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ハイネ&ハイネへようこそ!  作者: 天宮暁
第一帳 温泉旅館の兄妹
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3 美少女経営者ミランダ・エリーズ・シュルンベルク

 薪割りを終えたぼくは、自室のシャワーでざっと汗を流し、冷えた発酵麦茶を飲みながら部屋で涼んでいた。

 発酵麦茶はこの辺りでは手に入りにくい南方の飲料だが、昨日いらっしゃったドワーフの夫妻(ングトゥフ夫妻)からいただいたのだ。

 この辺りにもサクラム高原の夏小麦で作られた麦茶はあるけれど、ングトゥフ夫妻からいただいた発酵麦茶は、帝都よりさらに南にあるプレークス沃野で生産された柔らかい春小麦を発酵させたものだ。

 この辺りの麦茶に比べて、口当たりが柔らかく、後味が爽やかなのが特徴だった。


 ぼくはロビーから持ってきた『グリンス=ウェル発展史』の続きを読むことにした。


 著者のアーサー・アネコット・ウェイツ卿はもともとこのアセイラム帝国の人ではない。

 帝国の東にあるヴァナギスタン共和国の出身だ。

 ヴァナギスタンはここ最近自然科学の研究で先進的な地位にある国で、ウェイツ卿はもとはヴァナギスタンで医師をしていた。

 とある事情で国を追われたウェイツ卿は、西にあるアセイラム帝国に亡命し、医療技官として帝都の民衆福祉省に務めることになった。

 ウェイツ卿はそこで帝国民の福利厚生の向上に努められることになったが、なかでもウェイツ卿が力を入れたのは温泉の効能を利用した湯治療法だった。

 もともと官僚というよりは研究者肌であるウェイツ卿は、各地の温泉を訪ね歩いて、泉質と効能の研究調査にあたった。

 その成果は現在『ウェイツ温泉百科』として広く世に知られている。


 その『ウェイツ温泉百科』によれば、グリンス=ウェルは「帝国内でも屈指の温泉地」であり、「泉質は単純硫黄泉で強酸性」、その湯は「万病に効能あり。ことに火傷、リューマチ、皮膚炎などの皮膚疾患や、肩こり、腰痛などの筋肉の強ばりに起因する病気、さらには神経痛、関節痛、筋肉痛、動脈硬化や冷え性、慢性的な婦人病にも有効。細菌や寄生虫による感染症にも効果が認められる。医学的なエビデンスは十分ではないが、癌や心臓病、脳卒中などにも効果があると言われている」そうだ。


 ウェイツ卿は残念なことに一昨年亡くなったというが、国から国へと渡り歩く過酷な人生を送りながら、齢九〇に達するまで生きながらえることができたのは、ひとえに温泉のおかげだと言っていたらしい。

 かの温泉王と並ぶ温泉好き――いや、温泉狂と呼ぶべき人物かもしれない。


 ちなみに、ウェイツ卿は亡くなる数年前にこのハイネ&ハイネにも来館している。

 当時のハイネ&ハイネには祖母とエリシャさんがいた。

 ぼくとアンネもいたが、まだ幼かったため、客前に出ることはなかった。

 ぼくは有名なウェイツ温泉卿(温泉王にあやかってそう呼ぶことがあるのだ)と直に話す機会を逃してしまったことになる。


 ぼくはングトゥフ夫妻からいただいた発酵麦茶をちびりちびりと飲みながら、『グリンス=ウェル発展史』のページをめくる。

 固い本ではあるけれど、難解ではなく、興味をそそられる事実もたくさん織り交ぜられている。

 文句なしの良書だった。

 ぼくはしばらく無言のまま、『グリンス=ウェル発展史』を読みふけっていたのだが、三十分ほど経った頃に、廊下の奥からどたばたと激しい足音が聞こえてきた。


「お、おおお、お兄ちゃん! 大変だよ!」


 そう叫びながらぼくの部屋に駆け込んできたのは、言うまでもなくアンネだった。


「どうしたの?」


「き、来たんだよ! やつらが!」


「やつら? 何が来たんだ?」


「だからっ! やつら! スパリゾートの連中だよう!」


「えっ。スパリゾートの連中?」


 アンネは黙って名刺を渡してきた。

 透かし入り、金箔で縁取られた東部紙の高そうな名刺には「シュルンベルク財閥リゾート開発部代表兼グリンス=ウェル・スパリゾート代表取締役 ミランダ・エリーズ・シュルンベルク」の文字。


 ミランダ・エリーズ・シュルンベルクと言えば、メディアへの露出も多い、グリンス=ウェル・スパリゾート代表取締役にして広告塔の美少女経営者だった。

 シュルンベルク財閥のグランドマスター、ヒルベルト・ファイガルス・シュルンベルクの三女で、シュルンベルク財閥のリゾート開発部門を統括する地位にあるという。


「それで、用件は?」


「わからない。ハイネ&ハイネケン旅館の館主と直接話したいことがあるって」


 ハイネ&ハイネは実質ぼくとアンネの共同経営だけど、アンネはまだ学生なので、名目上の館主はぼくということになっている。


「……わかった。

 とにかく会ってみよう」


「わたしも同席する!」


「いいよ。

 アンネも実質的には館主なんだから、遠慮することはないし」


 ぼくは残り少なくなっていた発酵麦茶を飲み干すと、シャツの上から旅館のロゴの入ったエプロンをかける。

 本当は正装をするべきだけれど、今は急いでいるから仕方がない。


 ぼくとアンネはロビーに向かった。

 ロビーの革張りソファには金髪の小柄な少女が座っている。

 その周囲には警護役らしき黒服の男女が二人。


「お待たせしました。

 私がハイネ&ハイネケン旅館の館主、アルト・アルテ・ハイネです」


 ぼくが言うと、金髪の少女がソファから腰を上げた。

 背丈はアンネとほとんど変わらない。

 アンネと同じく、髪をツインテールにしているが、この少女はその髪をドリル状の渦巻きにしている。

 かなり勝ち気そうな印象を受ける髪型だ。

 翡翠色の瞳は綺麗だが、目尻がつりあがっている上に、ぼくに下から睨むような視線を向けてきているので、美少女だとか綺麗だとか思う前に単純におっかなかった。

 この子があのミランダ・エリーズ・シュルンベルクなのだとすれば(テレビで見た顔とほとんど同じだからそうなのだろうが)、財閥宗家の令嬢として厳しく育てられたのだろうから、このおっかなさにも納得はできるのかもしれない。


「はじめまして、ミスター・ハイネ。

 随分お若いのね」


「ええ。

 二年前に後を継いだばかりの新米です。

 ですが、あなたには及びませんよ」


「それは、わたしが経営者としては若すぎるというあてこすりかしら?」


「まさか。

 若い身で商売を切り盛りすることの大変さは、多少なりともわかるつもりです」


「……こんな田舎旅館の経営と、財閥のリゾート経営を一緒にしないでほしいけれどね」


 そう言うとミランダさんは沈黙した。


 ぼくの隣ではアンネが発火寸前の形相でミランダさんを睨んでいる。


 ぼくはアンネが爆発する前に聞いた。


「それで、ミランダさん。

 今日はどのようなご用件で?」


「気安く呼ばないでくださるかしら」


「これは失礼、ミス・シュルンベルク。

 名乗られなかったものですから」


「こんな場所では話しにくいわ。

 どこか落ち着いて話のできる場所はないのかしら?」


「では、事務所の方に参りましょう。

 アンネ、お茶を準備してくれる?」


「……はぁい」


 こんな無礼なやつに出すお茶などない、とでも言いたそうなアンネだったが、しぶしぶながらぼくの言うことを聞いてくれた。


 ぼくはロビーの裏手にある応接室にミランダさんを案内した。

 事務所とパーティションで区切られた狭いスペースだ。

 それでも仕入れ先の人などと話す機会があるので、それなりに調度も整えてある。

 格式のある旅館だという印象を与えておかないと、質の良くない品を入れてくるような業者もないわけではないのだ。


 ぼくはミランダさんをオーク材のテーブルの前に置いたフェルト地のソファに座らせ、ぼくはその正面に座る。


「狭苦しい場所ね」


「スパリゾートほどの敷地はありませんからね。

 それに、お客さまが第一ですよ。

 ここもそれなりに綺麗にはしていますが」


「まあ、それなりに、ね」


 アンネが怒りに手を震えさせながらお茶を運んでくる。

 それでもプロ根性というべきか、ティーカップをかちゃかちゃ言わせたり、お茶をこぼしたりはしない。

 しかしそれだけに、アンネの押し殺された強い怒りが伝わってきて、ぼくははらはらした。向かいに座っているミランダさんは意にも介していないようだったけれど。


 アンネはお茶を出し終えるとぼくの隣の席に腰を下ろす。


 ミランダさんがアンネをちらりと見る。


「アンネはぼくの妹です。

 将来的には共同経営をするつもりでいます。

 同席する権利はあると思いますが」


「……かまわないわ」


 ミランダさんはアンネの淹れたお茶に口をつける。


「……ベルガナのハーブティーね。

 悪くはないわ」


 ぼそりとそうつぶやく。


「それで、ご用件というのは?」


 ぼくが切り出す。


 ミランダさんはゆっくりとした動作でティーカップをソーサーに戻すと、言った。


「簡単なことよ。

 この旅館を売ってほしいの」


「は?」


 ぼくは思わず間の抜けた返答をした。


「聞こえなかったかしら?」


「いえ……。

 この旅館を売ってほしい、とおっしゃいましたか」


「そうよ」


 ぼくとアンネは顔を見合わせた。


「なぜです」


「なぜ? 理由なんてどうでもいいじゃない。

 それに見合うだけのお金は出させてもらうわ。

 それで十分でしょ?」


 その言い分に、アンネがついに切れた。


「ふざけないで!

 理由も言わずに札束で人の旅館を買い上げようだなんて!

 人を馬鹿にするにも程があるわよ!」


 ミランダさんは、本気で不思議そうに、


「それの何が問題なの?

 わたしはこの旅館を手に入れる。

 あなたたちは十分な額の対価を得られる。

 双方、損をすることのない取引じゃない」


 なおもなにかを言い募ろうとするアンネを制して、ぼくが言う。


「そういう問題ではないでしょう。

 この旅館は一三〇年も前から受け継がれてきたもので、ぼくが館主であるとはいえ、勝手に処分していいようなものではない。

 法律的には問題ないかもしれないけど、この旅館のことを好きでいてくれる常連のお客さまや、代々の館主たちの志を裏切るわけにはいかない。

 それに、ぼくらだってこの旅館に深い思い入れがある。

 正直なところ、いくらお金を積まれても売る気にはなれない」


「つまらない感傷ね。ビジネスは、もっと合理的に進めるものでしょ。

 ……でも、あなたたちが譲らないというのなら、その感傷にしかるべき対価を払ってあげてもいいわ。

 それなら納得できるでしょ?」


「お金の問題じゃない」


「じゃあ、何が問題なの?」


「人としての誇りの問題だ。

 ぼくたちはこの旅館を継ぐと決めたんだ。

 いくら金を積まれても、この旅館を売る気はない」


 ぼくがそう言うと、ミランダさんはため息をついた。

 そのため息は、いかにもぼくのことを見下し、嘲っているように聞こえる。


 アンネが色めき立った。


「ちょっと!

 さっきから黙って聞いてれば、あんた何様よ!

 いきなりやってきて旅館を売れだなんて!

 せめて理由くらい言いなさいよ!」


「理由なんて聞いてもしょうがないじゃない。

 わたしも説明するのめんどうだし」


「ふざけないで!

 お金の問題じゃないのよ!

 財閥のお嬢様だかなんだか知らないけど、人様に対する礼儀ってものを知らないわけ!?」


「礼法なら、あなたよりもわたしのほうがわかってるわよ」


「上流階級の社交儀礼なんて知ったこっちゃないわよ!

 わたしは人としての筋道を通せって言ってるの!」


「人としての筋道、ね。

 やれやれ、野蛮な考えね。

 ヤクザじゃあるまいし。

 でもまあ、それであなたたちが納得するなら、話くらいは聞かせてあげるわ。

 ……資料を」


 ミランダさんは後ろに立つ黒服の女性から資料を受けとる。

 その資料をオーク材のテーブルの上に広げた。


「……VIP向け特別宿泊施設の増築計画?」


 ぼくは目に付いた資料のタイトルを読み上げた。


「ええ。結論から言えば、我がグリンス=ウェル・スパリゾートのセントラルタワーに隣接したこのハイネ&ハイネケン旅館を買い上げて、VIP向けの特別宿泊施設に改築したいのよ」


「セントラルタワーには既に貴賓室があると聞いていますが?」


「ええ。でも、なかには温泉街の前近代的な情緒を好む方もいらっしゃるのよ。

 帝国文学院賞を受賞したヤスナールの『白き国』は知ってるでしょ?

 セントラルタワーではいかにも近代的すぎて落ち着かない、とおっしゃる年配のお客さまもいらっしゃるの。

 合理性の欠片もない意見だけど、お客さまの意見である以上、考慮しないわけにはいかないから」


 ヤスナールの『白き国』は、温泉地を舞台にした小説として有名な作品だ。

 とくに冒頭の「隧道を抜けるとわたしは白き国にいた」という書き出しは有名すぎるほど有名だった。

『白き国』は、ウィスコット一世の先代にあたるヴェルレーン二世の時代に書かれた作品で、異国情緒溢れる温泉街を舞台に帝都の小説家である主人公と遊女との交流を描く。

 帝国文学院賞を取り、ヴェルレーン二世時代に一世を風靡した名作だ。


「それで、うちに目をつけたわけですか」


「そういうことよ。

 この旅館はグリンス=ウェル町の文化財にも指定されているわね。

 異国情緒のある一種のテーマパークとしては最適な物件だったのよ」


 テーマパーク。

 物件。

 ミランダさんはこの旅館をなんだと思っているのだろうか。


 この旅館は演出された異国情緒を楽しむテーマパークではない。

 お客さまに良質の温泉と古き良き建物、配慮の行き届いたおもてなしを楽しんでいただく場だ。

 それらは歴代の館主やお客さま、地域の人々が受け継ぎ、磨き上げてきた有形無形の宝物であり、まごうことなき「本物」なのだ。


 サービスを提供するという意味ではテーマパークと似た面もあるが、お客さまとの心温まる交流を持つことに、ぼくらは誇りを抱いて働いている。

 単純に「おもしろかった」では済まない、もっと深い部分の心の交流――生きていることを楽しみ、明日への活力を得るような、そんなおもてなしをぼくらは目指している。

 それが、祖母も含めた、ハイネ&ハイネケン旅館の歴代館主たちの志でもあった。

(もちろん、高い志を持って運営されているテーマパークもたくさんあると思うけれど。)


 それに、「物件」だって?

 この旅館は売りに出されているわけじゃない。

 ミランダさんは、世の中にあるものはすべて金を積めば買えると思っているのだろうか。


「迷惑な話ですね」


「どうして?

 それだけの対価を払うと言ってるじゃない。

 それとも、これは売却金額を吊り上げるための交渉なのかしら?」


「馬鹿にしないでくれ。

 ぼくたちはこの旅館を手放す気はない。

 ぼくたちの次の世代の館主が育つまで、ぼくたちにはこの旅館を守っていく義務がある。

 あなたのようなおもてなしの心を欠いた拝金主義者にこの旅館を預けるわけにはいかない」


 ぼくはきっぱりと言った。


 アンネが嬉しそうな顔を向けてくる。


 対照的に、ミランダさんは渋い顔になった。


「そう。これだけ下手に出ても了承しないなら、仕方ないわね」


「あんたがいつ下手に出たのよ!」


 アンネが思わずという感じで叫んだ。


「あなたたちの事情に配慮して、相場より高い金額で買い取ってもいいと言ってるんだから、十分下手じゃない。

 とにかく、あなたたちに素直に売る気がないのなら、こちらにも考えがあるわ」


「考え?」


 嫌な感じがする。

 いや、これはミランダさんの脅しにすぎない。

 ここで萎縮してしまってはつけ込まれる。

 気を強く持たなくては。


「そうよ。

 このVIP向け特別宿泊施設の増築計画がどうして持ち上がったのか、それはまだ説明してなかったわね」


 ミランダさんは言葉を切った。


「これは本来は機密事項なんだけど、どうせすぐにわかることだしね。

 現アセイラム帝国王であらせられる機械王メルヴァス一世陛下のことは知ってるでしょ?」


「当然でしょう」


 アセイラム帝国は、帝国と銘打ってはいるが、皇帝位は建国当初から空位であり、国王が実質的な最高権力者だ。

 現在のアセイラム帝国王は、機械王と称されるメルヴァス一世。その名の通り、帝国の機械化、近代化に尽力してきた国王だ。


「じゃあ、そのご嫡子であらせられるメイファート王子のことは?」


「そういう方がいらっしゃるということくらいは」


 実際、名前だけはテレビや新聞などで目にすることがある。

 ただ、メイファート王子は確かまだ十代の半ばだったはずだから、ご公務には就いておられなかったはずだ。

 だから、報道においてもあまり大きく取り上げられることはない。


「そのメイファート王子がこの件にどう関係するんですか?」


「グリンス=ウェルにやってくるというの」


「え?」


「わたしも一度しかお目にかかったことはないけれど、メイファート王子は大層なおじいさん子なのよ」


「メイファート王子のお祖父さまと言うと……」


「そう。

 先代アセイラム帝国王『温泉王』ウィスコット一世ね。

 メイファート王子はかの温泉王にいたくかわいがられて育ったそうで、自身も祖父君とおなじく温泉が大好きなのよ」


 ぼくはアンネと顔を見合わせた。


「メイファート王子がグリンス=ウェルに行幸されるのと、今回の件がどうつながるわけ?」


 アンネが聞く。


「つながるもなにも、そのまんまよ。

 メイファート王子のグリンス=ウェル行幸にあたって、王家は安全な宿泊先の選定を行ったの。

 その結果として、貴賓室があり、警備員を詰められるだけの敷地と容積を持つ我がグリンス=ウェル・スパリゾートがその栄誉を賜ることになったわ。

 まあ、当然の結果ね。

 だけど、メイファート王子は温泉王の愛した当時のグリンス=ウェルを味わってみたいらしくて、新興のスパリゾートでは不足だと言い出したのよ」


「なかなか趣味のいい王子様じゃない」


 アンネはふんと鼻を鳴らした。

 ふつうの人だと人を見下した嫌な態度になるけれど、なにかとちっちゃいアンネがそんなことをしても小生意気な子どものようにしか見えなかった。


「まったく、古くさい温泉街の何がいいというのかしら。

 お父君の現王メルヴァス一世は現代の建築技術の粋を集めた我がスパリゾートを推してくださっているわ。

 さすがは機械王と称される英邁な国王陛下よね」


 ミランダさんもふんぞり返ってそう言った。

 案外、精神年齢はアンネと似たようなものなのかもしれない。


 放っておくと話が進まなそうなので、ぼくが口を開いた。


「その辺りの見解の相違はさておき。

 つまり、メイファート王子の行幸のために、この旅館を買い上げてVIPのための宿泊施設を作ろうというわけですね」


「そういうことよ。

 これは、わたしたちだけの提案ではないわ。

 王家からの後押しも受けている。

 具体的には王家から経費としていくらかの援助をもらうことができるし、立ち退きを拒否された場合、王家に訴え出れば、《王の杖》の裁定を得ることもできる」


  《王の杖》は、帝国内の裁判権を独占する国王に代わって私人間紛争の調停を行う機関だ。

 その決定は絶対であり、逆らえば容赦のない罰則を加えられる。


「つまり、買い上げをあくまでも拒むつもりなら、《王の杖》の法廷で争うことも辞さない、ということですか」


「そういうことよ。

 そうなる前に買い上げに応じるのが賢明だと思うわね。

 今ならそちらの言い値に近い額で買い取ってあげるわ。王家の援助もあることだし」


 ミランダさんはそう言うと立ち上がった。


「話はもう十分でしょ?

 考える時間くらいはあげるから、色のいい返事がほしいものね。

 それじゃあ、失礼するわ」


「……送りますよ」


 ぼくも立ち上がったが、


「いいえ。けっこう」


 ミランダさんはそう言うと、黒服の男女をひきつれ、応接室を出て行った。

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