猫は何処でまどろむか
※ヤンデレ注意。
※やや残酷描写?
たくさんの動物が埋まっているその場所には、ちらほらと野草が花をつけている。
そこをじっと見つめている護衛に、何が埋まっているかを知らない主人が草抜きでもするの、と声をかける。
少しだけ振り向いて、答えた。
――……そのままにしておきましょう。綺麗ですから。
――なら、そうしておこうか。
確かに綺麗だし、と言うのに頷き、目を細める。花を介して見ているものがあるのだろうと察して、何も言わず、スティナは一人本に目を落とした。
~猫は何処でまどろむか~
アンバーの泊まる宿から魔術陣を使って自宅に戻ったすぐ後のことだった。
すぐに読書に戻る本好きな主が、完全に物語の中に没する前思い出したように顔を上げた。
「もう眠くないの?」
店番じゃなく単に居住スペースでこうするのに膝の重みが無いのは、どこか変な感じがした。
レオがこちらを少し気まずそうに見て躊躇うように答える。
「少し別の用事を」
「そう」
納得して、頷くのもまあ、彼女が一緒にいたら火に油を注ぐようなものだから一人こうしているしかない。
何となく変な面持ちになりながらも――それでもほとんど変化はないのだが――スティナは護衛に対して気にしなくていい、と頭を振ってページを開く。護衛は気が滅入って思わずため息をついた。
運悪く、いわゆる嫌がらせ、が同時に二方向から来ることがある。体が成長し、睡眠時間を調節出来るようになったにしても負担は負担である。
頻繁に、とも言い難いが、とはいえ。少ないわけでもないので困るものだ。
それはレオだったり、アンバーだったりするが……だいたいは一方通行で、度の過ぎた好意と、勘違いによるものだ。
レオ・ウルリクはそれなりに整った顔立ちをしている。
薄い茶髪に琥珀の瞳、百八十センチは超えているであろう長身。
ついでに言うなれば、アンバー・ブラウンという変装の賜物たるもう一つの姿も持っており、その色彩ゆえに何故か容貌が数割増しによく見えたりする。
知名度からして後者の方が圧倒的にファンというかストーカーというか――とにかくそんなものが多い。しかし、それでも同一人物である彼ら二人には隠しきれない共通項が存在した。
彼らは、否、彼は忠義を重んじる男である。
もとからの性格もあるのだろう、今では廃れているが確かに存在する種族特性故に。その忠誠を尽くせる主を持っていた。
スティナ・バーリエル。
諸々の事情があって彼女を主とし、その身を守り通す。出会いこそ偶然。しかしその忠誠を受け入れ、彼の望む限り、そしていつしか彼女もそれを頼りにした主従関係を築き上げた。
彼女は彼を信頼し、彼は彼女の信頼に応えた。
彼は彼女を守ると言い、彼女はそれを受け入れた。
そこにあるのは信頼。忠義を捧げ、またその忠義に応える主と護衛の、いっそ清廉ともとれるその姿。
ただひとつ問題だったのは。
そのただ一人に尽くす彼の在り方はおよそ時代にそぐわないもので、人を大いに引き付けるような魅力があったということだろう。
「……ああ、彼こそが私の……」
✥ ✥ ✥
音もなく出て行った護衛――曰く、準備であるらしいが――に、本から顔を上げて改めて、その姿がないことを確認した。
――時間の無駄だし、労力の無駄だ。その間に読める本があるだろうに。
スティナ・バーリエルは、自分に向けられた悪意をそう、再評価してため息をついた。
もし直接それを被ったとして、彼に非があるというには少々穿ちすぎているだろうからだ。不可抗力としか言いようがない話である。
それに、スティナはあまり気にはしないしそもそもそのことを考慮していないが……彼女自身、そう誤解される程度には魅力的な女性である。
やや癖のある金髪はゆるく波打って腰あたりまで広がり、その様は豪奢に見える。生白い肌は妙な艶っぽさできらめく髪色を更に際立たせ、顔の造形もどちらかといえばきつめの美形。基本的に無表情、そしてあまり感情を読み取れない深みのある碧眼はどこかミステリアスにも見え、人の目を引く。
しかしそれ以上に目を向けざるをえないのが、女性の象徴といえる二つの頂。動くとなかなか重量を感じさせるそれがまあ揺れる。
被害者一号を自称するペトカに言わせれば、それに微塵も興味がない男はいない。もしそうだとしたらそれは紳士を自称する変態か幼児趣味、不能のどれかだろう、とのこと。
「……ま、いいか」
自分が普段どんな目で見られているかなんて露も知らず――正確には興味がないだけで、しかも気づいていないからだが――スティナはレオがどうにかするでしょう、と一瞬でも悩みかけた考えをぽいっと彼方に放り投げた。
彼女はそういう人間である。見栄えなど気にしない。
しかし実態を知らない者から見れば、果たして何も努力もしていないにも関わらずこうも魅力的な彼女が、ひとつ屋根の下、護衛とはいえ意中の相手と住んでいたら。
本人達にその気がなくとも、勘違いを起こすのは仕方がないとも言えよう。
しばらく気をつけたほうがとも言われるが、そもそも基本的に家からでない。
こんなことに聖遺物を活用していいのか、というのには答えを返せないが。
端から見れば悪びれる様子もなく、寧ろ堂々と、いつものように文章を追いはじめた。
✥ ✥ ✥
始まりだったその日、玄関に置かれた死骸は鼠だった。
何も言わずにレオは、それを庭に埋めた。
「これは……鳥か」
次の日にあったのは小鳥だった。
相変わらずその死骸からもその場所からも、殺した者の臭いはしない。
多かれ少なかれ、死したものにはそれを殺したものの臭いが残っているものである。しかし、それは見当たらない。血臭のみである。しかも、状態はもっと酷かった。
なんとも怪しげな段ボール箱が置いてあった。手をかけ、目に飛び込んできたのは、肢を切断され羽をもがれ、色々とぐちゃぐちゃに混ぜっ返された、鳥の死骸。
まだ誰も起き出さない、日も昇っていない早朝の頃だ。しん、と静まり返る通りで、静かに周辺を確認すると、とりあえず目立たない場所に寄せて見下ろす。
「……埋めてくるか」
寝付きがいい主は時間にならなければ起きて来ないから、まだ時間はあった。
いったん移動させたのをもう一度抱えて、庭に向かった。
スコップを片手に、先日埋めた、その隣に見当をつける。
段ボール箱下ろして改めて覗けば、相変わらず凄惨な姿の死骸。それをじっと観察し、不快げに鼻をひくつかせ、しばらくしてから納得したのか微かに頷くと視線をスコップへと移した。
さくり、と突き立てるように地面を掘る。そこまで固くないからか、滑らかに掘り返しを続けていく。
しばらくしてそこそこの深さまで掘った墓穴に、鳥の死骸をそっと横たえる。段ボール箱の処理を思案しながら、不本意だったろう、命をもがれたそれを埋める。
「『加護』の薄い魔術師か、【愛の神】に魅入られた者か……」
呟くと、主にそこ掘り返しているのを悟られないように土を盛り、目を瞑った。
少し時間を空けると、三度めは猫だった。スティナによくもふられ、レオの膝でふてぶてしく眠る黒猫。
「猫、か」
レオは眉根を寄せた。
不審な段ボール箱と、むせ返るような血臭だ。鳥を猫に変えただけ、対象が大きいぶん血の量も一層酷い。
「……気づかれるわけにはいかないか」
ちょっとだけ思案した。
スティナは動物の中でも猫を好んでいる。たまにふらりと現れる野良に思い出したかのように餌を与え、その対価にして肉球をぷにぷにさせてもらったり、ふかふかの毛をもふったりする。たまに抱きしめる力が強すぎてレオの所に逃げてくる。
狼に近づいて平然とするのだから、元はそういう環境に慣らされた家猫だったのかもしれない。しかし、彼女がそうする対象は、いつかまた別の野良猫に変わってしまうのだろう。
「…………もたつき過ぎたか」
ぴく、と耳を動かして、遠くでドアが開く音を耳にする。スティナの猫センサー、とも言うべき何か、実際は勘であっても侮れない。
外付けの掃除用具いれの中に押し込んで中に入ればちょうど、居住スペースから出てきたスティナと鉢合わせた。
「スティナ様、珍しいですね」
「何だか目が覚めたんだ」
ふぁ、とあくびを噛み殺して眠たげの碧眼がゆるりとレオを見つめた。
「お前は? どうかしたの」
「手紙の有無を、確認してました」
「あぁ……」
素知らぬふりで報告したレオに、なるほどね、と興味の薄い様子で呟いてからスティナはまたあくびをした。
「ふぁあ……やっぱり眠いのかな」
「もう一度、眠られては?」
「そうしようか」
少し寝癖のついている後ろ姿を見送る。
その後、同じように、主にばれないようにこっそりと埋めた。
そんなことを何回か繰り返せば、流石に対応にも手慣れてくる。
人間の女性の犯行ならば処理も楽なのだが、獣人相手だと一々こちらのことを考慮して匂いの痕跡を残さないから面倒である。
スティナに断りを入れて出かけた先で、いくつかの物を買ってから、またかという顔の店主に頭を下げる。
「ポケットに請求書を捩込んでおこうか……」
呟いて、それは駄目かと思い直した。
✥ ✥ ✥
初めは鼠にした。次はあの女の髪と同じ金色の小鳥。次は家に出入りして彼に近づく汚らわしい猫。今度は何がいいかと考えて、それより大きなモノを探した。偶然猫を見かけた。あの女と同じ、忌ま忌ましいくらいに似た碧の目だった! ああ妬ましい、煩わしい、目障りだ!
あの人の視線を独り占めして、あの人の隣で食事をして、あの人にあんな目で語りかけられるなんて!
何もしていないじゃないか。家から出ず買い物さえやらせるじゃないか。ただ座って本を読んでいるだけじゃないか。あんな女より、私の方がよっぽど相応しいじゃないか。
――ああ、だから気づいてください、私の愛しい人。あなたを見ているの、誰よりも、何よりも、あの女よりも遥かに! あの目が、こんな猫の目をえぐり取っても足りない、あの深く海の中に引きずり込まれそうなあの目なんか見つめないで、私を見て、私はきっとあなたに愛されます、いいえ愛させてみせます、だから私の目を見て、私の手を取って!
張り込みのように『無限書巻』の近くの宿屋から外を眺めていた彼女は、ふとその傍の人影を見て笑みを浮かべた。
ああ、あああああああああ、待っていてくれた気づいてくれた私を見てくれた!
私の運命の人、私、私だけの、あの女じゃない私だけの彼!
慌てて飛び出そうとして踏みとどまり、鏡を覗いて支度をする。
荷物を抱え、いてもたってもいられない様子で外に飛び出した。
「来たか……」
こんなにも近くに彼がいるなんて! 彼は私のものになるんだわ、ええ、きっとそうに違いない!
ああそれならもうこんなの、汚い死骸はいらない、あの女もこんな風になればいい! 四肢を裂かれ、あの無表情を歪めて泣き叫べばいい――ああでも、いらない? いいえその死骸を並べて彼と一緒に見下ろしたらいいわ。すてき! そうよ、そうしましょう!
彼の心は私の愛で占められるから、私の作った魔道具は運命を逃さないから! だから早く、アンバー様、その偽りの姿を解いて私の手を取って!
「やはり【悪神】の種が芽吹いているのか……哀れな」
――ぁ、
「ああああああ! どうして!?」
「…………」
「どうして私の愛が伝わらないの? 完ぺきなのに、おかしいわ、変だわ、何故? 私達は愛し合っているのに! それが運命なのに! あの女が【愛の神】すら認めた真実の愛の相手だというの? そんなの認めない、私の運命の人……」
「――貴様が論じた『運命』など、俺は到底信じる気にはなれん」
✥ ✥ ✥
スティナは既に眠り込んでいるから、何が起こっているか知らないだろう。
月を見上げ、それに照らされる状況はひどく場違いだと、そんなことを考えた。少なくとも煌々と照らしていいとは言い難い。
そうしながら、使っていたのは消臭の魔術だったのだろうと見当をつける。人間であればそういう気は配れないのだが、この女には少なくともそうするだけの理性は残っていたらしい。
こうも便利であるあたり、魔術さまさまであると感じるしかない。生活魔術の範囲だから、基本身体強化の魔術しか扱わないレオだって使える。狩猟の時には有効なものだ。それが犯罪に利用されると、それもどうかと思うのだが。
それくらいならあの、いかにも町慣れした女の獣人にもその染み付いた本能で察せるのだろう――単純ゆえに、できることだ。
獣だからか、自然音や臭いにも気づかせないように気を配るようになる。レオも流石に、聖遺物の範囲外の物音まではしない。
――ゆえに、こうなる。
気絶させた女に、昼間買った道具……密閉された小瓶の中身の、ちろちろと揺らめく炎をぼとりと落とした。
生きる者全てにある善性と悪性。悪性に比重が傾けば皆等しく存在する【悪神】の萌芽を招く。
果たして悪性に傾いた女に対するレオの行動は、応急処置、あるいは気休めにしかならないのかもしれない。
善なる神の代表、善性を司る【護火の神】は、しかし悪性を滅却はせず、あくまでも善性を取り戻す種を……良心の呵責を促す小さな火を点すだけだ。
どうせ記憶を消すといっても、一度起きたことは二度目があるし、二度あることは三度ある。可能性を少しでも潰すための処理だった。
一度、庭の中に引き入れた――意識がないためか女に聖遺物からの制裁は発動しなかった――『彼女』に対して、アンバー・ブラウンとレオ・ウルリクの関係性について、聖遺物がそれをスティナにとって害たりうると判断したならば、自然消されるのだ。
そういう風になっているのだと、人の身では到底出来ない魔術だからこそ聖遺物とされるのだと、知っている。スティナもレオも、その機構がどうなっているのかを知らないが、同じく彼女を守るためのもの/者どうしであるからには、多少レオの意図を汲んでくれることもある。
――それの全てが、スティナ・バーリエルのためのものだと。
女が大事そうに抱えていた怪しげな道具が、火花を散らし――ひとりでに瓦解した。
✥ ✥ ✥
「…………」
彼女に忠実な護衛は、似たようなことを幾度そうして繰り返し……いつぞやかに埋めた動物たちの墓とも言えぬ場所には、野草が生えた。血のような鮮やかな赤の花をつける草だった。
「そういえば、あの猫はどうしたんだろうね」
「あの?」
「ほら、君の膝が好きだった黒いの」
「あぁ…………」
別の猫が居着くようになり、スティナの腕の中で馴れ馴れしく鳴くのをちらりと見て、相槌を打ちつつ先程汲んだ水をじょうろで掛けていく。
「しかし、奴らは気ままですから」
「それもそうか。……いつか来るといいけど」
「…………」
視線を、足元に戻す。
「どうかした?」
「生えすぎたら流石に抜かなければならないな、と」
「そう」
そう、だから――あの艶やかな毛並みだった黒猫が眠る場所を、願わくばそのまま知らないでいてほしい、と彼は思った。
これで二章は終了です。また時間が空きます。
更新予定については活動報告にて。
感想とかくれると作者が喜びます。
【悪神の種】
全ての者に等しく潜む。所謂心の迷い、他者への憎悪などが芽生えを促す。良心の呵責により種に戻すことが可能である。加護の弱い者ほど堕ちやすい。
【護火の神の炎】
善なる神の陣営の代表ともいえる。悪神と対をなし、その炎も全ての者に等しく潜む。悪神の種を抑える。
教会の広間にてその炎は在りつづけ、消えることはない。一般人が炎の採取をすることは禁じられており、一部の店で小瓶に入れられ販売している。
【加護】
様々な神の恩恵にも強度がある。加護は強ければ強い程、その神が司るものに対する執着が強まる。ゆえ、悪神の入る余地などはなく自然と、種が芽吹く者は加護が弱い者となる。
ちなみに、加護が弱い、というのは複数の神の加護が混ざり合っているという意味。
神子などは、生物として受けられる神の加護の容量のほとんどが一柱に占められているととらえられる。
【猫センサー】
スティナお得意の勘。ただし大体当たる。
【庭】
レオが鍛練をするからか、基本殺風景。端の方にちらちらと野草が花をつけている。一度レオが「園芸しますか?」と言ったが主に「面倒」と即答されてしょんぼりしたとかしなかったとかという余談がある。
【ストーカー】
ヤンデレが加速しすぎて歯止めがきかなくなった。書いた後に読み返して、作者は非常に後悔した。
ちなみにストーカーは記憶を消されてからアンバーつながりでギルドに身柄を引き渡されるらしい。
【転移魔術】
前話でスティナが制作&使用していた魔術陣について。クロークが使っている魔術と別物である。
彼の魔術が『設定した体積ぶんの空間を入れ替える』のに対し、彼女の魔術陣は『それを設定した二点間を繋ぐ』というもの。実際はその二点の間にその距離ぶんの別次元の道があるのだが、空間魔術により圧縮されその長さはゼロに等しくなっている。所謂劣化版ど○でもドア。
それぞれの欠点として、前者は設定ミスによるばらけが起こりやすい。後者は距離の圧縮により、空間に、膨大なエネルギーを有した歪みを生むために長時間の発動は歪みの暴走を引き起こしやすい。また、大変な魔力食らいでもあり、その要求量は距離に比例する。