3 エリオットさん
「で、どうしちゃったわけ?」
アンネにフロントを任せ、ぼくはエリオットさんを客室に案内した。
エリオットさんがやってくるときには、二階西端の二〇五号室を空けておくことになっている。
この部屋は全部で九つある客室の中で一室だけ二部屋分のスペースを使っていて、居間と寝室が別に確保されている。
その部屋の居間で、エリオットさんとぼくは向かい合わせに座っていた。
お客さまと相席するのは本当はマナー違反で、それこそミランダさんがいれば柳眉を吊り上げて怒るに違いない。
エリオットさんはぼくにとっては兄のような存在だ。
エリオットさんはエリシャさんがここで働き始める前からハイネ&ハイネの常連客だった。
というか、エリシャさんをハイネ&ハイネの料理人に推薦したのがエリオットさんだったらしい。
エリシャさんがハイネ&ハイネにやってきたのは十数年も前で、それ以前からハイネ&ハイネにやってきているということは、エリオットさんはそれこそぼくやアンネを物心のつかないころから知っていることになる。
エリオットさんは純血のエルフだから見た目は今でも二〇代くらいにしか見えないけれど。
「ええ。実は……」
ぼくはスパリゾートとのあいだに起きている係争についてエリオットさんに話した。
本来お客さまに話すような話ではないけれど、ここで遠慮する方がエリオットさんにとっては失礼になるだろう。
「なぁるほど……厄介な話だな」
エリオットさんはぼくの話を聞き終えるとそうつぶやいたなり考えにふける。
軽薄なようでいて、人の話をしっかり聞き、よくよく考えてからでないと自分の意見を言わないところは、エリシャさんとよく似ている。
「さっきのお嬢ちゃんの様子だと、交渉して妥協を引き出すことも難しいかもしれないな」
エリシャさんは、スパリゾートの出資を受けて傘下に入るなり、メイファート王子の行幸のあいだだけここを貸すなりする方法もあるのではないか、と言っていた。
だけど、確かにエリオットさんの言うように、ミランダさんの態度を見る限りでは、そのような交渉がそもそも成立しないのではないかという不安がある。
まあ、さっきのはエリオットさんがミランダさんを怒らせたせいもあるだろうけど。
ぼくとエリオットさんが黙り込んでいると、トルテがお茶を持って現れた。
アンネがフロントを離れられないのを見て、気をきかせてくれたのだろう。
「おう、ありがとう、お嬢さん」
エリオットさんがトルテからお茶を受けとる。
「おいおい、めちゃくちゃ可愛いコじゃねえの。
ルックスで採用とは、アルトもなかなかやるじゃないか」
エリオットさんがぼくを肘でつつくような動作をしながら(といっても席は真向かいなので届かないが)、そんなことを言う。
前回エリオットさんが来た時にはまだトルテはいなかった。
トルテは顔をまっ赤にしてうつむく。
「ぼくはべつに、可愛いから採ったとか、そういうことはないですよ。
お客さまの様子を見て的確な気遣いができるかどうか、それが大事です。
……ほら、こうやってアンネの手が空かないことに気づいてお茶を持ってきたりしてくれる」
ぼくはフォローのつもりで言ったのだけれど、トルテは褒められてなおさら困ってしまったようだ。
耳まで赤くしてうつむいてしまう。
(……悪いことしちゃったかな?)
「……あ、トルテが可愛くないって意味じゃないからね。
確かに可愛いとは思ってるけど」
そんな意味のないフォローをしてしまう。
「……っ。
し、失礼します!」
トルテは顔をいっそう赤くして出て行ってしまった。
「おいおい、アルトも隅に置けないな」
「そんなんじゃないですよ。
お祖母ちゃんがよく、女の子は褒めて褒めて褒めてあげることだって言ってたから」
「……罪作りなやつ」
エリオットさんは肩をすくめた。
「アニスのやつは、若い頃はなかなかあれで恋多き女でな。
あれに泣かされた男がどれだけいたことか」
アニスというのはぼくの祖母のことだ。
「……エリオットさんも?」
「ア、アホ。だれがあんな雌狐なんぞ……」
エリオットさんはトルテから渡されたお茶を一息に飲む。
「まあ、スパリゾートの件については、俺も考えてみる。
俺が何の役に立つとも思えないけどな」
「いえ、助かりますよ」
夕食の準備が始まるまでのあいだ、ぼくはエリオットさんと雑談にふけった。




