第3話 これからの生活
ミラとマキナが歩いているのは、ミラが生まれ育ったという街である。マキナが住んでいたような街とは結構な差があるものの、それでもまだ栄えている方に入ると言えよう。
「ここが私の家です」
周りの一軒家に比べると一回り大きい建物の入口に立ったミラは、建物を指す。入口の傍らには『カフェ La fraise』と書かれている。
「ここはカフェか。それで、何て読むんだ?」
「ラ・フレーズです」
ミラは扉を開けて中に入った。扉のベルが鳴る。マキナも続いて中に入った。扉の向こうは短い廊下のようになっており、一番奥にはメニューが書かれた立て看板が置かれている。ミラはどんどん進んでいく。
立て看板の手前で廊下の右側が開け、机と椅子が並ぶ落ち着いた空間が現れる。店内の一番奥はカウンター席になっており、カウンターの向こうには装飾を施された食器やコーヒーカップが棚の中に並べられている。
客は疎らだが、時折聞こえるコーヒーカップとソーサーの接する音が、光差す小さな地底湖に滴る雫の音のような風情を醸し出す。マキナは店内を眺めていた。目に留まったのはカウンターでコーヒーを淹れる女性。
「ナナ姉さん、帰ったよー」
ミラにナナ姉さんと呼ばれた女性は、ミラと同じ青い瞳にブラウンアッシュのミディアムストレートである。姉妹なのだろう、顔の輪郭や作りはミラと似通ったところがある。しかし小動物を思わせるミラとは違い、大人びて見えるその容姿は川のせせらぎを連想させた。
ナナはミラを見るなり、客に断ってミラの手を引きカウンター内にある扉から建物の奥に消えていった。
扉から出てきたナナは少し困った顔をしていたが、客の前に出ると笑顔を見せた。一方ミラは肩を落としてマキナの前までやって来た。
「怒られちゃった……。ナナ姉さんが後でお礼したいって」
マキナがナナの方を見ると、視線に気付いたナナが会釈をしたためマキナも会釈を返す。
「マキナ、ついて来て」
ミラはマキナの袖を軽く引くと、入って来た扉へと引き返しそのまま出ていった。マキナが外に出ると、建物の裏口の前でミラが手招きをしている。裏口から建物に入り、廊下を進んで一番奥の部屋に招かれた。どうやらダイニングルームのようだ。
椅子にミラが座り、テーブルを挟んだ正面にマキナが座る。
「ミラ姉さんは私の実の姉なの。困った時は助けてくれるし優しいし綺麗だし」
どんどん声が小さくなっていた。比較されてコンプレックスにでもなっているのだろうかと考えたマキナは兄弟がいないため、少しだけ羨ましくもあった。
「ミラは苦労してるんだな。俺は一人っ子だからよく分からないけど」
「あ、ごめんなさい。こんなことを話そうとしてたんじゃなくて、大会のことです。フェダルト杯っていうんだけど、簡単に言うと魔法や格闘技、武器を使って相手を倒す大会です」
「随分と物騒な大会だな。何でそれにミラが出場する必要があるんだ?」
「その理由を説明するには少し長くなります」
ミラの顔が少し陰ったようにマキナは見えた。窓からは朝の優しい光が差し込んでいる。
「いいよ、聞かせてくれ」
「今この世界は誰もが日常で使う魔法を簡単に使え、少し素養があれば専門的な魔法が使えます。世界中に広まった魔法は専用の刻印を施した媒体を使えば誰でも使えるんだけど、今は杖型の媒体が主流です。私の家系は代々魔術師としてそれなりに名のある家系でした。だけど、世界に魔法が広まって一年ほど経った頃に両親が行方不明になっちゃいまして……」
ミラは俯く。
「それは辛かったな……。魔法が世界に広まったのはいつなんだ?」
「今から十年前です」
重い空気にマキナは少し息がし辛くなる。
「私たち姉妹は両親を失い、両親から魔法を教えられていなかったこともあって私の家の地位も地に落ちました。だから、せめて両親のためにも復興をしようと考えたわけです」
「それで大会に出ようと思ったわけか。でも良かったな、強そうなカッコいい鎧で武装して伝説の武器とか持ってる人出て来なくて。そいつが優勝したところでミラの家の力で優勝したことにはならないだろうからな」
「う……痛いところを突きますね」
「そりゃそうだろう」
「そんなことより、あの獣を攻撃する時に使ってた魔法はマキナの世界ではよく使われてるの?」
強引な話題変換。マキナは一息ついた。
「あれは魔法じゃなくて錬金術っていうんだ」
「レンキンジツ? 見た目は魔法と同じでしたけど」
「んー、魔法の原理がよく分からないけど、錬金術は物をより完全なものに昇華する事を目的とする術法だ。魔法とは違う物だよ」
裏口の扉の開く音が二人の耳に届く。ダイニングルームに現れたのはナナである。
「いつもより早いね、ナナ姉さん」
「今日はお客さんの引きが早かったから」
ナナはマキナの前に来ると頭を下げた。
「妹を助けてもらってありがとうございます」
「いえ、たまたま通りかかっただけですし」
その後、感謝と謙孫の応酬がしばし続いた。
「今お昼作るから待っててね。マキナさんも一緒にお昼どうですか?」
「いいんですか?」
ナナは頷くとダイニングルームを出た。戻って来たその腕には野菜や干し肉、パンを抱えている。
「手伝うよ」
ミラがナナの横に立つ。石でできた台の上に鍋を置き、その中に食材を手際よく入れていく。そして腰の細い皮のケースから杖のような棒を取り出し、台の横に空いた穴に翳した。
杖の先から小さな火が穴の中に向けて伸びた。穴の中で点火された火は大きくなり鍋に熱を伝える。
「やっぱり魔法なんだな……」
十分ほど経ち、テーブルに料理が並ぶ。少ない食材でも所々に工夫が見られ、視覚に訴えるように食材が自身を誇示していた。
昼食を摂り終えた三人はテーブルを囲み一息ついていた。早めの昼食だったため、日が昇り切ってから時間はそれほど経ってはいない。
「マキナさんはどこから来たのですか?」
「え、えーと……」
さり気なくミラに視線を送ったマキナ。ミラはそれに気付く。
「それがマキナは自分の名前以外あんまり覚えてないみたいなんだよ」
「そうなんですか?」
思ってもみないフォローに驚きつつもマキナは頷いた。
「それは大変です。これからどうするのですか?」
「実はまだ未定でして……」
「それなら記憶が戻るまでここで暮らすのはどうですか? あいている部屋もありますし」
ナナは笑顔を見せる。
「いいんですか?」
「ええ、全然構いませんよ」
「そうしなよマキナ。どうせ行く当て無いんでしょ?」
「それじゃあお言葉に甘えて」
こうしてマキナの異世界生活が幕を開けたのだった。
翌日の朝、三人で食卓を囲んで朝食を摂る。ナナの料理の腕はすこぶる良かった。マキナは口に入れる度に広がる工夫された味に、包まれるような優しさを感じるのだった。
朝食を終え、一日をどう過ごすか考えているマキナは、部屋の入り口で手招きしているミラを見つけた。前まで行くと、ミラは笑顔を見せる。この時マキナは背筋を氷の蔓が這うような感覚を覚えていた。
「マキナも一緒に学校行かない?」
「は?」
「だから、一緒に学校行かない?」
「何で」
マキナが覚えた感覚は正しかったようで、ミラは突拍子もない言葉を口から紡いでいた。
「ミラは今いくつだっけ」
「今16だけど、それがどうかしたの?」
「その学校は何歳から通って何歳で卒業するのかな」
「普通なら16歳になる年に入学で18歳で卒業かな」
「ふーん、なるほどね。俺昨日19歳になったんだけど」
空気が一瞬にして凍りつく。目から涙が流れたなら、きっと固体に早変わりしていただろう。
「ずっと同じか一つ年上くらいかと思ってたー!」
一瞬の凍結空間は叩き割られた。外から差し込む日の光は昨日と変わらず麗らかだった。




