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店主は護衛と日常を満喫したい  作者: 白縫 綾
2:護衛のお仕事
6/11

護衛、仕事をする

今章は時系列が少々複雑かもしれません。

この~護衛、仕事をする~は二人が街に来てそれほど経っていない時になっています。

あと、あまり日常ほのぼの系ではない今章ですが、書かなければならないところでもあるのでどうかお目こぼしをして生温かい目で見て頂けたら幸いです。

 その場所で彼女は、横たわっていた。


 規則正しい寝息、くすんだ金の髪は無造作に寝台の上で無造作に散らばっている。

 目は閉じられ凪いだ海のような深さを持つ碧も見えず、すぅすぅと音を立て眠っていた。


 暗い室内。ぼんやりとした月明かりだけが照らす室内はひどく殺風景だ。

 書痴にありがちな、見渡す限り部屋を覆い尽くしてしまいそうな程、床から積み重ねたうずたかい本のタワーが無数にあり……ということがあるわけでもない。

 少々手狭な部屋に小さな衣装箪笥、そして今正に彼女が眠る足の短い寝台があるのみである。


 スティナ・バーリエルは、おおよそ女性が生活する部屋とは考えられない程には身の回りに無頓着だ。まるでいつでも引き払うことが出来るような小綺麗さも、空間魔術を使える彼女だからこそ出来ることなのだろう。

 もし空間魔術を使えなかったら、なんて話はしても意味がない。

 その力が必要であると感じた彼女が、偶然(・・)にして発現した、というだけの能力である。



 すぅ、と立てた寝息と共に彼女にかけられた布団がわずかにしぼんでは膨らんだ。それは護衛をつけているといっても余りある程に無防備な姿だった。

 こと室内に限って彼女が害されるのはないに等しいと言ってもいいから。それゆえの一人きりの護衛であり、実際それでやりくりしてきた。スティナも現に今も、安眠を享受できている。

 鎮守という、下位ではあるが神の一角を担うモノの聖遺物が原因……とはいえ、彼女を知る人間が少ないというのも一端の一つであるのだろう。

 スティナの存在を町の人々は一応認知しているが、本屋などまるで縁がない。客として来るわけでもなく、たまに話したかと思えばそもそも何故本屋を開こうとしたのか聞かれる始末だ。



 ――単純に、本屋は儲からない。



 本はそこそこ値が張る商品であれど、それを読む者が限られている。

 市井に居を構えるのは、そのハンデを負ってなお繁盛する店かあるいは、売上自体に興味を持っていないかのどちらかであった。

 もちろん圧倒的に後者に属するはずの『無限書巻』ではある――むしろ意図しているともいえるだろう――が、それでも完全に人と交流していないわけではない。普通に本を求めることもあれば、また、招かれざる客というのもやって来る時にはやって来る。


 その時、狼獣人の彼は持ち前の感覚の鋭さで、聖遺物の張る結界が揺らぐのを感じ取った。


 言わずもがな、彼女の護衛たる剣士、レオ・ウルリクである。


 頭をもたげ、耳をぴこぴこ動かし、背を預けていた壁から離れる。

 枕元の剣をつかみ、息を殺してスティナの部屋の前を通り過ぎた。






~護衛、仕事をする~






 居住スペースを抜け店内に顔を出せば、侵入者は既にその場……出入口の開け放された扉の付近で見えざる魔術に縛られ、のたうちまわっていた。

 もちろん、聖遺物が正常に作動した結果であり、その強度は身体能力で破壊できず、また高位魔術師をしても解除できるか難しい、という具合である。どんな手練れであろうと、『スティナに害を与えるであろう存在』である以上は逃れることができないようになっている。



「愚かな」



 歩み寄り、やや乱暴に、開きっぱなしの扉を閉める。

 扉を開け中に入った瞬間に『敵』と判定されたのだろう。

 これでもう、外からこちらの様子を知ることは出来なくなる。

 そうして、主たる彼女の前では到底出さないような低い声で、レオは唸るように呟いた。



「たとえその拘束から抜け出せたとして――俺がその先を行かせるとでも?」



 スティナの命が狙われることといえば、今でこそあまりない。

 彼女自身が余計なことをせず、息を潜めるように生きているからだ。


 何より、狙われてもスティナの場合、その有用性は生きていなければ意味がないのだから。

 今回のようにスティナの死を目的としているであろう場合、その侵入者はつまり彼女の付属品たる一人の従者――レオ・ウルリクを目当てにしている。


 何故第一級ともいえる力を持つ男が、何の取り柄もないような本屋の店主の護衛をしているのか、彼の主に相応しい者はもっと居るのではないか――


 当人(スティナ)達からすれば、余計なお世話だと毒づきたくなるような話である。

 彼にとって、己を手に入れるために彼女を殺すなど、決してあってはならないことなのだ。もしそうなったとして、レオがその計画に関わった全てを根絶やしにするだろう。

 狼獣人の忠誠とは、そういう類のものだ。


 それでもなお暴れ抵抗する、黒ずくめの暗殺者であろう人間に、ぴたりと剣を突き付ける。レオの目の、柔らかい印象を与えがちな琥珀が刃よりも冷たい殺気をともなって鋭く見据えていた。

 少年の幼さをわずかに残しているが、およそその年齢に相応しくない経験をしたことがあるのは明らかだった。

 侵入者の動きが止まる。顔を覆うマスクから唯一出る目はその殺気に圧倒されたように、ようやく怯えを浮かべた。

 静かに、けれども鋭く、言葉を紡ぐ。



「静かに去れ、我が主の眠りを妨げるな。そうして雇い主に伝えろ」



 ――それでもなお危害を加えるなら、俺が貴様の命を絶ちに向かうと。



「我が主は争いを好まない、故に貴様が再び俺の前に現れないことを願おう」



 ただし、と、そこで牙を見せて獰猛に笑った。

 そうして暗殺者を縛る不可視の拘束を断つように振るう。



「また見えるならば、そんなこと考えたくもないがな――次はない」



 その言葉を最後に、もう用は済んだとでも言うように。踵を返して奥に戻っていく狼獣人の背を見つめながら、けれども侵入者は追うことをしなかった。

 否、正確には出来なかった、の方が正しいのだろう。


 店の主(スティナ)への敵対心や害を及ぼすような行動に反応する結界も、何にも反応を示さない。



「…………」



 突き付けられた剣の切っ先とこちらを見下ろす、厳しいと評すには冷たすぎる視線。

 自身が図らずも膝をついてしまったこと、一瞬でも相手(レオ)を恐怖してしまったことに、既に心を折られてしまっていたのだ。




 そんなことがあったとは露知らずにいつも通りにスティナはぱちりと目を覚ました。

 まだ空がほの暗い、という時間だ。起き上がり、伸びをする。

 目覚まし時計などは手元にはない。どちらかと言えば寝起きはいい方で、ある程度眠れば自然と起き上がれるタイプだった。


 頭に手をやり、指で少しだけ髪をくしけずる。僅かな絡まりを発見、後でいいかと放置して、ベッドから降りた。

 とりあえず寝間着のまま廊下に出て、居間へ向かう。庭に面する窓から、彼女の護衛が早くも運動しているのを見つけ、おや、と思った。

 この光景はいつものことだったが、それにしては何か、普段より張り詰めているような……そんな雰囲気のように思う。

 集中している彼の邪魔をしないようにそっと窓辺から離れて、スティナはポットを手に珈琲を煎れた。昨晩、この時間に湯が沸くようにセットしておいたのである。


 カップに口づけながら、護衛の様子を見守る。スティナには武術なんて無縁の話だから、それについて『素人目から見ても奇麗だ』くらいにしか思っていないし、技術についてどうこう言えることもない。

 ただ、何か(・・)起こった時、その剣技で守られるのだろうな、と考える程度である。


 開けられた窓から微かに風が入り込む。

 ゆらゆらとカップの水面を揺らめかせ、スティナは目を細めてそれを飲み干した。

 テーブルに空になったのを置き、台所に立つ。時間からしてあと十数分。それまでに手早く朝食の支度をした。前日に下ごしらえはしているので手間もそれほどはかからない。



「おはよう、レオ。時間通りだ」


「おはようございますスティナ様」



 準備していたもう一つのカップを、開けた窓越しに差し出した。剣を納めたレオは近くまで歩み寄ってそれを受け取り、呼吸を整えてから口をつける。

自分の二杯目を注ぎながら護衛の様子を見ていたスティナは口を開き、その尋ねに、彼は動きをわずかに止めた。



「夜、何かあったかな」


「…………いえ。どうかされましたか?」


「何となく。お前の雰囲気が少し違う気がしてね」



 大した理由もないけど、そう言う彼女に内心驚きつつも、顔には出さなかった。

 常々思うことではあるのだが……彼女はこう、何と言うか、鋭すぎる。『加護』ゆえ、というのもあるかもしれないけれど。

 ただまあ、彼女の疑いを確信に変えるのは自身の命にかかわることに限るのであって。いかに当たりやすいとはいえそれは勘の範疇を抜け出さず、そのことにほっとした。



 ――それは、彼女が被る被害がないか、あっても気にならないほど微々たるものであるという未来だ。



 レオは夜のことを言うつもりはなかった。

 いずれ知られることがあるのかもしれないけれど、いくらかは知られないままでいたかった。

 こんなことに彼女を煩わせるなどもっての外なのだ。

 自分の落ち度でもある――対処をきちんとやり遂げず余計なことを起こすようにしてしまった、自分の。


 仮にも暗殺者として生きてきたものの牙を折ったのだ、しばらくは来ないにしてもいずれまた似たようなことは起こるだろう。


 犯人は何となく見当がついていた。

 時折金稼ぎに訪れるギルドで一度、ある貴族の直属になれと言われたことがある。

 そういう話はたまにあるそうで、優秀な者に唾をつけておくのだと受付嬢が言っていた。もちろん即答で断ったが。

 何だかその貴族の娘が断った瞬間にひどい形相でこちらを見ていたような、いなかったような。大方主がいるならその主がいなくなればいい、とかそんな考えだろう。


 気のせいならいいんだ、とスティナは頷きおもむろに皿に盛ったパンを一つ取る。立ちながらそれをかじり始めた主に「俺ももらいます」とレオも手を伸ばした。

差し出された皿から一つ取り、手を洗い忘れたなんて思いながらも咀嚼する。



「まあ、あったといえばありましたが……少し嫌なものを見たくらいですよ。俺もあまり気にしてません」


「ふぅん……夢、とか?」



 主のその問いに、けれどもあいまいに笑って答えず――受け取り方によっては肯定にも見えるかもしれない――、それ以上の話を打ち切るように室内へ入った。

 嫌なものを見たのは事実、それが夢でないのも本当のことだ。気にしていない、というのもまあ被害がスティナに及ばないならどうだっていい。


 その行動をどう捉えたのかは分からなかったが、それ以上彼女が追求することはなかった。



「おかずも出来てるから少し待ってて」



 終えていなかったのは盛りつけだけであった。

 一つ目のパンの最後の一欠けらと飲みかけの珈琲のカップを片手にレオは席について、大人しくスティナの様子を見守った。かつては危なっかしかったそれも、『加護』無しとはいえ慣れの速さが勝ったのか手慣れたものである。



「ありがとうございます」


「私に出来るのなんてこれくらいだからね」



 レオの向かいに座り、うっすらと微笑んでスティナはサラダをつつきはじめる。

 それに習い、彼もとりあえず手元のパンを食べることにした。





* * *






 食事を終えて。



「…………」


「レオ? そんな難しい顔しなくてもいいよ」


「しかし、……」



 新聞を取りに行ったレオが、それと一緒に一枚の紙切れを持って来ていた。

 二人並び、一人は渋い顔で、もう一人は無表情でそれを眺める。



「へえ。これをやった人はなかなか暇なようだ」



 スティナがぴらり、とそれをつまむが、すぐに護衛に取り上げられる。

 どこから出したのかハンカチで、つまんだ指をごしごしと拭かれ、なされるがままになりながらも過保護だなぁ、と呟いた。



「当然のことをしたまでです! 貴女が汚れます」


「そんなに?」


「俺のせいでもあるのですから」



 はらはらと舞うそれを、叩き潰すようにがん! と踏みかかとをぐりぐりと押し付けるレオに、肩をすくめる。



「気にしてはないよ」


「俺が気にします」


「と、いうかね。慣れてきた、といえばそれまでなんだけれどさ……実害もほとんど無いんだから」


「……すみません」



 尻尾の毛をぶわっと膨らませたり、耳をへちゃりと萎びさせたり、忙しそうに変化させるくせに足元の動きは変わらず、スティナは面白そうにその様子を見つめた。



 これは彼女も知っている、単純にスティナへの嫌がらせだ。

 魔貌と言うほどの美しさはないにしても、美形ゆえの被害である。

 それが主人と護衛という間柄であっても――年頃の男女、しかも顔の整っているならなおさら、一つ屋根の下で同居しているのは誤解を招きやすい。


 夜のとはまた別口、しかも割と頻度も高い……が、わざわざ今日でなくてもいいのに、とレオは呻きたかった。

 確実に気にしてないとはいえ、彼の最上とする彼女(スティナ)に害なすような者を一体何故好きになれるというのか当人に尋ねてみたいものである。


 ぐしゃぐしゃになってしまったそれを拾い上げる。『呪』やら『怨』やら果てには『殺』まで、とにかくそんな文字が狂ったように埋めつくされているのを見るのは気が滅入る。


 何せ、彼が幼少期、そして少年期の半ばを過ごした山奥の故郷の群れではそんなの(ルックス)は関係なかったのだ。

 自然やその他悪意あるものが相手であったゆえに、実力が第一。町に生きる、平和ぼけしてしまったような獣人とは価値基準が違う。

 更に言うなら、少年期に出会ってから今まで仕えてきた主は怠惰で不真面目な無表情の代名詞――クロークはそう評していた――スティナである。


 要は、彼のその容貌に擦り寄る人間など成人するまで全くもって皆無だったわけで。



「大丈夫?」


「……対処しておきます」



 なかなか慣れないものなのである。

 そういう経験をするようになったのは大抵がこの町に来てからだから。

 主に心配させないようにそう言って、レオは深くため息をついた。


 これからのことを思うと気が重い――これでさえ精神的にやられるのに何せ、まだ言ってないことがある。悪趣味な手紙だけで収めてほしいものだ。


 営業妨害だと声を大にして言いたいのだが――常日頃から閑古鳥が鳴いているという事実は別としてである――客用出入口に動物の死骸を置くのはいただけないと思う。

 小さいからまだ良かったのだと、とっさに鼠の死骸を庭の隅に放り投げ、スティナの視界に入らないようにしたのは正解だったろう。典型的な嫌がらせとはいえ、スティナに血を見せたくはない。



「開店の準備をしてきます」


「ん……私は食器の後片付けをしておくよ」


「お願いします」



 外はまだ白みはじめたばかり、喧騒はなく静かなものだ。

 人通りが多くなる前に入口付近の地面に付着した血も落とさねばならなかったし、あのネズミも埋めてやらねばかわいそうだろう。



 ……本当に、こんなことをやられても対処するのが自分では意味がないだろうに。



 そう思いながら、店となっているスペースに足を向けた。

【狼獣人の忠誠】

その忠誠は種数多い獣人の中でも随一であり、主に不利益なことは排除する性質を持つ。強力な味方にもなりうるが、忠誠を勝ち取ることは困難で、また、その忠誠を誓う者も少数である。

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