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店主は護衛と日常を満喫したい  作者: 白縫 綾
2:護衛のお仕事
8/11

護衛、提案する


ちょい短めです。



 ――それは、『夢』だった。



 彼が彼女が、互いに連れたって歩いた行き先。

 偶然にしてたどり着いた、終点かもしれない所。あるいはまだ果ての見えない、通過点に過ぎない場所。

 自由にできない生活に終わりを告げれることが、彼女の『夢』であり、彼の望みだった。


 ――彼が現ではない中で見たのもまた、『夢』だった。



 かつて辿った道のりのかけらを振り返るように見たのは、その時を思い出させるようなことがあったからなのかもしれない。目を閉じれば、気まぐれな黒猫の、尾を振っているのが浮かぶようだった。


 しかし、一方でけれども、と思いなおす。

 刹那のうちに繰り返し見たいつかの光景は確かに過去。その時に起きたことを実際に再び体験するわけではない。

 そうであると分かっているから、心の中で浮かんだそれは遠い日の出来事なのだと認めるしかない。

 ……逆に言うなれば、それ以外に何ができるというのか。今更こんなことを夢に見て、彼女への忠誠を改めろとでもいうのか。


それは、無理な相談だった。


 不意に出てきたあくびを噛み殺しながら、レオはそんなことを考える。

 隣には主たるスティナが、その更に隣では魔術師クロークが並ぶようにして座っていた。

 黙々と昼食を口に運び、微かに聞こえるのはそれに挟まれていた野菜が時折立てるしゃくしゃくという音だけだ。


 特には喋らず、しかしだからこそ何も変わることのないような、ゆっくりとした時間。時の経つのが遅く感じるのは日差しが暖かい、というせいでもあるのかもしれない。

 もう昼になるのかと、真上で照り付ける太陽に目をすがめながら、先程受けとって、すでに半分ほど胃の中に入った手元の食事に目を落とす。


 あまり出歩かない彼女の一日の行動パターンの限りをレオは知っていた。そしてそのパターンの一つである『こういう時』の大抵は、彼女は大体三大欲求の一つたる食欲よりも読書欲なるものを無駄に発揮するのだ。


 別に、前提として時間を区切る人がいれば、問題はないのかもしれないが……こういう時というのは――レオが強制睡眠させられている時、つまりは、時間を区切る彼が眠るのが問題であって。他に従業員もいない『無限書巻』では、どうすることもできない。


 先に昼食を用意していればいいといっても朝早いうちは店も開いていないし、眠気の元凶も突発的に起きるものだからあらかじめ準備をしておくことも難しい。

 いつもなら、本を読み耽る彼女から一瞬だけ目を離してダッシュで食べ物を買いに行くのである。この日は偶然にしてクロークがやって来たからしなくてもよかったが。

 ……放っておけば最低限の生理現象以外動こうとしないのではないか、というのはその魔術師の言だ。

 さすがに付き合いも長いといえる程度になると、スティナの性格を理解できるようになるらしい。


 もそもそと、まだ本調子とはいかない頭のまま手の中のそれを口にする。



「………………」



 つい前まで横たわっていた縁側で、今度は座る形で庭を眺める。

 陽光の中で微かに立つ土埃がきらきらときらめきながら漂っているのが見え、微風ともいうべき小さな風は、それでも涼しげに各々の髪を揺らしていた。


 それに身をまかせ、誰も何も言わないままでいるのは、元々喋るような気質ではない三人だからだ。

 けれどそれでも、少なくともレオにとっては。嫌な感じではないと言えた。



 ――それこそが主たる彼女の求めているもので、それを彼が否定することはないのだから。






~護衛、提案する~






 食べ終わると同時におしぼりを渡され、咄嗟に相手の顔を見やったレオは直後に少しの後悔を感じた。

 そのかいがいしさは、そうなるだけの素養というかあったにせよ、望んでそうなったわけではないのだろう。

 魔術師という馬鹿どもの巣窟によって培われたものとはいえ、いっそ他の接客業にでも転職すればいいんじゃなかろうか。……もっとも、今のクロークになるきっかけを施したのが、いくら普段がダメ人間とはいえ魔術に関しての見識なら尊敬すべきである領域に生きる者――かの【魔術神】に愛されし『神子』なのだ。もう手遅れとも言える。

 なにせ、間髪入れず差し出される手際のよさは、手慣れてしまう程度にはそれを繰り返したというのが見て取れた。


 ――仕える者でないはずの彼がこれ程になるのだから。レオが同情混じりの哀れみを向けてしまったのも仕方なかったのかもしれない。

 レオのようにそれこそ、本質を『仕える者』として定めている者ならば普通のことではあるが、そうではない者がやる行動にしては、少々度を過ぎているようにも思える。

 そのかいがいしさがスティナ限定であるのは言うまでもない彼からすれば余計にそう見えた。


 彼の場合、主たる彼女に対してそうすることを忌避感なくできる忠誠があるから成せることだ。そもそもスティナでなければしないだろうし、面識のあるとはいえ他人にそうしようなんて性格もしていなかった。


 その点、この魔術師はレオよりはるかにお人よしなのだろう。甘い、と断じてもいい。

 一度懐に入れてしまえばもう最後まで面倒を見てしまうようなそれは、およそレオとは無縁のものだ。

 レオならば絶対とする主人以外を、いざとなれば切り捨てることを厭わないだろう。たとえ良好な関係を築けていたとしても、だ。


 けれどそんな彼でも、世話を焼いて報われないのでは優秀な魔術師がなんだかかわいそうに見える――と考える程度には気を許していた。



「あぁ……クローク、本返してね」


「礼の一つくらい言え怠け者ニートが」


「製作者だからって侵入を防止するのを目的とした結界を破っていいものじゃないよ」



 もっとも、主人の最後の言葉にそのかわいそうだと少しでも思ったのもものの見事に吹っ飛んだのだが。



 「それに普段はこっちが食事エサを与える側じゃないか」――という言葉に確かにそうだと頷きつつ、レオは心なしか冷たい気配を醸し出してクロークを見つめた。

 そうしながら、頭の中では自分が寝ている間に起きたことに大体の想像をつける。


 それならば、店を閉めているにもかかわらず寝起きにこうしてクロークと顔を突き合わせるのにも納得がいった。



「……心配しなくても、基本五大属性を同時展開しなければ綻びは作れないようにしている」



 レオの眼力に負けたのか、それとも不穏な空気を感じ取ったのか。若干引き気味な体勢になりつつそう付け加えたクロークは、「それを出来るのが近くにいるから問題だよ」と今度はスティナに返されてあっさりと撃沈した。

 事実としては、そもそも適正のある属性として揃うことすら稀であるのに、そんな芸当が出来る者はほとんどいるはずがない。

 それと同時に、どんなに複雑であっても製作者が己の作り出した術式を解除できないなんてことはありえないのだ。


 綻びのきっかけを含むものはいずれは滅び去る運命にあるように、それもまた人の手によるもので。紡がれた術式に継ぎ目があることは半ば必然である。それがない、というのならばそれは――



「私にそんな、神の御業のようなものが作れたなら商品にはしていない」


「いや、別に商品にケチをつけてるわけじゃないんだけれどさ」


「当然だろう。こいつは良作の部類だ」


「私もそれは認めてるよ……言いたいのはね、自分の作品を否定する行動は慎めということだ。何より勝手に解除なんて、私の肝が冷える」



 それだって家の中にいる限りは心配なんてないし、なにより君が私に敵対するような理由がない。性格からしてそんなことが出来るとも思えないのだ。

 そんな言葉を飲み込んで、スティナは護衛にちらりと目を向けた。彼女の視線を受けて何も言わずながらも冷たい気配を収めるのが渋々とした風に見え、少しおかしな気分になる。

 クロークの言う『神の御業』は思いもよらないほど近くで気づかれぬまま、今もなお発動し続けているのだから。それが反応せずにいるのは、クロークに悪意がなかったという何よりの証拠。


 守りのための結界を大した理由なく解体したので、自業自得ではあるが、彼の、少し自重すべきだった行動にしてもそこまで目くじら立てるようなことじゃないのだ。

 その性格を完全に把握しているくらいに気を許しているわけでもないのだが、それでも――こうする程度には分かっているつもりだった。



「次からは一言入れよう」


「できれば次がなければ嬉しいんだけど?」



 レオはそんな二人の様子を視界に入れながら……いまだ胸の中に燻る火種を踏み消した。スティナが今無事であるし、何より楽しそうだからいいか、と思ったのだった。

 そもそも、クロークではない、こうなった元凶こそが――かの主に対するという、わざわざ竜の逆鱗に触れることをした愚か者なのだから。



「レオ」


「……はい」


「どうかしたの」



 何か感じたのか、相変わらず勘の鋭い様子で唐突に聞こえるような不自然さで尋ねてきた彼女に、つられるように見てきたクロークと目が合った。すぐに逸らしてから、既に慣れた調子で返す。



「午後、出かけましょう」


「……まあ、午後から店を開いてもね」



 大体は自分のせいなのだが、そう呟いて、スティナは本を返すタイミングを図っていたクロークから素早くそれを奪い取った。


 取られた側ががら空きになった手で憮然としたのは言うまでもない。



過去の出来事=レオが膝枕されている途中に見た夢。

それが、その日の寝不足の原因に酷似していた、という話。

ややこしくて申し訳ありません。




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