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第2話 召喚されたワケ

 マキナは枝の上から睨みを効かせる獣をじっくり観察した。マキナの世界に存在する狼とほとんど外見は同じだったが、距離からして大きさは成人の二倍程度だろうことが予想できた。

「なあ、あの獣の強さはどれくらいなんだ?」

 下手に動くと襲われると本能で感じ取っていた二人は動かずに会話を始めた。

「そ、そうですね。小さい頃読んだ本によると、並の魔法使いが数人で討伐に行った結果一人も帰って来なかったとか書いてあった気がします」

 声が震えていた。本の内容が事実であるならば、この少女がそれほどの強さのモンスターに遭遇したことが無いことは明らかだった。

「し、召喚してしまったのは私の失敗です。ここは私が引き付けますから、その間に逃げてください」

「無理言うな。女の子一人置いて逃げられるかよ。それに、声震えてるじゃないか、怖いんだろ?」

「怖くないと言えば嘘です。でも私がやらないと!」

 声を少し荒げたことが獣を刺激したようで、枝から飛び降り牙が生えた口を大きく開けた。口の中では離れたところからでも分かるほど炎が燃えたぎっている。

「おい、あれ不味くないか?」

「……はい、読んだ本によると火の玉が飛んできます。溜めが少し長い分強力で速度がやけに速いと」

「それは本気で不味いだろ!」

 言い終えると同時に大きく開かれた口から深紅の火球が放たれた。少女は頭を抱えてうずくまり、そのままである。

「くそ……」

 マキナは自分の右手の甲に左手の掌を重ねた。その瞬間、火球がマキナと少女のいる一帯を包み、爆発して火柱を立てた。

 獣は炎が消える前に火柱に近づく。そして獲物の生死を確認しようとしたが、火柱の中からただならぬ気配を感じたのか距離を取った。火柱が消え、燃えていた場所には透明なドームのような壁ができていた。そして壁が消え、その中からマキナと少女の姿が現れる。

「ギリギリ間に合ったか……」

 少女は頭を抱えていた腕を下ろし、マキナを見上げる。

「今何をしたんですか?」

「その説明はあいつを倒した後だ」

 獣はマキナを睨み、唸り声を上げている。開いた口の隙間からは溢れんばかりの炎が見えた。

 再び自分の右手の甲に左手の掌を重ねる。すると地面を抉るように竜巻が現れ、一直線に獣に向かって伸びていった。獣はそれを素早く横に跳んで回避する。

 その時には竜巻を起こした張本人は走り出していた。再び炎を吐き出す動作を見せるが、それを無視して走る。吐き出された炎が標的を包み込もうとするが、前転しながら回避したマキナの上を通り地面に火柱を作った。

 着実に距離は縮まり、マキナと獣の距離は人間一人分といったところだ。思わぬ接近に焦ったのか、獣は炎が漏れ出る口を開き、その口に並ぶ金属をも貫かんとする刃をマキナに向け飛びかかった。

 しかし、その刃は空を切る。大きくサイドステップすることで頭蓋を砕く一撃を免れたマキナは、腰のシースからナイフを引き抜き、首が伸びきって一瞬動きが止まった獣の眼球に突き立てた。

 視界の半分を潰され、その痛みが襲いかかった獣は空に向かい咆哮した。そして痛覚を拭い去るように暴れ始める。マキナはある程度距離を置き、それを見ている。ああなっている以上、迂闊に近づくことは死にも等しい行いであることは分かり切っていた。

 口からは狙いの定まっていない火球が辺りに飛散している。運良く少女のいる場所には飛んではいない。

 暴れている間にマキナは少女の元へと近寄る。

「大丈夫か?」

「はい、何とか……」

「今の内に逃げられるか?」

「あの獣の再生力はかなりのもので、もうすぐ再生が終わるかと思います」

「そうか……」

 へたりこんでいた少女と話すために屈んでいたマキナだったが、それを聞いてゆっくりと立ち上がる。そして振り返ると、獣はマキナを再び睨みつけていた。目からの出血は既に止まっていたが、その瞳にはナイフが刺さったままである。刃の部分だけでなく、柄の部分も金属だけで形成されているナイフである

「どうやって逃げるんですか?」

「殺すか動きを止めるしかないな」

 腰のケースから小さな布を取り出したマキナは、片手でその布を握り開いた。すると、その布の少し上で勢いよく燃え上がる火の玉が形作られた。それを確認したマキナは次に反対の片手を同じように握ってから開く。手の上には小さな竜巻のようなものが形作られていた。

 そして、左手の火の玉と右手の竜巻を接触させる。二つの単純物体は混ざり合い、光とともに迸る稲妻へと姿を変えた。

「今日も良い出来だ」

 右手の上に浮かぶ雷の塊を見てマキナは笑みを浮かべる。それを見た獣は野生の感が危険だと告げたのか、マキナに向かって地面を蹴り走り始めた。

 マキナは雷の塊を獣に向け、左手を右手の甲に添える。その刹那、雷が吠えるようにけたたましい音を立て、獣に刺さるナイフに向けて突き抜けた。それと同時に獣はその体を痙攣させながら地面に倒れ伏す。

「ふぅー、死ぬかと思った。さあ、今の内に逃げようか」

 少女の方を向いたマキナは、少女の瞳がキラキラしているのに気付く。

「今の凄いです! 一般人かと思ってたけど、強力な風属性魔法とか雷属性魔法とか使えるんですね!」

 マキナの手を取り感嘆の声を上げている。

「と、とりあえず早く森を抜けよう」

 赤面したマキナは握られていない手を少女の肩に乗せた。ハッとなった少女は苦笑い。

「そ、そうですね。あの猛獣が目覚めない内に行きましょう」


 それから二人は、ひたすら走った。森を抜ける少し前にマキナが倒した灰色の獣の咆哮が聞こえ、二人は冷や汗を流したが無事に森を抜けることができた。二人は森から少し離れた丘で安堵の溜め息を漏らす。

「何とか怪我無く森を抜けられたな」

「はい、あなたのおかげです。ありがとうございました」

 空は既に日中の青さを取り戻しつつある。少しだけ顔を出した太陽が二人を照らした。

「そういえば、名前を聞いていなかったな」

「そうでしたね。私はミランダ・セフェリスです。ミラと呼んでください」

「俺は葵マキナだ」

「アオイ?」

「ああ、ごめん。名前はマキナだ」

「マキナ。これからよろしく」

 ミラはそう言って手を差し出す。マキナはよく意味が分からなかった。

「これからよろしく? どういうことだ。そもそも召喚された理由が分からないのだが」

「私と一緒に一ヶ月後に開かれる大会に出てほしいのです」

 マキナは首を傾げる。

「その大会に出るパートナーを確保するためにわざわざ異世界の人間を召喚したと?」

「はい、その大会でどうしても勝ちたいんです。詳しい事は私の家で話します、ついて来てください」

 ミラは丘を下り、遠くに見える街に向かって歩いていく。マキナには溜息を吐いてミラの後ろをついて行くことしかできなかった。

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