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ハイネ&ハイネへようこそ!  作者: 天宮暁
第五帳 決着

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23/27

1 懸念

本日2話投稿、この話は2話目です。

 グレフェンが指定した裁判の日がやってきた。


 特別調停は私人間紛争の調停を目的とした裁判であるため、最初の裁判では当事者同士が相対して互いの主張を述べる。

 弁護士はつかない。

 本格的な訴訟になる前の、予備審査的な性格の強い裁判だ。


 とはいえ裁判ではあるから、下った判決には拘束力がある。


 もちろん、判決に不服があれば上告することはできるのだが、グリンス=ウェルには裁判所がないから、グマーヌ県都マヴァシュテにある地方裁判所まで出向く必要が出てくる。

 そうなると、ぼくとアンネ、エリシャさん、アルバイトのザッハとトルテだけで営業しているハイネ&ハイネは、裁判のために営業を休止しなければならないかもしれない。


 だけど、小さな温泉旅館にしばらく営業を休止するような体力などあるはずもない。

 試しにアンネに聞いてはみたのだが、


「最大限節約すれば、数ヶ月は耐えられるけど……。

 そのあいだお客さまを断ることになるから、常連さんで持ってるハイネ&ハイネにとってはそっちのほうが痛いね……」


 ハイネ&ハイネは家族経営(兄妹でというのは珍しいかもしれないが)の小さな旅館だ。

 一見さんよりも昔から贔屓にしてくれている常連のお客さまの方が多い。

 また、新しいお客さまの多くも、常連さんからの紹介を受けてやってくる。

 常連のお客さまは、ハイネ&ハイネにとって生命線といっても過言ではない存在だ。


(営業を休止するわけにはいかない。

 裁判が長期戦になったら、収入も入らず、常連さんも離れていってしまう。

 それじゃあ、裁判に勝てたとしても遠からず経営に行き詰まる)


 結局、訴えられた時点で負けているようなものだ。


 それでも、あきらめるわけにはいかない。

 この旅館の存否は、ぼくのみならず、アンネやエリシャさんの将来にも関わってくる。

 ザッハやトルテはアルバイトだから、致命的な問題にはならないだろうけれど、二人ともハイネ&ハイネのことを愛してくれている。

 もしハイネ&ハイネが買収されるようなことになったら悲しむだろう。


 他にも、エリオットさんのような古参の常連さんもいる。

 エリオットさんなんて、ぼくの祖母が若い頃からハイネ&ハイネに通っている。

 エリオットさんは、町内会のグレッサさんとともに、ハイネ&ハイネケン旅館が保存していくべき価値のある温泉旅館であることを、法廷で証言してくれることになっている。

 それだけではどれだけの効果があるかは疑問だとエリオットさん自身が言ってはいたが、大逆転の一手が見つからない以上、地道にポイントを稼いでいくしか対抗策はないと思う。

 お客さまでありながら、ここまでハイネ&ハイネのために尽力してくれる。

 エリオットさんによれば、「おまえの祖母さんには借りがあるからな」ということらしいけれど。


 祖母。

 二年前に亡くなった祖母がお客さまと談笑する姿が思い浮かぶ。

 不在がちの両親に代わってぼくとアンネを優しく見守ってくれていた祖母。

 誰よりもこの旅館を愛していた祖母の想いを無駄にしたくない。


 いや、祖母だけじゃない。

 ぼくの見知らない歴代の館主たちの想いもまた、無駄にしてはならない。

 ぼくが背負っているのは自分の未来だけではない。

 ハイネ&ハイネに関わる人たちの未来。

 ハイネ&ハイネに寄せられる想い。

 そういう、ぼくひとりではとうてい負いきれないような重いものを背負っている。

 たとえ勝ち目の薄い戦いだとしても、できる限りのことをやらなければならない。


 風越山へと続くゆるやかな傾斜の上に立てられたハイネ&ハイネのロビーからは、異国風の正門と、その向こうに広がるグリンス=ウェル中心街の町並みを望むことができる。

 もちろん、二階からの方が景観はいいのだけれど、ここからでも朝日というには時間の経った太陽が湯畑から立ち上る湯気を照らしている様子が見て取れた。


 朝食の準備は、気を利かせたザッハとトルテが買って出てくれている。

 といっても、現在の宿泊客はエリオットさんとアシュフォード兄妹の二組三名だけだから、すぐに済むだろう。


 エリオットさんは、裁判の話を聞いて自分のことのように怒ってくれた。

 裁判で証人になってくれる他にも、エデン(西の高山地帯にあるエルフたちの居住区)の知り合いを通して、帝国の枢要な人物に連絡をとってみると言ってくれている。

 ただ、それには時間がかかるし、必ずうまくいくとも限らないと言っていた。


 それでも、ぼくらにとっては一縷の希望ではある。

 ただ待っているわけにはいかないけれど、少しでも希望があるのとないのとでは精神状態がまるで違う。


 アシュフォード兄妹も裁判のことを気にしてくれているようだった。

 兄妹の事情はいまだに謎のままではあるけれど、お二人もまた大変な事情を抱えているはずだ。

 それなのにぼくらのことにまで気を配ってくれる。

 ただ、兄妹の関心は、たんにぼくらに世話になっているから、というだけではないようにも思える。


 メイフレアさまの《王の杖》の腐敗に対する義憤の激しさや、時折見せる――なんといったらいいのか、そう、「申し訳なさ」のような感情。

 ミレイユさまは、ぼくがメイファート王子の行幸について触れるたびに、身を固くされるような気がする。

 ミレイユさまとメイファート王子とのあいだには、なんらかの関係があるのかもしれない。

 あるいは、ミレイユさまがメイファート王子と結婚させられそうになって、メイフレアさまとともに駆け落ちを決意されたのだろうか?


 買収の件とは別に、ミレイユさまに関しては、かねてから不審に思っていることもあった。

 ミレイユさまのメイフレアさまに対する態度は、妹の兄に対する態度とは違っている。

 ぼくとアンネも、ぼくが学校にいた頃は「仲良し兄妹」と言ってからかわれたものだけど、アンネがぼくに対して、ミレイユさまがメイフレアさまに向けるような、濡れたような、煙ったような瞳を向けてくることはない。


 ぼくはアンネなどには散々「鈍い」と言われるけれど、そんなぼくにもわかる。

 あれは、女性が最愛の恋人に向ける目だ。

 相手にすべてをゆだね、頼り切っている女性の目だ。


(……下世話な勘ぐりではあるけれど、ミレイユさまはメイフレアさまのことを異性として意識している。

 メイフレアさまはどうなのか?

 ミレイユさまのように表情に出すことはないが、ミレイユさまのそういう態度を受け入れているようには見える。

 となると、二人が家出をしたのは――)


 そういうことなのかもしれない。

 実際に妹を持つ身としては、ちょっと信じがたいことではあるけれど、お二人の様子を見る限りでは、やはり、そうとしか思えないところがある。


 禁断の恋。

 言葉にすれば美しいのかもしれない。

 それが物語の中での話なら感動的かもしれない。


 でも、これは現実だ。

 ましてや、アシュフォード兄妹は、温泉王にゆかりのあるような由緒正しい名家の生まれであるらしい。


 当然ながら、両親は兄妹のことを許しはしないだろう。

 貴族にとって結婚は、一族の地位を引き上げる最大の手段だ。

 一般的な貴族の親ならば、兄、妹ともに自分より上位の貴族と結婚してほしいと望む。

 兄妹くらいの年ならば(とくに女性であるミレイユさまならば)、もう縁談のひとつやふたつはあっておかしくない。


 あるいは、それが引き金になったのかもしれない。

 結婚を強いられそうになった兄妹が、先行きを悲観して駆け落ちを決行した。


 よくあるといえば、よくある話なのかもしれない。

 しかし、外の世界で生きていくには、あの二人は世間知らずすぎる。

 いつまでも身元を偽っていられるとは到底思えない。

 やがて両親の差し向けた追っ手に見つかり、家に連れ戻されるだろう。


 でも、


(それくらいのことはわかっていそうだな)


 メイフレアさまもミレイユさまもご聡明な方だ。

 実家からの援助を期待できない、なんの技術も知識もない貴族の子どもが世の中を渡っていけるとは思っていないだろう。


(だとすれば、二つに一つ)


 一つは、この家出が思い出作りのための最後の逃避行であるという可能性。

 ミレイユさまの気持ちを知っているメイフレアさまが、嫁入り前の最後の思い出作りのためにこの逃避行を思いついた。

 その時、メイフレアさまの脳裏に浮かんだのが、祖父との思い出のあるこのグリンス=ウェルだった。

 メイフレアさまは片方の手にミレイユさまのお手を、もう片方の手に祖父から贈られた温泉金貨を握りしめ、帝都のターミナルから電車とバスを乗り継いでこのグリンス=ウェルにやってきた。

 お二人とも、いつかは帝都の実家に戻らなければならないことは理解しているが、できるだけ長い間二人だけで過ごしたいと思っている。


 そうならば、ぼくとしては安心だ。

 最後の思い出を手に入れたミレイユさまは、苦しみながらも事態を受け入れ、最愛の兄と別れて結婚相手の元に向かう。

 やがては夫を愛するようになり、兄とのことは幼い頃の思い出として心の奥底にある宝石箱にしまい込まれることになる。

 その場合、ぼくとしては、単にお二人をおもてなしし、よい思い出を作っていただけるよう努めるだけでいい。


 だけど、もう一つの可能性もある。

 ミレイユさまがメイフレアさまを愛しているように、メイフレアさまもミレイユさまのことを本当に愛している場合だ。

 メイフレアさまはミレイユさまの縁談を(あるいは自分自身の縁談かもしれないが)耳にして、ミレイユさまを連れて実家を飛び出した。

 二人は最後の思い出作りをしながら愛を確かめあう。

 二人には実家に帰ることも、家から離れて自分たちだけで生きていくこともできない。

 実家に帰れば結婚を強いられる。

 しかし、家から離れては貴族の子どもである自分たちには生きていく方途がない。

 二人は一つの決断を下す。

 現実世界で結ばれることができないのならば、せめて引き裂かれる前に自分たちで決着をつけてしまおう。


 それならば、メイフレアさまが大事にしているはずの温泉金貨を惜しげもなく宿代に変えようとしたことにも納得がいく。


 だけど、そんなことがあるものだろうか?

 ぼくの勝手な妄想ではないのか?

 単に、暇を持てあました貴族の兄妹が、スリルを求めて家出をしただけのことなのかもしれないじゃないか。

 冷静に考えれば、兄妹で心中だなんて、そんなことはとてもありそうにない。

 兄妹のあいだの恋愛というのがありえないし、仮に恋人同士だったとしても、心中だなんて極端な手段はなかなかとれないものだろう。

 それなのに、ぼくはその可能性が気になってしかたがない。


「……アルト兄?」


 アンネの声。

 ぼくははっとして顔を上げた。


「大丈夫? 顔色、悪いよ」


「あ、ああ……大丈夫だよ」


 アンネはなおも心配そうにぼくの顔を見つめている。


「裁判、今日だもんね」


「……そうだね」


 ぼくの返事は、ややそっけなかったのかもしれない。


「アルト兄、なんか上の空だね。

 なにか心配事? 裁判以外のことで」


 アンネはぼくのちょっとした表情の変化から、ぼくの考えていることをたやすく読み取ってしまう。


「ああ。アシュフォード兄妹のことを考えてたんだ」


「あの二人かぁ」


 アンネはすこし迷うそぶりを見せた。


「……あのね、笑わないで聞いてくれる?」


「もちろん」


「ミレイユさまは、メイフレアさまのことが好きなんだよね」


 アンネもぼくと同じことを感じていたらしい。


「そうだな」


「でね……、いろいろ考えてみたんだけど、やっぱり、メイフレアさまもミレイユさまのことを愛してるみたい」


 ぼくには確信がなかったけれど、アンネにはなにか感じるところがあったのだろう。


「やっぱり、そうなのかな」


「だと思う。証拠はないけど、メイフレアさまのちょっとしたしぐさだとか、視線だとかで、なんとなく」


 ぼくはすこしためらってから聞いた。


「あの二人は……その、愛し合ってるのかな」


「へっ!? 愛しって……その……それはわからないけど、シーツは汚れてなかったし、そういうことはないのか、わからないようにしてるのか……」


 アンネが顔をまっ赤にしながら答える。


「ち、違うよ。そういう意味じゃなくて、二人は恋人同士なのかな……って」


「な、なんだ……。

 もう、紛らわしい言い方しないでよ!」


 アンネが勝手に誤解したんだけど、それを指摘すると収拾がつかなくなりそうなので黙っておく。


「多分だけど……恋人同士だと思う。そういう雰囲気だもん。

 トルテもそんなことを言ってた」


「……そうか」


 メイフレアさまとミレイユさまはともに美形で、顔かたちも似かよっている。

 兄妹かどうかはともかく、血のつながりがあることは間違いないだろう。

 仮に兄妹でなかったとしても、近い親戚関係にあることは確かだと思う。


「仲のいい兄妹……というには無理があるもんな」


「そうだね。

 わたしたちも……仲がいいって言われるけど、ミレイユさまのメイフレアさまへの態度はそんなもんじゃないもん。

 恋する乙女っていうか……ううん、それ以上だね。

 なんていうかその……よ、欲情……しちゃってる目、だね」


 妹の口から出た言葉に、ぼくはすこしぎょっとしたが、改めて考えてみると、ミレイユさまの態度を言い表すのに、それ以上適切な言葉はないような気もする。


「おそらくは親族同士で……しかも、既にそういう関係にある……ってことか」


「……うん」


 となると、ますます「その可能性」が高くなってくる。

 結婚前の思い出作りなんてものじゃない。

 運命に引き裂かれる恋人が互いを失うよりはと思い詰めて、死を選ぶ。


 物語としてはよくあるけど、それを現実に目の当たりにしたら、どうすればいいのだろう?


「……どうすれば、いいのかな」


「…………」


 ぼくにも答えようがない。

 そこへ、トルテがやってきた。


「アルトさん」


 トルテは給仕用のエプロン姿だ。

 学校はすでに夏休みだが、夏期講習があるということで、エプロンの下は制服だった。


「どうしたの?」


「アシュフォード様のお部屋なのですが……」


 ぼくとアンネが顔を見合わせた。


「アシュフォード様?」


「ええ。朝食をお持ちしたんですが、ノックをしてもお返事がないんです」


「まだ寝てるのかな」


「そうかもしれませんが、なんというか、中にいらっしゃる気配がないような気がしたんです」


「中にいない?」


「い、いえ、そういう気がしただけなんですけど……」


 トルテは人の気配に敏感だ。

 だからこそ、相手の欲していることを汲み取って、相手が言い出す前に動くことができる。

 端的に言えば、気が利くのだ。

 ただその分、相手の悪感情まで敏感に察知してしまうから、人と接するのが苦手ではある。


 その点では、ザッハのように細かいことにこだわらないおおらかな性格の持ち主の方がかえって、気の利きすぎるトルテよりも人と気楽にふれあうことができる。

 だが、ザッハはザッハで、お客さまに対する態度が気安すぎるきらいはあるし、落ち着きもないし、トルテのようには気が利かない。


 気働きはいいが接客の苦手なトルテと、物怖じしないけれど気の利かないザッハは、なんだかんだでお互いを補い合うことのできるいいコンビだと思っている。


「トルテの言うことなら、信じてみる価値があるよ。

 わかった。見に行こう」


 トルテの勘なら間違いない……ということもあるけれど、何より、それまでにアンネと話していたことが話していたことだ。

 まさか、という思いが拭いきれない。

 気づかれないように出ていったのならまだいい。

 最悪なのは、中で二人が事切れている――という可能性だ。


 ぼくは二〇四号室の扉を激しく叩いた。


「メイフレアさま! ミレイユさま!」


 ドアを叩く手に力がこもる。

 いつもなら、お客さまの部屋のドアをこんなに激しく叩くことはない。

 しかし、それほど強く叩いても中からは返事がなく、それがまたぼくの焦りをかきたてて、ぼくがドアを叩く音は廊下中に響き渡るほど大きなものになった。


「おいおい、何事だい?」


 隣の二〇五号室から、エリオットさんが顔を出す。


 アンネがエリオットさんに事情を説明する。


 ぼくはそのあいだもドアを叩き続けたが、返事がない。


 ぼくは思い切ってドアノブに手をかけた。

 ノブはあっさりと回り、ドアが開いた。


「……メイフレアさま。ミレイユさま。いらっしゃいませんか?」


 返事はない。

 ぼくはこみあげてくる不安と戦いながら、室内に入った。


 部屋は、無人だった。

 壁に掛けられていたお二人の外套がない。

 床に置かれていたお二人の荷物もない。

 ベッドは整えられている。

 アンネがベッドメイクした後のような完璧さはないが、丁寧にしわをのばし、見苦しくないくらいの状態に整えられていた。


「いない……。

 いや、出ていってしまった……のか?」


 とりあえず、最悪の事態ではなかったが、憂慮すべき事態ではある。


「アルトさん、これ!」


 トルテが声を上げる。

 トルテは食卓の上に置かれた封筒を指さしていた。


 その封筒には見覚えがある。

 メイフレアさまがお知り合いにハイネ&ハイネのことを問い合わせるからと言って所望された封筒のあまりだ。

 その封筒には、「アルト・アルテ・ハイネ殿へ」と宛名書きされている。


 ぼくはその封筒を手に取った。

 手に取ってみて、封筒が一通ではないことに気がついた。

 二通ある。

 もう一通の封筒の宛名は「ミランダ・エリーズ・シュルンベルク殿」となっている。


(……メイフレアさまから、ミランダ宛て?)


 ふたりにはまったく接点がないはずだ。

 疑問には思ったが、まずはぼく宛と書かれた封筒を開く。

 中からは数枚の便せんが出てきた。


「……アルト兄。なんて?」


「ああ……。

 『数日の間だったが、世話になった。

 僕もミレイユもこの旅館で束の間の安らぎをえることができた。

 深く感謝している。

 ご主人にも立場があるだろうが、できることならしばらくの間僕らのことは探さないでほしい。

 ご迷惑はおかけしないつもりだ』か」


 ぼくは便せんをめくる。


「……これは、アンネ宛てだ」


 ぼくはその便せんをアンネに渡す。


「……ミレイユさまからだ。

 『短い間だったけれど、お友達ができたようで楽しかったです。

 あなたのお世話しているポピンスやクレカーネアンのお花は、王宮のお花にはない可憐さがありました』……だって」


「まるで、今生の別れみたいな書き方だな」


 エリオットさんがつぶやく。

 そうだ。

 この手紙には不吉なことは書かれていないけれど、ぼくらに会うことはもう絶対にありえないと確信しているようなこの書きぶりは不吉だ。


「いや、待って、アンネ。

 今、王宮って言った?」


「うん、わたしの育てているお花は王宮のお花にはない可憐さがある……って」


「あの二人、名家の出だとは言ってたけど……王族だったのか?」


 たしかに、メイフレアさまの年齢不相応の貫禄は、王族だと言われれば納得してしまいそうなものではあるけれど。


「それよりアルト。そっちの便せんの続きは?」


 エリオットさんが聞いてくる。

 ぼくはあわてて手元の便せんに目を落とす。


「……? どういうことだろう?」


「どうかしたのか?」


「『ご主人の旅館を救う手助けができるかもしれない。

 もう一通の封筒をグリンス=ウェル・スパリゾートの代表取締役であるミランダ・エリーズ・シュルンベルク殿に渡されたい』」


 この封筒は……いったい?

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