「地下迷宮」
遅れてすみません。
始まります。
「やはり導師様は生きておられた。」
歩きながら、力強い声が言う。
「バランさん待ってよ!早いって!」
その後を小走りで追いかけてくるモナ。
その様子に「しまった」と苦笑いを浮かべながらバランは立ち止まる。
「ああ、すまない。あの方が生きておられたのでつい嬉しくてな。」
「嬉しくて置いてきぼりにされたんじゃ敵わない。」
それはそうだ、と頭をかきつつランプをモナに渡すバラン。
「何で私に渡すの?」
「こうしておけば、お前より先に進む事もないだろう?」
確かに・・・。
思いつつもモナは歩きだすが、フッと思いだしたように口を開いた。
「さっきの人って、何歳?」
「何だ?急に。」
バランは少し眉を寄せて聞き返しながらも、モナが何を言いたいのかにすぐ分かったのか、声は払い交じりで答えた。
「ライド様は今年で69歳になられる。」
「・・・嘘。どう考えても30代前半って感じの声だった。」
信じられないという顔が立ち止まって富士帰って来た。
ランプの明かりに照らされた顔に可笑しくて仕方ないと思いながらも、バランは再び口を開く。
「そうだな、私も初めてお会いした時・・・もちろん今より若かったが驚いたさ。身長さえ気にしなければ女性とも見まごう様な美男子が城の筆頭魔導師様だというのだからな。今だからこそ女性などとは思わないが、どちらにせよ美男だな。」
69歳で美男という言葉にモナは少し考える。
そして真顔でバランに向き直り指を立てて一言。
「美老人?」
「・・・何だ。それは。」
思わず黙った後うめき返すバラン。
そんなおかしな会話をしばらく続けながら歩く2人。
少ししてまた沈黙が辺りを支配した頃。
再び思い出した様にモナが口を開く。
「さっきの人、どのくらい前からシャルのそばにいるの?」
「何だ、急に。」
「いや何となく。」
モナが何を考えているのか分からないバランは思い出す様に天を仰ぎ立ち止まった。
それにならってモナも立ち止まり彼を見上げる。
「・・・私がこの城に入って10年になるが、あの方はシャルメリス様がお生まれになると同時に教育係に任命されたはずだ。」
「そんなに前だったんだ・・・。だから知ってたんだね。」
「何をだ?」
「シャルのお母さんが使っていた愛称をだよ。」
「・・・。」
「どうしたの?」
「いや。」
何でもないと答えながらバランは虚空を見つめる。
***
王女の母君が使っていた愛称を尊敬する導師様が知っていた。
ただ聞いていただけなら、生まれた時から教育係を務める姫の事で知らない事がなくとも可笑しくはない。
王女も導師様にひどくなついていたのだから。
しかし、その王女の母君の使っていた愛称である。
王女が言っていたというのだからその事実は間違いはないだろう。
だが、我々は導師様の近くに常にいたが知らなかった。
親子同士の呼び名だからともモナは言っていたがならなおさらなのだ。
何故なら、過去導師様が王女をその愛称で呼んでいるのを何度か聞いたことがあったのだ。
決まってお2人だけの時に。
おかしなことでは普通ならないのかもしれない。
ただ、いくら何でも相手は王女である。
そんな略称などは本来使用しないはずだ。
何より公の場や人前では1度も呼ばれたことはなかったはずだ。
国王ですらそんな呼び方をしているという話は聞かない。
まあ、国王はそういうお方ではあるが。
王妃ならそういう呼び方をすることがあったかもしれないとも思う。
それでも思う。
王妃が亡くなったのは王女がまだ3歳の頃だ。
教育係であったとはいえ、導師様が王妃様の前に行くことなどなかったはずなのだが、どうして知っているのだろうか・・・。
その可能性はとある噂を思い出させる。
それは、王妃様とライド様が恋仲だったというものだ。
正確には王妃に迎えられる前のという但し書きが付くが。
そして、その結果誕生したのが王女だったのなら?
そんな事を考えていたため黙りこくったまま歩く私にモナが肘鉄を入れた。
***
「バランさん、食うに黙って怖い顔してどうしたの?」
「え、あ、いや。何でもない。」
実際はなんでもなくはない。
だが、ここでモナに行ってもどうにもならない事であるし、もう王妃もおらず、ただ親しかったライドに王女が呼ばせているだけだと言ってしまえばどうという事もないのだから。
敬愛する導師様が不正を働いたとは思いたくないので気分的には嫌だが。
そんな事を考えているとモナが少し考えて口を開く。
「・・・融通のきかない生真面目って言われてるでしょ?」
「どういう事だ?」
「何となく人の事でも自分の正義感に照らし合わせて考えては、やっぱり違う!とか言って勝手に苦しんで良そう。」
「むやみな事を言うな・・・。」
図星だが。
だがそんなことはないという風に腕組みをして頭を振り視線を再びモナに戻すと、そこに彼女はいなかった。
驚き慌てて辺りを見回すと少し先にランプと光としゃがみ込んだモナの背中が見えたので駆け寄った。
「どうした?」
彼女は何かを見つめているようだ。
何を見ているのだろうとしゃがもうとしたバランだったが、不意にモナがしゃべりだした。
「バランさん、オーブで白いのってどんな意味があるの?」
急な話ではあった。
しかし、その内容があまりにも唐突なものであったために1拍おいて口を開いた。
「白いオーブなどあるはずがないだろ?」
「でもここに・・・。」
モナも間髪を入れず言い返して足元を指さす。
そこには・・・。
「白い・・・?」
モナが持っている度のオーブより小さいが、確かに純白の正六面体の意思が転がっている。
馬鹿なという思いにバランも固まるが、その石をモナは拾って手の中で転がした。
そのまま立ち上がる。
正確には立ち上がろうとしたが途端に空洞全体が揺れ始めたのだった。
「な・・・何!?」
「どうして維新なんか・・・!モナ!」
「え?うわあ!?」
ガランという音がしたと思ったらいきなりモナの足元が崩れ落ち、そのまま転がり落ちていく。
同時に崩れて出来た穴の上に瓦礫が積もっていく。
「・・・モナ!」
ドガッドガッドガッ
慌てて後を追おうとしたバランの前に大きく崩れた天井の一部が刃となり行く手を阻んだ。
最後の大きな瓦礫が1番近くに落ち、それを機に揺れも止まった。
「・・・モナ?」
瓦礫をどけつつ、やっとの事で立ち上がるバラン。
本人は出来るだけ声尾出したつもりだったが、舞い上がった土煙を思いきり吸い込んだらしく声が出ていない事に気付く。
それでも小さな同行者の姿と返事を求めて立ち上がる。
「モナ!」
やっと出た声もむなしく響き、視界を遮る土煙が収まり最後に彼女のいた方向を見て進もうとするがおかしな事に気付く。
彼女との距離はもう少しあったはずだが彼の前には崩れた瓦礫が道をふさいでいる。
「・・・そ!」
舌打ちして周りを見回すと、かろうじてまだふさがれていない道。
道とはもう呼べない様な隙間があったのでそちらに歩き出した。
時は少し経過して先ほど崩れた通路の下。
どうやら別の通路があったらしく、そこにモナがうつぶせで倒れていた。
「・・・ん。」
ピクッと方が動いた。
続けて頭が動き顔を上げた。
あれからどれくらい経ったのかと起き上がって辺りに視線を巡らせ自身の身体を見下ろす。
所々に多少のかすり傷はあるものの怪我という怪我もしていない。
意識を失う直前の記憶をさかのぼるに、あれだけ激しい落ち方をしてよくこの程度で済んだものだと思いつつ立ち上がってみるが特に支障はない。
「・・・あ。」
自分が落ちて来たと思われる場所に目をやるモナ。
フラフラと近寄って見上げる。
「これは登れない。」
そこは、そこまで急ではないが上るにはきつい斜面になっていた。
サラサラな砂で出来た斜面だ。
ここを転がり落ちたからこの程度の傷で済んだのだと思うと同時に、その上に続く穴が瓦礫でふさがってしまってる為出られない事も同時に理解する。
「・・・まずい、に決まってるか。」
言いながら回れ右をしてみると、今度は目の前に信じられないものが映った。
「ドア?」
崩れた瓦礫に埋もれるように人工的な壁があり、そこにドアがついていた。
自身のせいで半開きになっているようだが近付いて引いてみると難なく開いた。
「どうしてこんなところにドアが・・・?」
何とも不気味だと思いながらも、注意深く周りを気にしながら中に滑り込む。
さぞ埃っぽい部屋が続いているのだろうと内心うんざりしながら。
だが、その想像はある意味いい感じに裏切られた。
「・・・え?」
まぶしく、きらびやかな豪華絢爛としか言いようのない、どこぞの貴族の邸宅の一室を思わせる室内が広がっていた。
何だこれ?
もはや引いてしまうくらいには別世界だ。
まずおかしいとしか思えない。
間抜けに肩を落とし中を進むモナ。
家具も絨毯も何もかもが業者な内装を見回しながら中央辺りまで来てみる。
そこには先ほどの地震で落ちたものと思われるシャンデリアが無残な姿で飛び散っていた。
「勿体ない?かな?」
価値が良く分からないが、たぶん高そうなガラス細工の残骸を前に頬をかく。
同時に他に何か使えそうな物や出口はないのだろうかと視線を巡らせてみると、奥の方に3つのドアが見えた。
すぐさま右から順に開いてみると、広い浴槽、小さな厨房と並んでいた。
2つ目のドアを閉じながら再び室内を見回す。
「生活してたのかな?こんなところで。」
処罰の場である地下迷宮で?
そんな馬鹿なとも思うが壁際に天蓋付きの豪華なベッドがある。
生活用品や調度品も随分充実しているように見える。
普通は考えない事だが、モナも地下暮らしだった為そんな事を考えつつ最後の扉を開き、固まった。
最初は何の部屋なのか、いや今も分からないが他の部屋とは全く違う事は確かだった。
部屋は円形で天井は高く、そして随分広い造りになっている。
部屋の向こう側には木製のドアが2つ見えるがそんなことは今現状から考えたどうでもいい。
問題は部屋の中央にある天井に伸びる『柱』である。
モナは恐る恐る近づいてみる。
近付くたびにあの耳障りな音がする。
これはそう、あの謁見の魔の扉を覆っていた触手の様なもので、今は目の前の『柱』がそれであり鎮座して静かに脈打っているのである。
「何でこれがここに?」
よく見てみようと一歩踏み出すと、次の瞬間「ビュッ」という音と共に触手が飛び出してきたのだ!
「うわぁ!?」
素っ頓狂な声と共に尻もちをつき後づさりながら手に触れた瓦礫を投げつける。
ガッという鈍い音を立てて『柱』にぶつかり、同時に『柱』が脈打ち始める。
「な・・・何?」
訳が分からないがとにかく離れなくてはと後づさり続ける。
だが、少しの間その様子を見続けるが脈が強まる以外の変化はない。
「・・・。」
気味が悪くなったモナはとにかくそのままゆっくり立ち上がり、『柱』から目を離さない様に後ろに歩きながら近くの扉に入った。
何だかおかしなバランさん。
敬愛する上司が不倫。
人の事情にも動揺する融通のきかなさは国一です。
そしてモナが達観しすぎですね。
地下の部屋は何なんでしょう。