十二月二十三日ちゃん

　魔法使いが部屋のカレンダーをめくると、そこには去年と同じ顔ぶれがそろっていました。

　十二月一日くん、二十四日ちゃん、三十一日さん…りんごほどの大きさの彼らが、十二月のカレンダーのワクの中でひしめき合っています。みんないきなりカレンダーをめくられて、びっくりしてわたわた騒ぎ出しました。

　「うわあ！」

　「あ、魔法使いさん、おはようございます」

　「もう十二月なのぉ？」

　「さぁさぁ、私達の出番かねぇ…」

　四角いワクの中で三十一人がちょこまかと騒ぎ出すものだから、魔法使いと呼ばれた部屋の主は思わず苦笑しました。

　「やぁみんな。今年も最後だけれど、よろしく頼むよ」

　「「「はーい」」」

　魔法使いが声をかけると、元気の良い合唱が返ってきました。

　「今日は十二月の一日だ。一日くん」

　「はい」

　一日くんと呼ばれたこびとが、魔法使いに両手ですくい上げられました。一日くんは小さな手足で魔法使いの腕を上って、肩にちょこんと座ると暖かそうなセーターに身を埋めました。

　「それじゃあ、今日一日だけの付き合いだけど、よろしく頼むよ」

　「はい。任せてください」

　肩に乗った小さな男の子は、胸を張って見せました。

　「がんばれよー」

　カレンダーの中から、三十人が二人に声援を送ります。それから魔法使いは十一月分のカレンダーを丸めて机にしまうと、扉を開けて外へと出かけていきました。

　「やあ魔法使いさん。おはよう、寒いねえ」

　「おはようございます」

　魔法使いは村を歩きながら、すれ違う人々にあいさつをして回りました。やがて村の中央にある広場にたどり着くと、魔法使いの足元にわっ、と子供達が集まってきました。

　「魔法使いさん、おはよー」

　「一日くん、おはよう！一年ぶりだね！」

　「おはようございます」

　「かわいいー」

　「魔法使いさん、ねえ、一日くんと遊んでもいい？」

　「いいですよ」

　魔法使いがほほ笑むと、あっという間に一日くんは子供達に取り上げられ、広場の中央に連れて行かれました。

　「やあ先生」

　一人取り残されていた魔法使いは、後ろから声をかけられ振り返りました。枯れ木がまう公園のベンチから、一人のおじいさんがゆっくりと立ち上がりこちらに向かってくるところでした。魔法使いはぺこりと頭を下げ、ベレー帽を取りました。

　「どうも」

　「先生が暦を人形にしてくれたから、とってもにぎやかになって本当に助かってますよ。何しろ、楽しいものなんて全くないへんぴな村ですから」

　「それは良かった」

　「先生には、何から何までやっていただいて、とても感謝しています」

　「私が二年前にこの村に越してきたときは、村はまるで墓場のように静まり返っていました。戦争で家族や友人、大切な人を失くした皆さんに、笑顔は全く見られませんでした。この村で私に何ができるか…それを考えてやったまでです」

　「先生の魔法のおかげで、村は大分元通りになってきた。今では子供達もあれだけ元気にはしゃぎ回っている。あの不思議なしゃべる人形のおかげですかな」

　「彼らは人形なんかじゃありませんよ」

　魔法使いはおじいさんの言葉に苦笑しました。

　「意思を持った生き物です」

　二人が広場に目をやると、ちょうど一日くんがキャッチボールの球代わりになって、子供達の間を飛び交っているところでした。

　「あ、魔法使いのおっさんだ」

　「あー！一日くんだ！」

　それから魔法使いとその肩に乗った一日くんは、日が沈むまで村を歩き回りました。その間、二人はずっと村人の注目の的になりました。

　まだ壊れかけの家が残る村を回り、村人の悩みを聞いたり話し相手になってあげるのが魔法使いの仕事でした。ある時には魔法で村人のケガを治したり、またある時にはケンカを止めにいったりして、魔法使いはこの村で過ごしていました。

　「そうか、もう十二月なんだね」

　「早いなあ」

　行き交う人々は、魔法使いの肩に乗った一日くんを見て、今日が何日なのかを知りました。

　「十二月といえば、クリスマスに大みそか…」

　「クリスマスかあ…」

　「そうそう、クリスマス。はやく二十四日、二十五日にならないかなあ」

　魔法使いが横を通ると、若い村人達はみなそわそわしはじめました。もちろん年頃の若い男女には、クリスマスは人気の日でした。子供達も、サンタからプレゼントをもらえるのが楽しみで、やっぱり待ち遠しいようでした。

　「ああ、二十四日ちゃんに早く会いたいな」

　魔法使いの肩に乗った一日くんを見ながら、若い女の子がそんなことをつぶやきました。

　やがて日が沈み、村人達が家に帰ったころ、魔法使いは帰り道の途中で一日くんに語りかけました。

　「それにしても、十二月の二十四日ちゃんは毎年すごい人気だねえ」

　「そりゃあ彼女はかわいいし、性格もいいですから。何てったって、『クリスマスイブ』ですからね。みんなが待ち望んでいますよ」

　それから魔法使いは家にたどり着き、一日くんを降ろしてやりました。一日くんは一日の役目が終わって、カレンダーの中へと帰っていきました。一年に一度の大役を終え、一日くんはカレンダーのみんなから拍手で迎えられました。

　「おつかれ！どうだったんだい？外の様子は…」

　カレンダーの中の日付達は、一年に一度しか外の世界を自分の目で見ることができなかったので、一日くんの話をいつまでも聞きたがりました。一日くんもまた、みんなに話すのを楽しみにしていたようで、カレンダーの中は夜中までわいわいと盛り上がりました。

　「二日ちゃん。明日はよろしく頼むよ」

　「ああ！明日は私の番ですね！」

　魔法使いに声をかけられ、二日ちゃんと呼ばれた日付がそわそわと髪をなで付けました。

　それから三日、四日と日が過ぎて、とうとう十二月は二十二日にまでさしかかりました。日がたつに連れ、村の中ではクリスマスソングが聞こえてきて、降り積もった雪の日にはあちらこちらに白いだるまさんが作られました。誰もがゴキゲンなはなうたを歌いながら、クリスマスを楽しみに待っていました。

　「ふいー、疲れたぜ。俺はもう年かもしれない」

　「おつかれさまです。どうでした？外の様子は…」

　大げさなため息をついて、二十二日さんが一日の仕事を終えて魔法使いの肩から降りました。カレンダーの日付達が次々と二十二日さんを拍手で迎えました。ですが、その中で一人、みんなの輪の中に入ろうとしない子がいたのです。

　それが二十三日ちゃんでした。

　二十三日ちゃんはじっとひざを抱きかかえて、カレンダーのワクにこしかけ一人みんなと違う方向を見上げていました。

　「…二十三日ちゃん」

　その様子に気づいた魔法使いがそっと近づき、やさしく話しかけました。

　「明日はよろしく頼むよ」

　「………」

　ですが、二十三日ちゃんは返事をしませんでした。騒がしかったカレンダーの中が、シン…と静まり返りました。

　「二十三日ちゃん？」

　「魔法使いさん、私、明日外に出て行きたくありません！」

　二十三日ちゃんは叫びました。

　「私…私明日はきっとない方がいいんです！村のみんなもきっとそう思ってます！」

　「どうしてそう思うんだい？」

　「だって、だってみんな二十四日、二十四日って。去年だって、誰も私のことなんかほったらかしで、クリスマスのことばっかりだったじゃないですか！二十三日なんて、正直どうでもいいってみーんな思ってます！」

　二十三日ちゃんはそう言って肩を震わせました。十七日ちゃんはトコトコと寄っていって、彼女の背中をそっとさすってあげました。二十四日ちゃんと、二十五日くんは気まずそうに目を合わせました。一日くんがそっと二十三日ちゃんに話しかけました。

　「…そんなことないよ。君がいないと、誰も二十三日が始まったことが分からないじゃないか」

　「だからどうしたっていうの？別にみんな困らないわ…明日が二十三日なんてこと、誰も気にしちゃいない。みんなその後のクリスマスに夢中なんですもの！」

　二十三日ちゃんはとうとう泣き出してしまいました。

　「魔法使いさん、私、一体なんのために生まれてきたんですか？みんなが『はやく明日になってくれ』なんて願ってる日に、何の意味があるんですか？私なんて、本当はなかった方が良かった。そうなんでしょう！？」

　二十三日ちゃんの勢いに、魔法使いも困ってしまいました。他の日付のみんなも、黙って二十三日ちゃんを心配そうに見守っていました。やがて魔法使いがぽつりとつぶやきました。

　「…二十三日ちゃん。君はまだ若い。今は分からなくても、大きくなったらいつかきっと分かる日が来るかもしれないよ」

　「『いつかきっと…』ですか？それっていつ何ですか？少なくとも、明日ではないんでしょう？魔法使いさん、私には明日しかないんです…」

　それから一晩中、二十三日ちゃんの泣き声がカレンダーの中にひびきわたりました。

　「それじゃあ、今日一日だけの付き合いだけれども、よろしく頼むよ」

　魔法使いはそういって二十三日ちゃんを抱き上げました。彼女は下を向いたまま、返事をしませんでした。あれからずっと、朝まで泣き続けていたようです。

　「ほらほら。せっかく一年に一度の大仕事じゃないか」

　魔法使いは二十三日ちゃんをなぐさめましたが、あいにく彼女は魔法使いのコートの胸ポケットにもぐりこんで、そのまま顔をのぞかせようとしませんでした。

　「がんばれよー」

　二人が暦を知らせに村に出かけるとき、カレンダーの中の住人達が声援を送ってくれましたが、それも二十三日ちゃんの耳には届いていないようでした。

　「どうせ、みんな明日二十四日ちゃんに会えるのが楽しみなんでしょう？明日のことばっかり気にして、今日私がここにいることなんてどうでもいいんだわ…」

　胸ポケットの中から、二十三日ちゃんがぶつぶつとつぶやきました。どうしたものか…。魔法使いは頭をかきながら思わず苦笑しました。

　さて、魔法使いが広場にたどり着くと、村のみんながクリスマスの準備でにぎやかにしていました。赤と緑のふさふさが取り付けられたモミの木、色とりどりの電球が踊る窓ガラス、オーブンでいい匂いをただよわせる七面鳥…。それらは全部、クリスマスの…二十四日と二十五日のために準備されていました。二十三日は胸ポケットからちょっとだけ身を乗り出し、その飾りつけを見るたびにぎゅっとポケットのふちをにぎりしめました。

　「やあ先生。明日はクリスマスイブですなぁ」

　魔法使いが広場を歩いていると、後ろからおじいさんが話しかけてきました。

　「はは…そうですねえ」

　「クーリスマスが今年もやってくるー♪」

　魔法使いとおじいさんの横を、子供達が楽しそうに歌いながら駆けていきました。普段は魔法使いに寄ってくる子供達も、今日はそれどころじゃないようでした。誰もがクリスマスが楽しみで仕方がない様子でした。

　「見てくださいよ、子供達のうれしそうな顔。大人も、子供もみんなウキウキしてる。明日が待ち遠しいんだ」

　「あはは…」

　魔法使いはブルブル震える胸ポケットを優しくさすりながら苦笑しました。

　「みんな、明日が来るのを楽しみにしてる。こんなことは、戦争中は考えられなかったもんですよ、全く。奇跡に近い」

　「それは、良かったですね」

　「ああ。当時は、『明日が楽しみにできる日』が来るなんて、夢にも思っていませんでしたからね。…見てください、今日はみんなが笑ってる。みんなが明日に希望を持って生きていける、今日という日は、何て素晴らしい日なんでしょうねぇ、先生」

　おじいさんはそういって笑いました。ゆっくりと胸ポケットをさすりながら、魔法使いも笑いました。

　「あはは…でも、実は明日を楽しみにしている人達ばかりじゃないんですよ。僕がいた国では、クリスマスイブには恋人同士で過ごす習慣があって。その国の独り身の人達は、『クリスマスなんてこなければいいのに』なんてなげいていましたよ」

　「へえ！じゃあ、『二十四日なんて来なければいい。二十三日が終わらなければいいのに』なんて思っている人もいるのかい。世の中は広いねえ。そういえば先生、実はわしゃあ今日が誕生日なんだ。一足先に楽しませてもらいますよ…」

　そういっておじいさんはクリスマスソングを口ずさみながら、どこかへ歩いていってしまいました。

　「今日は一日おつかれさま。また来年もよろしく頼むよ」

　やがて日が沈み、一日が終わると、魔法使いはカレンダーの中に二十三日ちゃんを戻しました。二十三日ちゃんはやっぱり、まだ下を向いたままでした。

　「あーあ。明日はとうとうあたしの番か。緊張しちゃうわ」

　すると、カレンダーの中で二十四日ちゃんが大きな声で言いました。その横で、二十五日くんが大きく両手を広げおどろいてみせました。

　「ええ？君、何を緊張することがあるんだい？二十四日は、クリスマスイブじゃないか。世界中の人が、君に会えるのを楽しみにしてるぜ」

　「うーん。でもそれが、何だか重荷になっちゃって。みんな十二月の二十四日は幸せじゃないといけないんじゃないかなんて、勝手に思い込んでるのよ。私だって、他の日付さんたちと変わらない、ただの一日なのに」

　「そうなのかい。まあ何日だろうと、同じ一日であることには変わりないからねえ」

　やがてカレンダーの中の住人達が、二十三日ちゃんの元にぞろぞろと集まってきました。みんな彼女を拍手で迎えました。

　「おつかれさまー」

　「がんばったね」

　「それで、どうだったの？今日の外の様子は…」　

　「うん…あのね…」

　ようやく顔を上げた二十三日ちゃんの目には、もう涙は光っていませんでした。

　その晩、みんなが二十三日ちゃんのことをたくさん聞きたがりました。