに来て俺は流れに身を任せることにした。国王の前で実演するハメになっても……うん……もう知らん。


「とりあえず、飴ちゃん食べるか?」

「いらないわよ!」


 賑々しく、馬車の旅は続く。




          †††




 後の世――




 巨悪に立ち向かい、無敵の力を奮った男を、人々はこう呼んだ。




 バブみの勇者、と――




愛が世界を救うと信じて――!




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年下に甘えられる悦びが感じられなくて残念
この世の地獄を見た…
[良い点] これは酷い。 笑い過ぎてしばらくしゃっくりが止まらなくなった。
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