第三帳 プロローグ
エルフの酋長エグロックに率いられたエルフの一族がアセイラム帝国に現れたのは、ウィスコット一世が王位について間もない頃であった。
隣国クロッチェンでのエルフ大虐殺の報に接していたウィスコット一世は、エグロックの一族を手厚くもてなし、彼らの悲憤に心からの同情を示したのみならず、温泉地グリンス=ウェルの西にある森林地帯をエルフの居住地として永久貸与することとした。
現在エデンと呼ばれる地域である。
エグロックはウィスコット一世の厚情に感謝し、ウィスコット一世に終生仕えることを誓った。
それ以来、老練なるエルフの酋長エグロックは、その卓越した知識と老獪な政治手腕によって、若く未熟であったウィスコット一世を支えていくことになる。
宮廷内に味方の少なかったウィスコット一世にとっては、望外の味方が現れた格好であった。
エグロックは誓約の言葉通りウィスコット一世が身罷るまでの五十三年間、常に王の傍らにあり、適切な助言と大胆な行動力でもって王の治世を支え続けた。
ウィスコット一世の安定した治世は、この異種族の重臣の存在なくしては語りえない。
後に「温泉王」の称号を戴くウィスコット一世は、その晩年、王立鋳造所に温泉金貨の鋳造を命じた。
これは、温泉王ウィスコット一世が自らの人生を支えた人々に感謝と信頼の念を伝える記念品であった。
鋳造された温泉金貨はわずか一七枚で、一番から一七番までのシリアルナンバーが刻まれているという。
ところで、一七枚と具体的な枚数を限って鋳造したからには、ウィスコット一世の脳裏には温泉金貨を下賜したい相手が一七人浮かんでいたはずである。
しかし、ウィスコット一世が温泉金貨を下賜された相手は誰なのか? そして、下賜された一七枚の温泉金貨はいったいどこに所蔵されているのか? それらの疑問の答えはこれまで謎に包まれていた。
だが近年、その謎の一端がひょんなことから明らかになった。
きっかけとなったのは、ウィスコット一世の書簡を整理していた学者がある手紙を発見したことだった。
その手紙は、エグロックからウィスコット一世に宛てられたもので、温泉金貨を下賜されたことに対する感謝を述べたものであった。
忠義の臣らしい、いささか生硬な文章のなかに、温泉王への忠誠と思慕の念とがこもった当時一流の名文として、現在では高等学院の国語の教科書には必ずと言っていいほど採用されている。
(クレス・アルヴァイン『温泉金貨物語』より抜粋)




