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ハイネ&ハイネへようこそ!  作者: 天宮暁
第三帳 夏祭りの夜に

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14/27

1 アシュフォード兄妹

本日2話投稿、この話は2話目です。

 翌朝、他のお客さまへの給仕をアンネに任せ、ぼくはアシュフォード兄妹のお部屋へと向かった。


「おはようございます。

 朝食をお持ちしました」


「ああ。入ってくれ」


 メイフレアさまに迎えられ、ぼくはお部屋へと入る。


 部屋には、昨日の格好から外套だけを外したお二人の姿があった。

 ゆっくりお休みになることができたのか、昨夜に比べると少し落ち着いて見える。


 外套を外した二人のお姿を、ぼくはここではじめて見た。


 メイフレアさまは刺繍の施された上等そうなシャツと脇に赤いラインの入ったズボン。

 足下は室内履き用に用意している旅館のスリッパに履き替えていた。

 昨夜履いていた拍車付のブーツはベッドの横に揃えられている。


 ミレイユさまは薄桃色のマーメイドドレス。

 普段着らしく、裾の部分の広がりが控えめになっている。

 可憐な雰囲気のミレイユさまにはよく似合っているが、旅に向いた格好とは言えないだろう。

 ミレイユさまもスリッパに履き替えている。


 ぼくは失礼にならないよう注意しながら二人を観察しつつ、ワゴンで運んできた朝食をテーブルの上に並べる。

 手作りのパン、ポタージュスープ、スクランブルエッグ、ソーセージ、ヨーグルト、オレンジジュース、コーヒーの入ったポット。


「お済みになりましたら、お呼びください。

 ワゴンに乗せて廊下に出しておいていただいても結構です」


 ぼくは腰を折って辞去しようとする。


「あ、あの……待ってください」


 昨日から一言も言葉を発していなかったミレイユさまが声をかけてきた。

 か細いが、鈴の鳴るような綺麗な声だ。


「わたしたち、あわてて出てきたから、着替えを持ってないんです。

 なにか見繕っていただくわけにはいかないでしょうか」


 そういえば、昨日も荷物らしい荷物を持っていなかった。

 こんな時間に、というところに気を取られて、着の身着のままであることには気づかなかった。


「はい、かまいませんよ。

 ただ、この町唯一の服飾問屋が先日倒産してしまいまして、新品をご用意するには時間がかかります。

 私と妹の服でよろしければ、お貸しすることはできますが……」


 ミレイユさまはメイフレアさまの方を見た。

 メイフレアさまは小さく頷く。


「……はい。構いません。

 無理なお願いをしてごめんなさい」


「いえ。では、すぐにお持ちいたしますので」


 ぼくはアシュフォード兄妹の泊まるお部屋を出て、ロビーに向かう。

 ロビーでアンネを見つけて事情を話し、別館にあるそれぞれの私室からお二人に合いそうな服を選ぶ。

 いまお二人がお召しになっているような高級品があるわけはないが、それでかまわないだろう。

 小さな温泉町で帝都の社交パーティに出るような格好をしていては目立ちすぎる。

 下着は、常備してある新品のものを下ろす。

 たまに下着の替えをお忘れになるお客さまがいるので、用意してあるのだ。

 アンネはミレイユさまにお貸しする服の他に、生活に必要そうなものをひととおり準備していた。

 女性専用のものもあるので、アンネも連れて兄妹のお部屋へと戻る。


「お着替えをお持ちしました」


 今度はミレイユさまが扉を開けた。


「あ、ありがとうございます。

 ……あっ、食事は済みましたので、お下げになってください」


「かしこまりました」


 ぼくとアンネはお部屋に入り、朝食の片付けをする。

 お二方ともちゃんとお召し上がりになったようだ。

 片付けを終えたぼくらに、ミレイユさまが話しかける。


「あ、あの。急にお世話になることになってしまったので、こちらのご主人さまにご挨拶したいのですが……」


「ああ、この宿の館主は私ですよ」


「えっ、そうなんですか? あっ、驚いたら失礼ですよねっ。

 すみません、気づかなくて……」


「いえいえ。確かに私は館主としては異例に若いようですから。お客さまといくつも変わりません」


「そ、そうなんですか……。

 あのっ、昨夜はどうもありがとうございました。

 なんとかグリンス=ウェルまでは来られたものの、夜遅くなってしまって……」


「そうでしたか。それはお困りでしたでしょう」


「は、はい……。

 それで、ですね……」


 ミレイユさまはメイフレアさまをちらりと見た。

 メイフレアさまが言う。


「突然泊めてもらった上に、厚かましいお願いだとは思うのだが、今しばらく、僕たちをここに泊めてはもらえないだろうか」


 そう言われるような気はしていた。

 ぼくの答えは決まっている。


「ええ、構いませんよ。

 ご事情はわかりませんが、どうぞごゆっくりなさってください。

 料金だけは、一週間ずつの前払いになってしまいますが……」


「ありがとう。

 宿泊料は払えるよ。

 ……これになってしまうが」


 メイフレアさまはポケットから皮袋を取り出すと、その奥から一枚の硬貨を取りだした。


 硬貨。

 たしかに硬貨にはちがいないが、そんじょそこらにある硬貨ではない。


 それは、金貨だった。

 現在ではほとんど流通していないが、王の刻印のある金貨は国立銀行に持ち込めば紙幣と取り替えてくれる。

 刻印がなくても、潰して地金として売ればそれなりの額にはなる。


 ぼくはメイフレアさまから金貨を受けとった。

 金貨の表には、見慣れた人物の肖像。

 温泉王ウィスコット一世だ。

 グリンス=ウェルの湯畑には温泉王の石像が立てられている。

 グリンス=ウェルの町民にとってはなじみ深い顔だった。

 そしてそれ以上に、温泉王の愛した旅館で働くぼくらにとってなじみの深い顔だ。

 ハイネ&ハイネのロビーにもウィスコット一世の肖像画の模写がかけられている。

 その磊落さで庶民からも広く慕われていた温泉王は肖像画の中でも慈悲深い微笑みを絶やすことがない。


 金貨を裏返してみると、もうもうと湯気を立ち上らせる温泉の絵に被せるようにして、「ウィスコット一世在位六〇周年記念」の文字が彫り込まれている。

 今からおよそ一五年ほど前に鋳造された記念金貨のようだった。


 なんでもお金に換算したくはないけれど、プレミアがついて、刻印された額面価額以上の価値を持っているはずだ。

 ハイネ&ハイネの宿泊費なら、優に半年分以上はまかなえる額になるだろう。


「こんな貴重なものを……」


「申し訳ないが、僕らにはそれしかない」


 そう言うメイフレアさまの顔は少し寂しげだった。

 ミレイユさまは、そんなメイフレアさまのご様子を泣き出しそうな顔で見つめている。

 単にこれが唯一の財産だというだけではない。

 きっと、この金貨に何らかの思い入れがあるのだろう。


(……弱ったな)


 こんなものは受け取れないが、受け取らないのなら宿泊料がいただけないことになる。


 ただでお泊めするわけにはいかない。

 商売だからというのもあるけれど、それ以上に若いながらも誇り高そうなメイフレアさまが人の好意に甘んじることをよしとしないだろう。


 ならば、とりあえずお預かりしておき、ご実家との連絡が取れ次第立て替えていただくか。

 が、そうするにしても、それまでの間こちらの持ち出しでお二人をお泊めすることに変わりはない。

 多少の経済的な余裕はあるはずだけど、商売人としては甘すぎる判断かもしれない。


 受け取れないと言って出ていっていただくか。

 預かると言ってしばらくのあいだの持ち出しを我慢するか。

 どちらかを選ばなければならない。


(そんなの決まってる。

 ハイネ&ハイネは拝金主義のスパリゾートじゃないんだ)


「とりあえず、これはお預かりしておきます」


「預かる、だと? 情けをかけているつもりか。

 気にしないでくれ。

 僕は対価をそれで払うと言ったんだ」


 メイフレアさまが怒る。


「こんなもので支払われても困ります。

 当座の担保ということでお預かりいたします」


「換金すればいいだろう。

 銀行で額面金額を受けとってもいいし、蒐集家に売ってもいい。

 その手間に見合うだけの額にはなるはずだ」


「大切なものなのでしょう? 私にはとてもそんなことはできません」


「……ならばっ。

 僕たちはこの宿を出て行く。

 一宿一飯の代金くらいなら手持ちの金でもなんとかなる」


「その後はどうなさるのです?」


「それはご主人には関係のないことだ」


「関係はありますよ。

 お客さまがみすみす危険な目に遭うのを看過するわけにはまいりません」


「だが、ただ人の好意に甘んじるなど、僕の誇りが許さない」


「その誇りは、曲げてください。

 メイフレアさまの誇りのために、ミレイユさままで危険な目に遭わせるおつもりですか?」


「……ぐっ」


「とにかく、この金貨はお預かりだけさせていただきます。

 どうか、ご自重ください」


 ぼくは二人のお部屋を後にする。

 アンネが食器を乗せた台車を押しながら続く。


「……なんか、お兄ちゃん怖かった」


「そ、そうかな?」


 ぼくらしくもなく熱くなってしまったとは思うけれど、あれくらい言っておかないとあの二人がどう動くかわからない。

 二人はもう、意思を固めて、家出なり駆け落ちなりを実行した後なのだ。

 今更、生半可な言葉には動じないだろう。

 そのくせ興奮してるから、ちょっとした刺激で極端な行動に走ってしまうおそれもあった。


(とにかく落ち着いてもらわないと。

 どんな事情があるかわからないから、まずは話を聞きたい。

 いきなり警察に連絡するようなことは避けたいし)


 なにか思い入れのあるらしい記念金貨を預かったのは、二人の行動を抑止するという意味では正解だったかもしれない。


「でも、お兄ちゃんがきつく言ったおかげで、しばらくは大人しくしててくれるかもね」


「そうだといいけど。

 それより、ごめん。

 勝手に決めてしまった」


「いいよ。悪い人たちには見えないし。

 しばらく二人を置いておくくらいの余裕はあるから」


「アンネからも、それとなく聞いてみてくれない?」


「それはいいけど、なんとなく、お兄ちゃんの方が適任のような気がするな」


「なんで?」


「わたしはお気楽な世間話専門だし。

 それに、さっきの様子を見てると、あの二人はお兄ちゃんのことを頼り始めてると思う」


「そんなことはないんじゃない?

 どちらかといえば嫌われたと思うんだけど」


「大丈夫だよ。

 わたしも話しかけるようにはするけど、お兄ちゃんも気をつけてあげて」


「それは、もともとそのつもりだよ」


 アシュフォード兄妹の抱える事情がどんなものかはわからない。

 自分たちにそれが解決できるなんて思えない。

 そんな風に思い上がったりはしていない。


(だけど、ハイネ&ハイネに来た以上は、心身共にリフレッシュして、明日への意気を取り戻して元の場所に帰っていってほしい。

 それがぼくの願いだ)


 ぼくはメイフレアさまから預かった記念金貨をもう一度ながめた。

 金貨に彫り込まれたウィスコット一世の肖像がぼくに向かって微笑みかけているように思えた。

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